第9話 侯爵家の晩餐


――――侯爵家の晩餐では。

侯爵家のメイドたちが身体を丁寧に磨いてくれて、ティルダさまがブティックから取り寄せた既製品を着せてくれた。


そうして晩餐の席に着けば、まるで前世のフランス料理のようなコース料理である。食事のマナーは授業で少しは見たけれど、私が食べさせてもらえるわけもなく、ひとりでただ壁際で立たされていただけだ。


「母上の真似をするといいよ」

グレンがそう教えてくれる。

「そっか……ありがとう」

何たって一流の貴族夫人である。


ティルダさまもグレンの言葉に気付き、ゆっくりと見本を見せてくれて、私もそれを真似ることで食事を口にすることができた。


「もしミシェルちゃんさえ良かったら、貴族のマナーを習ってみる?きっと将来のためにも役立つわ」

そしてティルダさまが勧めてくれたその提案に私はすぐさま頷いた。


「……はい!もちろんです……!」

今まではろくに学ぶこともできなかった。学業ですら、十分ではない。だが、この先もこの世界で生きていくのなら、私はまだまだ学びたいことがたくさんあるのだ。

貴族のイロハも知らず、それが原因で断罪なんてされたらたまったものではないもの。生き抜くすべは、身に付けなければ。


「ところで……これからティルダが貴族教育を見るとして……私には腑に落ちないことがある」

「それは……」

近衛騎士団長の言葉に、先ほどの牢での会話を思い出す。


「侯爵さまのご存知の私の噂と言うのを、お聞きしてもいいでしょうか」


「何故君自身が知らぬのだ」

「それもますます奇妙です」

近衛騎士団長のみならず、グレンも頷く。


「私が聞いたのは、君が貴族の作法も知らず、高位令嬢や王女に対し不敬な物言いを繰り返すと。しかし見る限りは君はしっかりとした口調で話している」

「決闘の時の彼女は、まるで女騎士のように勇ましかったですよ」

「ほう……?」

グレンの言葉に、本場の騎士の目が光る。

「ちょ……っ、あれはその……必死でしたので……!」

間違っても騎士見習いルートは勘弁よ!?剣を振るうだなんて無理!ただでさえ騎士の矜持を目の前で見て、同じことができるとは思えない。前世から今生まで、鍛えてすらいないのだから……!それだけ、生きることに必死だった。


「それから、噂はまだあるぞ」

今度は何かしら。


「王太子やその他高位令息に恥じらいもせずに話しかけ、イロを売っていると」

「そんな……っ、住む世界が違うのに、話し掛けられるわけないです……!」


「ではその噂は、本当に作られたもののように思えるな」

「本当ね」

近衛騎士団長に続き、ティルダさまが頷く。

そうだわ。そしてそれは……多分原作のヒロインの行動よ。平民あがりゆえに貴族のマナーのイロハも知らず、表情がころころと変わり、自由に振る舞う。そんな自由なところに、令息たちは貴族令嬢にはないと好感を持つ。


それがヒロインの断罪材料にもなるのだが……。そんな噂が本当に出回っていたなんて。


「さらにはホワイトベル公爵令嬢のコーデリア嬢に『悪役令嬢』等と言う暴言を吐き、度重なる不敬を働き、侮辱したとも」

何なのかしら、その噂。そもそも私は……。


「そもそも、コーデリアさまとはどのような方なのですか?私はそれすらも知らないのです。学園もずっと休まれていると伺っていますし、お会いしたこともありません」

本来ならば、ミシェルと同級生で、原作のゲームの世界ではヒロインにキツく当たる。原作ではヒロインにざまぁされないために、嫌がらせはしないけれど、学園入学前からせっせと味方を作り、ヒロインに対抗すべく、学園入学時にはすべての準備を終えて臨むはずだ。

――――しかし、コーデリアはいなかった。

私に対する悪い噂だけが流れ、私はジョゼフィーナに虐められ、いないはずのコーデリアを苛んだとだけ言われている。

噂だけが出回って、コーデリア本人がいないと言うのに、そんな矛盾すらみなないものとして、噂を頑なに信じる。ミシェル・アンバーが虐げられて当然だと言う世界を作り上げてしまった。


グレンが原作の強制力から自由にならなかったら、近衛騎士団長やティルダさまも、果たしてその矛盾に気付けたかも分からない。


「やれやれ……君がコーデリア嬢のことを知らない時点で、噂の信憑性はぐっと落ちたぞ」

そりゃぁそうだ。それが原作を主体とした内容ならば、当事者のひとりであるコーデリアがそもそも学園にはいないのだ。それで原作通りの噂をバラまくだなんて、無理がある。


作られた事実は破綻していると言っても過言ではない。


「表向きは病弱……と言う理由なのだが、真偽は不明。公爵やその令息が敢えて外に出さないようにしているように見える」

それが近衛騎士団長の見解ってことね。

つまりはずる休みじゃないの……!学園を仮病でサボっておいて、本当にムカつくわね。本当に病弱だと言うならともかく、近衛騎士団長の見解は違う。私も……何だか違うような気がするわ。

さらには……。


「コーデリアさまの兄、公爵令息か……お会いしたこともないわね」

彼……アイザック・ホワイトベルも攻略対象よね。王太子と同じく先輩にあたるのだけど。


「でも、会ったことがないと言うのは本当なの?」

グレンが意外そうに告げる。


「どういう意味かしら」

「えと……その、君のお兄さんの主人じゃないのかい?」


「は……?兄……?私に兄がいるのですか?」

確かに前世ではいたが……今生でもと言うのは初耳である。


「……何故君が知らんのだ」

近衛騎士団長が唖然とする。


「そもそも私、平民生活を送っていたのです。それがある日、アンバー男爵の使いと言う人間が来て、そのまま学園に入学させられたのです。だからアンバー男爵の顔も知りませんし、兄がいることも知りません。兄がいると言うことは、アンバー男爵には夫人がいらっしゃるのですね」

そりゃそうか。貴族だもの。平民の娘に手を出しても、本妻くらいはいる。男爵が母を平民街に捨て置いたのは、母が平民だったと言う理由だけじゃないのだ。

「いや……」

近衛騎士団長が口を濁す。


「話は私の書斎でしよう。食事を終えたら来なさい」

つまりは、食事の席では出せない話題と言うことである。

一体……アンバー男爵家に何があると言うの……?

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