トドが陸に上がるためのたったひとつの冴えた方法
やきなおし
第1話
……トドオカって知ってる?
うん、そうそう。
この前PickPackでバズってたあのヤバい大柄のタンクトップ男。10人くらいの半グレを真正面から全員コンクリにめり込ませるやつな。
あ、違う?じゃあアレ?
プロレスラーの腕相撲大会イベントに2m越えのバケモンが出てきて瞬殺、TVの密着企画どころかソイツの選手生命までぶっ壊したやつ?
まあ、それが俺なんだけどさ。
お、震えてんね、オッちゃん。
無理もないか。トドオカ……俺が野次馬のスマホをクッキーみたいに指だけで挟み潰したの、ちょっとテレビで流れてたもん。
アレ、痛快だったなァ。オッちゃんだって思ったでしょ?『こんなもんフェイクだろ』って。
みんなそう思うんだよね。だから、ついつい本当のバケモンを見せたくなってパフォーマンスしちまう。今アンタにこんなこと話してんのも、なんのことはない、単なる自己顕示だよ。
……お、いいね、定番の質問だア。
そうだな、動画のトドオカは小さく見積もっても身長2メーター超の大巨漢……くく、自分で言って笑っちゃうよ。アメコミから出てきたスーパーマンかっての。
いや、ヴィランの方か。
それはともかく、対して俺は大きく見積もって身長170cm後半ってとこ。明確に、物理的に、理屈が噛み合わない。
ここは絶対に、ツッコまれるべき矛盾点。
オッちゃんさ、解離性同一症って知ってる?
あ、それそれ。
よくある、二重人格ってヤツ。
早い話、『主役』のトドオカは俺の頭ん中にいるわけ。今の俺は単なるバイプレイヤー。
あんなデカくて粗暴で、おまけに腕っ節で有名になったヤツが、ああも尻尾掴まれねえのっておかしいじゃん。そのタネが、これなわけ。
主役が暴れるのはリングの上だけ。あとの雑事は裏方の俺が済ませてんの。『俺たち』は目立ちたがりだけど、無駄に追っかけ回されんのは鬱陶しくて御免なんだ。
ん?
ああ、そりゃ勿論、これだけじゃ体格が変わる理由に説明がつかない。
でも、これも簡単なハナシなんだわ。
性格は肉体に影響する。
医学的な立証とかじゃなく、もっとシンプルな話なんだよ。
たとえばオッちゃん、見りゃわかるくらい猫背だ。毎日サラリーマンとして走り回ったり、デスクワークで日がな座ってたり、上司に頭下げてりゃそうなるよ。
習慣、環境、性格、言動、態度、他己評価。人間の考え方や見え方は見た目で判断される……逆もまた然りってハナシ。
アンタだって、『トドオカ』に見るパブリックイメージがあるだろ。巨躯、剛力、傲岸不遜。
そのまま本人もそう思ってるよ。自分は強い、自分はこうだ。人間は簡単な生き物だから、自分で思い込んだ金型に自分を変形させるのよ。
あ、もちろんそれだけじゃないぜ。
純粋な個体差というか、脳内物質の出やすさってそれぞれ違いがあるわけ。『主役』はさ、ドーパミン、テストステロン、セロトニンとかいう脳内物質が死ぬほど出やすいの。
特にテストステロン、肉体を育てやすいホルモンがアホほど出てる。考えてるだけで筋トレの何倍ものボディビルドを成立させてるイカれた体質。そんな奴が快楽物質ドバドバで人を殴って、ハッピーになればなるほど倍々の相乗効果でパンプアップが促進されるって寸法よ。
……ん、もういい?
そっか、そろそろ震えすぎておかしくなっちゃうもんな。さっきからケラケラ笑い始めてるし、揶揄うのもいい加減にしとくか。
「じゃあ、そろそろトドオカ呼ぶ?」
いえ、結構です。
彼に対して恐怖もない。おかしくなってもいません。震えも笑いも本当ですが。
「あれ?オッちゃん、なんか雰囲気変わった?ひょっとして俺と同じ二重人格?」
いえいえいえいえ、そんな、滅相もない。
私は私だけしか飼っていませんし、これから飼う予定もない。目指すのは貴方と違うアプローチですよ。
しかし、本当にいい日だ。やっと出会えた。
ずっと会いたかった。
「はあ?なに急に、……アレ?なんかおかしくない?なんか、話してる感覚が……ア?」
人は自分を望む自分に変形させる。
実にいい講釈でした。私から説明する手間が省けた。もっとも、貴方と違って私は鶏と卵の矛盾なぞに興味はないつまらない性質ですが。
貴方が力を望んでトドオカに成ったのか、トドオカが平凡を望んで貴方に堕ちたのか。
答えに興味は無い。わかっているのは、貴方はトドオカの伴奏者ではなく単なる枷でしかないこと。
私なら、もっと上手くトドオカをやれますよ。
「ちょ、ちょっと待て!なんだこれ、俺が……俺を見てる?違う、これはオマエの視界?アレ?どうなってるんだよ、トドオカは俺なのに……俺の目の前に……俺のトドオカが……!」
これも、人間の単なるギミックの利用です。
人間が願った自分に成れるとしても、私は貴方のように夢想家ではなかった。代わりに合理的な主義で、面倒くさがりだった。
だから、考えたんです。
つまらない人生を送って、恋愛や流行りの音楽も楽しまず、矮小な自分を作っていれば。
その代わりに誰かのありふれた不幸や、つまらなさの鏡になれば。
卑小な共感を呼び起こす存在になってしまえば。
誰かのヒーローを演じられる、亡霊になれる。
空っぽな脳内にその原理を聞き取って再現してしまえば、その『主役』も、私のモノ……
違うか。私が、『主役』になるんです。
つまり。
────ほら、
「あ、あ……」
んん、やっぱあんまり馴染まんなア。まあ、それはおいおいなんとかしていくようにしましょうか。目立たんようにするつもりですし。
それはそれとして、貴方だけは消しとかんと、有る事無い事騒ぎ立てられたらめんどくさいんでねェ。この件に関しては『有る事』以外語りようがないやろけど、それが厄介。
ちゅうわけで、今までお疲れさんでした。
ほら、最後に撮りましょや!脇役なんでしょ?自慢のカメラで、トドオカをぱしゃり!
ね?ほら、構えてください!
よしよし、じゃあ、トド足すオカは───?
……おお、ほんまにクッキーやなァ、これ。
この子……
どれどれ、……にしても、たしかに『トドオカ』は目立ちたがりやなァ。これまで全くなかった欲求がどんどん出てくる感じがする。
友人を作って、恋愛をして所帯を持って。趣味なんてモンも持ってみたい。さっそくコンビニ行って、適当にジャンプ?でも読んでみるとしましょか。
せやせや、配信みたいなんもやってみたい。
おもろい漫画があったら人と分け合って、気に食わんかったら詰めまくればええ、遊び場が欲しいなァ。
しかし、適度に自己承認した方が人格の馴染みもええんやろうけど、ああいう映像を撮らせるみたいなやり方はアホすぎますもんねェ。
なんかええ方法はないか……ん?なんやこれ。
Twitter、ねえ……。
トドが陸に上がるためのたったひとつの冴えた方法 やきなおし @aranoo
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