第37話 色づく街、温もりの灯火、そして芽吹きの誓い

 夏も終わり、今日から二学期が始まる。

 始業式でいつものように生徒会長として挨拶をする。

 これが最後の挨拶だ。10月には生徒会選挙があり、そこで晴れて任期満了となるのだ。


 教室に戻ると夏の課題の回収などが行われ、学校は午前中で終了だ。


 すると、前の席の真奈美が振り返った。


「今日この後、お話できるかな? できるよね、宏樹、美玖ちゃん?」


 笑顔には笑顔なのだが、背後に般若がいるような雰囲気だ。

 このプレッシャーはなんだ……


「あ、あははは、大丈夫……かな?」


 美玖もプレッシャーに気圧されているようだ。


「それじゃ、生徒会室に行きましょうか」


 何やら嫌な予感しかしない。





「二人とも座って」


 笑顔の真奈美に促され席に座る。


「は、話って……?」


「わかってるでしょ?

 私、言ったよね? 『キスはダメ』って」


「はぅっ」


 美玖は冷や汗をかいているようだ。

 美玖よ、これは真奈美の周到な罠だ!

 ただのカマカケだぞ!?

 冷静に否定すればわかるはずが無いんだ!!


「……………」


 しかし、美玖は黙って目を逸らしてしまった。


「その反応、やっぱりしたのね?」


 ほら、やっぱりカマカケだった!


「ごめんなさい、我慢できませんでした………」


 美玖は嘘のつけない良い子だった。


「何回?」


「1回です……」


「宏樹、本当?」


「ああ。送って行って別れるところまで、我慢はできていたんだ。

 ただ、最後に我慢の限界が来たみたいでな。別れた後、走って追いかけて来て、振り向きざまに1回……」


「ぐぬぬ、そんなドラマティックに……ズルい……」


 真奈美のつぶやきは聞かないふりをした。


「ま、マナミンも追加で1回、いいよ?」


「と、当然です!」


 ……俺の意志は。


「でも、二人きりのデートも誕生日だけだったらさ、マナミン機会なくない?」


 美玖の言葉にハッとする真奈美。瞬間、目が座った真奈美が立ち上がる。


「宏樹。権利、1回使うわよ。この女に見せつけてやるんだから」


「この女って……」苦笑いの美玖。


 テンパった顔で手をワキワキさせ、にじり寄ってくる真奈美。


「ちょ、ちょっと待てい!!」


「ダメよ! 待たない!」


 なんとか頭を押さえて真奈美の接近を防ぐ。


「俺だってせめてムードは大事にしたいんだぁぁぁ」


 抵抗を続ける俺。すると、ガタンと音を立てて椅子ごと倒れてしまった。


「いってぇ……」


それと同時に真奈美の後ろから、美玖が彼女の胸を鷲掴みにする。


「きゃあぁぁ! はっ!? ご、ごめんなさい!!」


「はぁー……

 マナミン落ち着いた?

 ダメだよー無理矢理するのは。

 逆だったら事件だよ」


 いや、男女逆だろうが立派な事件である。


「だって……私の誕生日、2月なんだもの。それまで我慢なんて……」


「でもあれだね、胸は私の勝ちだね」


 ニヤリと勝ち誇った顔をする美玖。


「んなっ!?」


 真奈美は胸を隠すようにして、キッと睨みつけた。

 俺を。

 なぜ俺が睨まれるのだ。解せぬ。


「あ、良いこと考えた! 聞いてマナミン!」


「何よ」


「こうしよう。一月に一回ずつ2人きりでデートすんの。誕生日は特別で、数に入れない!」


 パアァと笑顔になる真奈美。


「そ、それ良い!!」


「でしょ? 特別なイベントは……しょうがないから三人で」


 なぜか美少女二人が俺を取り合い争っている。前回の人生では考えられないことだ。俺がドレスを着て「私のために争わないでっ」というシーンを勝手に想像して、ついにやけてしまった。


「んもう! ヒロっち!! なににやけてんのよ。元はと言えば、あんたがどっちか決めてくれないから私たちが困ってるんだからね! この女たらしっ!」


「そうだよ! でも、選ばれないのは嫌だけど……」


「だから、俺は中学では誰とも付き合わないって……」


「私とデートした時、端から見たらカップルに見えるって、ヒロっちも言ってたよね?」


「……はい、言いました」


「どっちか選べないから両方と付き合うとか言わないでよね。そうなったらさすがに怒るから。

 ね、マナミン!」


「うん、選ばれないのは嫌だけど、それはもっと嫌」


「だから、高校まではこんな関係を続けてあげる。高校に入ってもダラダラと決められなかったら、見限るからね」


 美玖の目には強い意思が宿っている。決めなきゃいけない時、か。


 美玖も真奈美も、俺との関係をしっかり考えてくれている。俺も彼女たちに真剣に向き合わないと。




 それからの中学校生活は、とても充実したものだった。月に1回ずつの彼女たちとのデートはすぐにハルキやカツミたちの耳に入る事になり、全員にクズ男と罵られた……

 俺じゃなくて彼女たちが決めたことだと言ったら、「だからクズ男なんだよ!」といって更に罵られた。むう……




 9月末には文化祭があった。

 高校のようなお祭り騒ぎではなく、文化的な展示物の鑑賞会だ。これは3人で見て回った。




 10月には生徒会選挙。ついに任期満了で引き継ぎの時が来た。次の生徒会長は、いわゆる委員長タイプの女子だ。

 俺はまったく気にしていなかったのだが、俺が生徒会長の間、校内の風紀がかつてないほど良いものだったらしい。「偉大な先輩が創り上げた、この良い雰囲気を維持できるように頑張ります!」と言っていた。偉大でもなんでもないと思うのだが……まあ、がんばれ。




 11月。

 この頃になると、月に一回のデートも平常心で行けるようになった。権利を残したままの真奈美とのキスはまだしていない。美玖とも、夏のようにすべてにドキドキするようなデートではなく、徐々に適正な距離感になっているような気がする。

  11月16日は俺の誕生日だった。

 この日は美玖と真奈美、三人でデートをした。ライドワンという総合アミューズメント施設で、ボーリングや色々なゲームをして1日遊んだ。

 そして、美玖からはハンカチを、真奈美からは靴下を貰った。今のところ物欲のない俺へのプレゼント選びは気を使った事だろう。二人に感謝を伝え、ハグをして別れた。




 12月。

 二学期も終わり、クリスマスだ。以前話した通り3人で過ごすのかと思ったら、イブとクリスマス、分けて二人きりで過ごしたいということになり、イブが真奈美、クリスマス当日を美玖と過ごすことになった。



クリスマスイブ。街でのデートを終えると、俺たちは真奈美の家に向かった。


「お父様とは仕事で来られないのよ」


 と真奈美は言った。


「お母さんは?」


「お母様は一昨年からヨーロッパに行ってるわ。明日帰ってくるのよ」


「ああ、それで今日にしたのか」


「そうなの」


 あの怖い親父さんが居なくて俺としては助かるのだが、彼女にしてみればクリスマスの家族との団らんがないのはやはり寂しいのだろう。

 そんな表情を見せたが、すぐに笑顔に戻る。


「でも、私たちのためにディナーの準備はしてくれたんだ」


 リビングに入ると、テーブルの上には豪華なディナーが用意されていた。キャンドルの柔らかな光が部屋を優しく照らしている。


「すごいな」


思わず声が出た。


「うん、料理番さん、いつになくがんばってくれたみたい」


 真奈美の声には誇らしさが混じっていた。

 二人で向かい合って座り、ディナーを楽しんだ。会話が弾み、笑い声が絶えない。こんな風に二人きりで過ごすのは久しぶりだ。

 食事を終え、プレゼント交換の時間。


「はい、これ」


 真奈美から手渡されたのは、スポーツブランドのタオル。


「日課のトレーニング、続けてるんでしょ? よかったら使って」


「ありがとう。嬉しいよ」


 心を込めて礼を言う。実用的なのは実に真奈美らしい。


「こっちは俺からのプレゼント」


 真奈美がラッピングを解くと、中からおしゃれなブランドのペン入れが出てきた。


「わぁ! すごい、欲しかったやつ!」


 真奈美の目が輝いた。


「覚えていてくれたんだ」


「当たり前だろ?」


 思わず口角が上がる。

 プレゼント交換を終え、二人で真奈美の部屋に移動した。窓際に立ち、特別にライトアップされた庭園を眺める。肩が触れ合う距離。言葉を交わさなくても、お互いの気持ちが伝わってくるようだった。

 ふと、真奈美が僕を見上げた。潤んだ瞳に引き寄せられるように、自然と顔が近づいていく。

唇が触れ合った瞬間、全身に電流が走るような感覚。そして、真奈美の方から舌を求めてくる。久しぶりのキスは、ムーディでとろけそうだった。

 キスの後、互いの呼吸が荒くなっているのを感じる。真奈美の頬が赤く染まり、僕も顔が熱くなった。もっと求めたい気持ちと、ここで止めなければという理性が激しく衝突する。


「真奈美…」


「うん…」


 言葉にならない思いを、もう一度のキスに込めた。ベッドに押し倒したくなる衝動を必死に抑える。それだけは絶対にダメだ。そう自分に言い聞かせた。


「ありがとう、宏樹」


 真奈美がそっとつぶやいた。


「こんな素敵なクリスマスイブ、夢みたい……」


 優しく彼女の頭を撫でる。


「来年も、再来年も、ずっとこうして過ごせたらいいな」


 真奈美はにっこりと微笑んだ。その笑顔に、胸が高鳴るのを感じた。



 

 次の日は美玖とクリスマスデートだ。うん、これだけを聞いて客観的に見てみると、確かにクズ男だな。

 昼過ぎから美玖と街をぶらぶら歩いた。


「ねえ、ヒロっち」


 美玖が突然立ち止まった。


「みんなカップルばっかりだねえ」


 周りを見回すと、確かにそうだった。手を繋いだり、寄り添ったりしているカップルが目立つ。

「そうだな」と答えながら、少し照れくさくなる。


「私たちもそう見えるのかな」


「まあ、見えるだろうな」


 クリスマスに二人で腕を組んで歩いている男女二人、これを見てただの友人だと思う人がいるだろうか。


 その後、二人でスーパーに買い物に行った。


「今日の夜ごはん、ヒロっちが作ってくれるんだよね?」


 美玖が期待に満ちた目で聞いてきた。


「ああ、約束通りな」


「わあい! 楽しみ!」


 美玖を連れ、俺は予定していた食材を買い込んでいく。


「ねえねえ、ヒロっち!」


「なんだ?」


「これってさ、カップルって言うより夫婦みたいじゃない?」


「さすがに夫婦には見えんだろ。俺たちは子供だし」


「むぅ。そーゆーことじゃないんだよなぁ……」


 少し不満そうな顔をする美玖。


 買い物を終え、美玖の家に向かう。母親は「稼ぎ時だ」と早くから仕事出かけているとのことで、家には二人きり。まあいつもの事なのだが。


「それじゃあ、俺は料理を始めるから」


エプロンを付けながら言う。


「おお、エプロンのヒロっち!」


「なんだよ、『尊い』とかいうつもりか?」


「尊い! それいいね、すっごいしっくりくる! 尊い!」


 カシャッ!

 気が付いたら美玖が俺を写真に収めていた。


「ふっふっふーん、マナミン、この写真にいくら出すかなぁ?」


 等と、ニヤリと怪しげな笑みを浮かべて不穏な事を言っているが無視だ。



 約1時間後、ディナーの準備が整った。テーブルの上には、ローストチキン、グラタン、サラダ、そしてデザートのケーキが並ぶ。


「ほぇぁ…」


 美玖が目を丸くして謎の声を出して驚いている。


「うそでしょ? こんなに豪華なの?」


「まあな。特別な日だからな。ケーキは作ってないぞ」


「それでも凄すぎるよ。ヒロっち……ありがとう」


 美玖は満面の笑みだ。でも、ちょっとだけ目が潤んでいるように見えた。


 食事が始まると、美玖は料理を口に運ぶたびに「おいしい!」と感動の声を上げる。その反応を見るのが嬉しくて、つい顔がほころんでしまう。


 食事の後、プレゼント交換の時間。


「はい、これ」


 美玖から手渡されたのは……


「こ、これは…」


「見て分からない? パンツだよ。シルクのいいやつ!」


 美玖が得意げに言う。


「……なぜパンツ」


 思わず聞き返してしまう。


「ヒロっち、早速履いてみせてよ! ささ、ここで着替えて良いから!」


「おーまーえーなー!! それが目的か!」


 思わずツッコミを入れてしまった。

 美玖の悪戯っぽい笑顔を見ていると、怒る気も失せてしまう。


「なあ……女の子でも、そーゆーのって興味……あるのか?」


「あるに決まってるじゃん! 好きな人なんだから、そういう関係になりたいって思ってるよ?」


「そ、そうか。まあ、サンキュな」


 積極的な美玖に、俺の方がたじたじになってしまう。


「こっちは俺からのプレゼントだ」


 高級なハンドクリームを渡す。


「わぁ、ありがとう!」


 美玖が嬉しそうに受け取る。


「冬は手荒れがきついって言ってたの、覚えててくれたんだ」


「まあな」


 プレゼント交換が終わり、二人でソファに座る。美玖がじっと俺を見つめている。


「な、なんだ?」


「ね、ヒロっち」


 美玖の声が少し震えている。


「キス……ううん、だめだよね」


 その言葉に、心臓が大きく跳ねた。でも、ここで一線を越えてはいけない。そう自分に言い聞かせる。


「美玖……」


 優しく彼女の頭を撫でる。


「もう8時か。そろそろ帰らないとな」


「うん、そうだね……」


「それじゃ、俺は行くから」


 帰り際、美玖のおでこにそっとキスをした。


「きゃっ」


 美玖の顔が真っ赤になる。


「も、もう帰って! これ以上一緒にいたら我慢できなくなるから!」


 美玖に押し出されるようにして家を出た。寒い外気に触れて、ようやく高鳴る心臓が落ち着いてきた。

 こうして、美玖とのクリスマスも終わった。二人と過ごす特別な日。果たして来年は。

 俺は決められるのだろうか。




 1月、家族で行った初詣でカツミと偶然出会った。


「よう、ヒロ! あけましておめでとうだ!」


「おお、カツミ! あけましておめでとう!」


「その後、どうだ?」


「どうだ、とは?」


「あ、それじゃ聞き方を変える。クリスマスイブは誰と過ごしたんだ?」


「ああ、そのことか。イブは真奈美と過ごしたぞ」


「ぉお!? ついに堀北さんに決めたのか! ちょっと意外だったな。東城さんの方が仲が良さそうに見えたんだが」


「ん? クリスマス当日は美玖と過ごしたぞ?」


「はあああ!? おま、公然と二股ってなぁ……」


「二股って……付き合ってるわけじゃないからな」


「うん。やはりお前はイケメンだがクズ男だ。盛大に爆発しろ!」


 こんな風なやりとりをしているカツミは、冬休み前に付き合い始めた娘ともう別れたらしい。

 カツミ、いい男だと思うんだけどな。なぜすぐに振られてしまうのだろうか。


 お参りを終えたあかねが聞いてくる。


「お兄ちゃん、今の人は?」


「ああ、同級生だ。俺たちの代のバスケ部キャプテン、カツミだよ」


「ふーん。なんか、しゃべらなきゃカッコいい系?」


「失礼だな、お前!?」


「だって、なんかすぐ振られそうなオーラも出てたし」


「おおふ……どんなオーラだ」


 あかねの評価が想像以上に厳しい。

 カツミ……強く生きろ…………




 2月。

 2月5日は真奈美の誕生日だ。

 朝、固定電話で真奈美に電話をかける。携帯はまだ持たせてもらっていない。


「もしもし、堀北でございます」


 落ち着いた男性の声が応える。


「おはようございます。西森です。真奈美さんはいらっしゃいますか?」


「はい、少々お待ちください」


 執事の伊藤さんだ。しばらくして、真奈美の声が聞こえてきた。


「もしもし、宏樹?」


「真奈美、おはよう。誕生日おめでとう」


「宏樹! ありがとう!」


 真奈美の声が弾んでいる。


「今日、3時に駅前の時計台で待ち合わせだな」


「うん、楽しみにしてるわ」



午後2時45分、約束の場所である駅前の時計台に到着した。寒さに備えてマフラーを巻き直し、真奈美へのプレゼントが入った鞄を確認する。


「よし、真奈美はまだ来てないな?」


 誕生日の女性を待たせるわけにはいかない。

 寒い中、15分ほど待っていると、遠くから真奈美の姿が見えてきた。淡いピンクのセーターにダークブルーのコートを羽織り、膝丈のタータンチェックのスカートを履いている。首には白いマフラーを巻いていて、いつもより少し大人っぽく見える。

 彼女が近づいてくるのを見て、手を振る。


「真奈美、こっちだ」


「宏樹! ごめんね、待った?」


 真奈美が息を切らして駆け寄ってくる。


「いや、今来たところだよ」


 少し嘘をつく。定型文だ。


「誕生日おめでとう」


「ありがとう」


 真奈美が息を吐くと、白い湯気が立ち上る。


「寒いわね」


「そうだな。じゃあ、早く映画館に入ろうか」


 今日は映画館デートだ。

 映画館に向かう途中、真奈美が話しかけてきた。


「ねえ、宏樹。私、今日で15歳になったのよ」


「ああ、大台だな」


「もう、おじさんみたいな言い方しないでよ」


 真奈美が頬を膨らませる。赤くなった頬が寒さのせいなのか、照れているのか分からない。


 映画館に入ると、ポスターを指さして真奈美が言った。


「あ、これこれ。宏樹、これを見ましょう。『春待つ君に』っていう新作なの。ずっと見たかったのよ」


 ポスターには制服姿の男女が背中合わせに座っている姿が描かれていた。


「へえ、学園モノか。いいね」


 チケットを買い、座席に着く。

 映画が始まると、そこには桜舞う高校が映し出された。主人公の少女は持病を抱えながらも明るく生きる優等生。彼女に寄り添う幼なじみの少年との淡い恋模様が描かれていく。

 物語が進むにつれ、少女の病状が悪化していく。それでも二人は互いを思いやり、支え合う。

 クライマックスでは、雪の降る中、少女が少年に「私のことは忘れて、幸せになって」と告げるシーン。会場からすすり泣く声が聞こえる。


「うぅ...」


 横を見ると、真奈美が涙をこらえていた。

 思わず手を伸ばし、真奈美の手を握る。真奈美は少し驚いた様子だったが、すぐに俺の手を握り返してきた。

 映画のエンディングでは、成長した少年が桜の木の下で微笑む。そこに少女の面影が重なり、「ありがとう」というナレーションが流れる。


「素敵な映画だったわね」


 映画館を出ると、真奈美がつぶやいた。


「ああ。感動的だった」


「宏樹」


 真奈美が真剣な顔で俺を見上げる。


「私たちは、ずっと一緒にいられるよね」


その言葉に、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。


「ああ、もちろんだ」


 そう答えながら、映画のような別れは絶対に作らないと心に誓った。

 しかし、高校に入学した後、俺は選択しないといけないのだ。


 そして二人で近くの喫茶店に向かった。

 予約していた席に座ると、「お誕生日おめでとうございます」と、店員さんがろうそくの立ったケーキを運んでくる。

 真奈美は照れくさそうに「ありがとうございます」と答えた。

 ろうそくの火を吹き消すと、二人でケーキを食べ始めた。


「宏樹」


 真奈美が呼ぶ。


「なんだ?」


「今日は祝ってくれてありがとう!」


 心の底からの笑顔を見せてくれる真奈美。

 彼女の笑顔を見ていると、胸が温かくなる。


「あ、そうだ」


 俺は鞄から小さな箱を取り出す。


「はい、プレゼント」


「わぁ! ありがとう!」


 真奈美が嬉しそうに受け取る。


「今、開けていい?」


「ああ」


 箱を開けると、中には小さなペンダントが入っていた。


「きれい…」


 真奈美の目が輝く。


「付けてもらっていい?」


 俺は頷き、真奈美の後ろに回ってペンダントを付けてあげた。


「うん、似合ってるぞ」


 真奈美が頬を赤らめる。


「ありがとう。大切にするわ」


「来年も、一緒に祝えたらいいな」


 思わず口に出してしまった。

 真奈美は少し驚いた表情を見せたが、すぐに優しい笑顔になった。


「……ちゃんと、私を選んでよね」


 小さな真奈美のつぶやきは賑やかな喫茶店の空気に溶けて消えた。


 そうして、真奈美の15歳の誕生日は幕を閉じた。これからの二人の関係は、いったいどうなっていくのだろうか。




 そして2月14日。以前の俺なら完全スルーだったイベント、その名も『バレンタイン』。

 今度の人生の俺は、去年の反省を生かし、紙袋を持参していた。

 次から次へとやってくるチョコの嵐。

 同級生はもちろん、2年生や1年生といった後輩たちからもたくさんもらった。

 やはり、バスケットマンで元生徒会長、そして178cm63kg、体脂肪9%という美ボディはモテるらしい。

 ……顔は普通だと思うんだがな。

 予備も使って紙袋は二つ。それを見たカツミはまたこういうのだ。「爆発しろ」と。


 家に帰ると、その量に家族に驚かれた。


「お、お兄ちゃん、チョコ……去年より増えてない? 私もあげようかと思ったけど、これじゃ消費を手伝った方がうれしいよね?」


「ああ、頼む」


 チョコを開封していくと告白の手紙が書いてあるものもあった。

 後日、丁寧にお断りするとしよう。

 そう言えば真奈美と美玖からはもらっていないな、などと思っていると家のチャイムが鳴る。


 玄関から母さんの声がする。


「宏樹! 真奈美さんと美玖さんが来てるわよ!」


 降りていくと二人は大きなケーキの箱を抱えていた。

 話を聞くと、二人でチョコレートケーキを作ったらしい。

 大きいのでみんなで召し上がってくださいというので、結局真奈美と美玖も加えて全員で食べた。とても美味しかった。




 3月、卒業の月だ。

 しかし、卒業の前にやることがある。

 ホワイトデーだ。一日使って全員にお返しを配って歩いた。放課後、真奈美と美玖を自宅に連れて帰った。お返しに自作のフルーツタルトを振る舞うと、とても驚いていた。


 そして卒業式。

 答えを出さないまま俺は卒業を迎えた。決めていたのだ。中学生では絶対に一線を越えないことを。付き合ってしまったらなし崩しに超えてしまう、意志が弱いという自覚はあるのだ。

 卒業式はみんな泣いていた。

 俺も少しもらい泣きしてしまった。


 卒業式のあと、俺は美玖と真奈美、二人に呼び出された。


「来たわね、宏樹。呼ばれた理由、分かってるわよね?」


「ヒロっち、私たちは待ったよ。高校に入ったら、ね」


「ああ、高校生になったら、俺は答えを出す。男に二言はないぜ」


「「待ってるから」」




 こうして俺の中学校生活は終わりを迎えた。

 次は高校生としての生活が始まる。


 小学校と中学校で、俺はたくさんの種をまいた。

 学習に励み、友達を作り、様々な人と親しくなって、信頼を築き上げた。

 スポーツに勤しみ、食事をコントロールし、丈夫で魅力的な体を作り上げた。

 大人の世界と合わせて、様々な知識、様々なスキルを身に付けた。

 株で得た十分な資金もある。

 顔だけは……まあ仕方がない。




 さあ、俺のアオハルをリロードするぜ!!

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