第2話 ゴングが鳴る。

 菅野悠人は、3つのバイトを掛け持ちしていた。一つは、ユニバーサルスタジオジャパンの運営するホテル。二つ目は、マクドナルド。そして、3つ目はTOHOシネマズだった。

 

 菅野は一年前までアメリカに留学していた。帰国後、専門学校の卒業、そして、内定先のホテル勤務まで時間があるので、アルバイトを3つも掛け持ちしながら、過ごしていた。


 マクドナルドなどのファストフード店は店によって事情はまちまちだが、菅野の場合は小さいショッピングモールのフードコートにあるにもかかわらず、客足が多く、人手不足に悩まされていた。


「マネージャー、ポテトがもうすぐなくなりそうなんですが...」

「じゃあ、袋から補充しといて。」菅野は高校の時から6年間働き続けた。留学に行ってる際も、菅野の席は開けられていた。そして晴れて、店舗のマネージャーに任されるにいたる。


 そして、帰宅後いつものように、鍛錬を始める。まずは腕立て伏せ。これを100回10セット行い。それから、片手腕立て伏せ。これも100回10セット行う。菅野の場合、足を閉じて、腕は深く曲げていた。胸はしっかりと、床につき、そのまま腕をきっちり伸ばし、これで一回。それを一定のペースで乱れることなく、繰り返していた。

 

 次に懸垂。襖の縁に4本の指をひっかけ、これも、100回10セット、行い、これを終えると、これもまた、片手で100回10セット行う。


 次にスクワット。これも、100回10セット、それを終えてから、片足で100回10セット行う。


 そして、シャードーでの組み手。彼はいつも実践を想定していた。これを100分行う。試合数に換算すると約20試合行った。


 これを終えると外に出、ある場所に向かう。

「おお。はるちゃん。今日も調子いいよ。」中年の野球帽をかぶり、くわえたばこに、阪神の応援ユニフォーム。そして、ジャージを履いた男はそこにいた。

 小さな建物だった。菅野の視線の右側にはいくつものドアがあり、奥から1から10までの番号が振られてあった。菅野は”1”の扉に向かい、そこを開けると、防球ネットが張られていた。それをくぐると、足元に筒状の者が3本ほどあった。


 ”バッティングセンター”そこが、菅野が訪れた場所だった。さっき話しかけてきたのはその店主であった。カウンターからいつも話しかけていた。

 

 菅野はそこの右に立ち、そして、正拳を構えた。すると、ピッチングマシーンが点灯し、右下に30の数字が点灯された。

 

 ピッチングマシーンはセットされているボールに向かった、アームを回転させ、セットされたボールに触れると、勢いよく、下に振られた。そして、ボールがセットされているところの穴から、ボールが飛び出した。球速は160キロ。

 

 ぽん。と音が鳴り、菅野は、ボールに向かって、打拳する。ピッチングマシーンに向かってまっすぐに構えていた、拳は、その勢いのままはなたれ、見事にボール回収ボックスに吸い込まれた。そして、数字は29に点灯した。


 普通の人間がやれば、骨折どころではすまないが、これを長年やってきた菅野は、人知を超えた固さの拳を持つことになる。


 バッティングセンターで使用されるボールは、軟式球といいゴム製でできている。(それでも十分固い)が、菅野の場合は、硬式球が使われていた。

 

 これを毎日行う。菅野はものごごろ着いた頃から、毎日やらされ、習慣づけられた。家を出て、親父から解放された後でも、これを毎日続けたのであった。

 

 最初は受け入れられなかった。当然である。沖縄にいたころは、父がピッチングマシーンを購入し、それを受け続けたが、現在は、それもない。ピッチングマシーンを買う余裕はなかった。そこで、店主にこう告げる。


「この硬式球を割れたら、私の願いを聞いてください。」その場で新しい硬式球を店主から購入し、それを、カウンターのテーブルに置き、そして、手刀を加えた。


 ボールは綺麗に割れたのであった。硬式球の中身がむき出しになったのであった。

「あんたの鍛錬が見たくなったよ。俺強い男は嫌いじゃないぜ。」店主はこれを承諾する。ただし、条件が一つくわえられる。

「来るなら、閉店後の23時から24時の間だ。それ以降はどんなことがあろうと受け付けねえ。」


 後藤虎太郎は、菅野の交友関係を調べた。菅野は中学卒業と同時に免許皆伝し、そのまま大阪へ進出。高校は大阪の公立高校に通うことになる。


 そして、高校では、テニス部に入部。部員とは、そこそこ親しいようである。その中でも、特に親しいのは、波多野愛華であった。


 波多野とは、バイト先の一つマクドナルドでも同じで、一つ上の女子部員だが、人数の関係で、男女混合で練習しているため、親しくとも、特に不思議ではなかった。

 

 菅野は、高校で通算5人と付き合うことになるが、そいつらとは、今は連絡は取っているが、特に会ったりはしていないようである。

 

 「今親しいのは、元彼女と、バイト先の女だけか。」

 虎太郎はそうつぶやき、そして、組員にとあることを命じた。

 

 警視庁組織犯罪対策課の田中正志は、”売春”グループの摘発に動いていた。大阪では、”グリ下キッズ”と呼ばれる未成年の者たちが、犯罪組織の違法売春に加担される事態が相次いでいた。

 

 警官の事情聴取にも、まともに応じることのできないものばかりであった。


 様々な、犯罪組織を摘発してきたとはいえ、違法麻薬やそれを買う者たちが減ってきたわけではないのである。


 今回、田中が目を付けたのは、とある、デリヘルであった。そのデリヘルはきちんとした営業許可証を持ったものであるが、その専属ドライバーであろう男を張っていると、明らかに18歳以下であろう女がホテルに入っていくところを目撃していた。

 

 サイトも設立されており、VIP会員になると、指名が優先されたり、そのほかにも、一般客には、公開されていない、VIP専用のデリヘル上も用意されていた。さらには、一人の娘を定期的に指名できるサービスや直接チップを渡す権利などが加えられる。


 このデリヘルの社長の身元をたどると、やはり、黒澤会につながっていた。その男は3年前に破門とされていたが、おそらく、建前上の者で裏では繋がっているだろうと、予測した。

 

 そのデリヘルの社長、尾崎悟は、デリヘルだけでなく、飲食店や、不動産業、暗号資産や、ITの会社など、いくつもの顔を持っていた。


 だが、その実態は、きちんとした収益を上げているものも多いが、他社からの情報を抜き取り、それをもとに、他社の邪魔をしたり、ランサムウェアを使った、物白金の要求とそのデータのバラマキなど、卑劣な手を使った収益もそれなりに多かった。


 シロヤマ建設の社長。部長の三田村勝邦。スキンヘッドで加齢臭がスーツのブレザーまで染みついている中年の細身の男だった。細身だが、太っていないというだけでスーツを脱げばだらしない体をしていた。彼の元に現れたのは、波多野愛華であった。アポはちゃんと取ってあったが、下請けの会社であったため、あしらうような態度を取っていた。


「うちもさ。ゼネコンからの中抜きがひどくてきついんだよ。その額で受けれないんだったら、他に仕事たのんじゃうよ。」


「では、この額で受けさせていただきます。」三田村はほくそえんだ。


 その後彼は、波多野愛華に呼び出された。そこそこいい料亭だったので、彼はそれに応じた。

 

「三田村さん。それでは、乾杯しましょう」大阪・北新地にある、豪華な料亭だった。接待で自分も良く使うので、おかみとは顔見知りだった。

 

 豪華な海鮮料理に三田村は箸を付けながら、波多野の所作を見た。貧乏人が料亭にくると、その場に慣れていないため、癖が出てしまうものであったが、所作の一つ一つがとても上品に見えた。一朝一夕で身につくものではない。なぜ、このような女が下請けの会社に?そう思いながら三田村は継がれた酒を飲んだ。継いだのは波多野愛華だった。

 

「昔はさ。俺も高給取りだったんだぜ。かいさ、い、にいるだけで、月給50万だったんだ。もちろんユーロじゃなくて、円だけどな。がはは。」酒に酔ってきた、三田村は、波多野に自慢話を始めた。

「すごいですわ。三田村さん。もしも奥さんがいらしてなかったら。惚れてしまいますわ。」

 ”わ”の部分で声の明るさをあげるようにし、聞き役に徹した。酔っていないときは、言葉を選んで、褒めないと、機嫌を悪くしてしまうが、ここまで酔ってしまえば、あからさまな太鼓持ちも本人にとっては、純粋にほめているように聞こえた。


「俺はな、部長っていう小さな器じゃねえんだ。いつかは、社長!!いや、ゼネコン大手の代表取締役だあ」

「さすがですわ!!三田村様!!ずっとついていきます!!」


 そして、3時間も過ぎるころには、出来上がっていた。

「俺に惚れたろ?じゃあ、そこのホテルで休憩使用や!!おかみ!勘定!!」

 三田村は、波多野の肩を借りて料亭を出、そして、近くのラブホテルにチェックインをした。

「さきにシャワーを浴びてきます。」

 波多野はそう言って、シャワーを浴びた。三田村は、それを興奮して待っていた。その様は、エサを待つために、尻尾を振る犬の様であった


 そして、ベッドにいる、三田村に沿うように近づいた、波多野は、三田村の耳に直接「抱いて。」とささやいた。それを聞いた三田村は、波多野のはだけたバスローブを開き、そこに顔を近づけ舐めまわした。


「俺は、臭くないのか?」

「臭くないわよ。男らしくて素敵なにおいよ。」そこから、何度も三田村は絶頂を果たした。そこで、泥のように眠りについた。


 翌朝、目を覚ますと、そこに波多野の姿はなかった。靴は一足しかなく、先に出ていったようである。枕元にある携帯を見ると、朝7時を過ぎていた。


「やばい。遅刻しちゃう!!」急いで支度をし、ホテルの部屋を出た。チェックアウトの料金を払わされた。


 そして、電車に乗り、急いで携帯を見た。すると、波多野からLINEが来ていた。

”昨日は、楽しかった。ありがとう♡”と送られていた。一枚の写真と共に。

「あいつ。まさか....」電車の中だというのに、急いでは波多野に電話を掛けたが、出なかった。


 カバンの中身を急いで確認したが、なにも盗まれていなかった。財布などもきちんと一円単位までそろっていた。ホテルの料金と写真だけを取って帰ったのか。と思っていた。


 会社に出社し、自分のデスクのパソコンにUSBをつないだ。が、そこにあったのは、

「ランサムウェア....何で俺のパソコンに?」すると、他の社員も

「パソコンが動かなくなりました。」

「私も動かなくなりました。」

「部長!!大変です。部署のパソコンが、ハッキングされました。」


 尾崎悟は、グレーのビジネススーツを着、髪を肩に少しつくぐらいまで伸ばし、四角い黒縁メガネをかけた、身長160㎝くらいの女を見ていた。肩には、黒い革製のハンドバッグを下げていた。顔立ちは、すこぶる美人という訳でもないが、そこそこ男受けするように、化粧もナチュラルメイクになっていた。唇のつやも鮮やかで、男をあからさま、ではなく、あざとく、でもなく、自然に引き付ける魅力があった。


「ご苦労だったな。愛華。これ、特別報酬だ。」封筒には、30枚ほどの万札が入っていた。それを受け取ると、一礼をして、部屋を出た。


「ふふふ。あほな、部長でよかったぜ。さて、そろそろ身代金が振り込まれる頃かな。」尾崎は、パソコンのデスクトップを銀行のページに切り替えた。

 

「300万円。毎度あり。データのバックアップは取れた。解除してやってもいいか。」

 

「愛華。次の仕事だ。この写真の男を、落とせ。なるべく、うちの持ってるホテルにひきつけろよ。いつも通り自然にな。」


「はい。尾崎さん」


 波多野愛華は、高校生の時、すでに、パパ活をしていた。様々な男に貢がれ続けた。

 だが、20歳を超えるころには高校生の時のような真新しさもなくなり、徐々に貢がれなくなってしまう。

 そんな折、尾崎は愛華を見つけ、デリヘルに誘った。

「どうした?お嬢ちゃん。元気ないなあ。」居酒屋で一人で飲んでいた愛華に声を掛ける。

「ホストに貢ぐ金もなくなって、かけ払えなくなったのか?」

「まあ、そんなとこ。」

「じゃあよ。俺のところで働けよ。」

「風俗ですか?嫌なおっさんの相手何てしたくありませんよ。」

「まあ、嫌なおっさんには変わりないが、そこそこ金があるおっさんだ。あんたが、今まで貢がれてきた、金のけたが一つか二つ、変わるぐらいの」

 尾崎の見た目は、やり手の社長と言った感じだった。かといって怖い印象を受けないと言ったらそんなことはない。

 黒いサングラスに、白いTシャツ、その上に青いジャケットを着ていた。時計は金無垢の時計で、装飾品をじゃらじゃらさせていた。どこからどう見ても、成金に見えた。

 それ以来、一日平均で30万円もらう生活を手に入れた。実際はホストなどには貢いでなかったが、ジャニーズには貢いでいた。彼女は嵐のファンで、ファンクラブにも入っている。ライブやCD,グッズなどに金を掛けた。だが、いくら金をかけても、かけたりなかったのである。


「なあ、菅野。今度みんなでユニバいかへん?」

 波多野愛華は、菅野悠人をユニバーサルスタジオジャパンに誘った。菅野は、これを許諾した。これが罠であるとも知らずに。

 



 

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