アオハル☆リロード ──『セーブ&ロード』に覚醒した俺は、何度も青春をやり直して理想の結婚を目指す

熱川柳之介

第一章 プロローグ

第1話 ろくでもない現在

 朝6時。暗闇の中でピピピと申し訳程度の目覚まし時計の音が鳴り響いた。無意識のうちに手を伸ばし、スヌーズボタンを叩く。何度目かのスヌーズでようやく意識が戻り、重いまぶたを開ける。


「また今日もこの時間か…」


 俺は西森宏樹にしもりひろき。現在39歳で既婚。いわゆるアラフォーだ。中学生の子供もいる。ただ、普通の家庭と違って、家庭内は冷え切っている。それもこれもブラック企業に勤め、家にはほとんど寝るためだけに帰っているからだろう。


 嫌ならやめればいい、という人は大勢いるが、いろいろな事を考えてしまってどうしても踏ん切りがつかず、ここまで来てしまった。


 妻には二度も不倫をされた。発覚しているのが二回というだけで、実際にはもっと多いのかもしれない。1度目は通常のスマホのロックだけでなく、LIMEというSNSにもロックをかけていたことが怪しいということで、興信所に頼んで発覚した。たまたま操作しているところを見てしまい、二重ロックの事を同僚に相談したら、そんなことをする奴はほぼ黒に近いグレーなんだそうだ。確かに、LIMEにメッセージが届くたび、ロックを解除するのは面倒過ぎるだろう。普通の生活をしていれば絶対に必要ない。


 2度目はふとした拍子にカーナビを見たら、ラブホに行った形跡を見つけ、また興信所にお願いした。移動するとポチポチ印が付くのを知らなかったんだろうか。1度目は泣いて謝っていた妻だったが、2度目は俺のせいだと言わんばかりにふてぶてしい態度だった。


 なぜ離婚しないのか。それは、2回目の不倫がW不倫、なんと娘の同級生の父親だったのだ。きっかけはPTAの集まりとか、ありがち過ぎる感じで。それでも、相手の奥さんが、子供たちには絶対にバレたくないと言い出し、何とか離婚せずにお願いしますと言われてしまったのだ。それで一応、子供が成人するまで夫婦は続けようという話になっている。

 しかし、こんな生活はいつまでも続けられない。きっと子供にとっても、居心地の悪い空間を作り出すだけの父親などいらないはずだ。


「ふぅ……」


 そんないつもの自虐をしつつ、ベッドから身を起こし、朦朧もうろうとした頭でリビングへと足を運ぶ。冷蔵庫から冷たい缶コーヒーを取り出し、プルタブを引いて一気に飲み干す。少しだけ目が覚めた気がする。


 顔を洗い、水の冷たさでなんとか眠気を飛ばし、スーツに着替える。鏡に映る自分の顔は、いつもよりもさらに憔悴しょうすいした表情をしている。無精ひげが伸びているが、剃る気力もない。


 家族が寝ている中、6時半に家を出て、駅へ向かう。まだ少し薄暗い街を歩きながら、今日も長い一日が始まることを思うと、自然と足取りが鈍くなる。駅に着くと、既にホームには同じように朝から疲れた顔をした人々が並んでいる。一様に死んだ魚のような眼だ。


「みんな同じような生活を送っているんだな……いや、こんなにひどいのは多くないか……」


 電車に乗り込み、空いた座席に腰を下ろす。スマホを取り出し、ニュースやSNSをチェックするが、特に目新しい情報はない。周りの乗客も同じようにスマホの画面を見つめているだけだ。


 会社に着くと、オフィスのドアを開ける。まだ7時半だが、既に数人の同僚がデスクに向かっている。無言でパソコンに向かう。オフィスの中にはカチカチとマウスのクリックとキーボードを叩く音だけが響いている。俺も自分のデスクに向かい、今日のタスクリストを確認する。


「またこんなに積み上がってるのか……」


 書類の山を見てため息をつく。未処理のメール、未完了の案件、上司からの催促。どこから手を付ければいいのか分からない。とりあえず、メールの返信から始める。


 午前中は会議が連続する。上司の厳しい目の下で、プロジェクトの進捗を報告し、次々と降りかかる新しいタスクを受け入れる。会議室を出ると、同僚たちが疲弊した顔を見せる。誰もが消耗しているが、誰も口に出さない。


 昼食はデスクでの簡単な弁当。コンビニで買ったサンドイッチをかじりながら、メールの返信や資料作成を続ける。クライアントとの電話もあり、時間はあっという間に過ぎていく。


「午後も会議か……」


 午後も会議が続き、上司からのプレッシャーはさらに強まる。進捗が遅れていることに対する叱責や、新たな目標の設定。どれだけ頑張っても追いつかない感じがする。


 夕方、仕事が終わる気配はない。定時を過ぎても、誰一人として帰る素振りを見せない。俺も例外ではない。終わらない仕事に追われ、夜遅くまでオフィスに残る。


「いつになったらこの生活から抜け出せるんだろう……」


 家に帰るのは夜遅く。疲労困憊ひろうこんぱいの体でシャワーを浴び、ベッドに倒れ込む。明日も同じように早朝から仕事が待っている。そんな日々が繰り返されている。


ある夜、天井を見つめながら思う。


「このままでいいのか? 俺の人生、これで終わりなのか…?」


 疲れ果てた体を休めるために目を閉じるが、心の中の不安は消えない。明日も、また同じように目覚まし時計の音で起こされ、暗い空の下で新しい一日を始める。それが今の俺の現実だ。



◤◢◤◢◤◢◤◢◤◢◤◢◤◢◤◢



 この日も朝から同じだ。嫌気がさしつつも繰り返される毎日。


 深夜12時過ぎ、ようやく帰宅すると、家の中は静まり返っていた。リビングの明かりだけがぼんやりと灯っている。娘が消し忘れたのだろう。玄関で靴を脱ぎ、疲れた体を引きずるようにしてリビングへと向かう。


「ただいま……」


 無意識に口から出た言葉に返事はない。妻の由紀奈ゆきなはすでに寝室にいるだろう。俺は、冷蔵庫を開けて缶ビールを取り出し、ソファに腰を下ろす。テレビをつけても、何も頭に入ってこない。ただ無意味に時間が過ぎていく感覚が広がる。


 缶ビールを飲み干したところで、シャワーを浴びる。

 いわゆるカラスの行水だ。

 深いため息をついて立ち上がり、寝室へ向かう。ドアを開けると、由紀奈が背中を向けて寝ているのが見えた。そっとベッドに入るが、彼女が起きる気配はない。もう何ヶ月もこうやって会話すらまともにしていない。


「おやすみ……」


 小さな声でつぶやくが、返事はない。布団にくるまりながら、今日一日の疲労を感じる。仕事のストレス、家庭での孤独感。それがじわじわと体中に広がっていく。





 朝、目覚まし時計の音が鳴り響く。いつものように6時だ。体は重いが、無理やり起き上がる。キッチンに行くと、由紀奈がコーヒーメーカーでコーヒーを淹れている。俺の分を淹れてくれているのではない。自分だけの分だ。


「おはよう」


 声をかけるが、彼女は一瞥いちべつするだけで返事をしない。俺も何も言わずに冷蔵庫から缶コーヒーを取り出し、その場で飲む。由紀奈の無言の態度が、さらに俺の心を重くする。


「……今日も遅くなるの?」


 ようやく口を開いた彼女の声には冷たさが含まれている。


「ああ、多分。プロジェクトが詰まってて……」


 言い訳のように聞こえる自分の声が嫌になる。でも、それが現実だ。仕事が終わらない限り、早く帰ることはできない。


「いつもそればっかり。育児も家事も全部私に任せて……」


 彼女の不満が一気に溢れ出す。俺は反論する気力もなく、ただ黙って聞くしかない。


「ごめん、由紀奈。分かってる。でも、仕事が……」


「もういいわ。どうせ何も変わらないんだから」


 彼女は言葉を切ると、コーヒーカップを持ってリビングへと向かう。俺はその背中を見送りながら、無力感に襲われる。仕事の忙しさにかまけて、家庭を顧みることができない自分に嫌気が差す。


 家を出る直前、娘が起きてくる。


「おはよう……」

「おはよう、学校、頑張れよ」

「うん。お父さんみたいにならないようにしっかり勉強しなくちゃ」

「い、行ってきます」


 笑顔な分、より一層心がえぐられる。俺をおとしめることに関して、罪悪感は一切無いのだ。


(なんだ、俺は反面教師か。ちゃんと父親できてんじゃねぇか)


 心の中で自虐するが、何も変わらない。俺は重い足取りで家を出て、駅へ向かう。今日もまた、長い一日が始まる。


 電車に乗り込み、スマホを見つめる。周りの乗客も同じように疲れた顔をしている。俺もその一員だ。会社に着くと、昨日と変わらない風景が広がっている。


 デスクに向かい、今日のタスクリストを確認する。やるべきことは山積みだ。気持ちを切り替えて、仕事に集中するしかない。


「こんな生活、いつまで続くんだろう……」


 ため息をつきながら、パソコンに向かう。現実は厳しいが、それでも前に進むしかない。仕事が終われば、また家に帰り、同じ日常が待っている。


 それでも、いつか何かが変わることを願いながら、今日も一日を乗り切るのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る