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 ……俺は今、夢を見ている。

 いつの時代か、どこの家かも分からない部屋の中、お手玉をしている夢だ。

 目の前には木で作られたおりがあり、しめ縄が飾られている。

 時折和服姿の老翁ろうおうが入ってきては、漆器しっきに乗せたおはぎを目の前に差し出してくる。

 俺はそれを黙って食べ、ひたすらお手玉にきょうじていた。

 俺はその時、自分が何故かさびしい、つまらない感情に支配されていたように思う。


 意識が飛び、今度はどこかの住宅街を歩いていた。

 時代が違うのだろうか、電柱も電線も見当たらない。道の両端には古びた民家が立ち並ぶ。どの家にも軒先のきさきに竹筒が吊り下げられている――そんなところをゆっくり歩いていた。

 また場面が切り替わり、今度は立派な神社がある。心なしか足取りも軽い。

 俺の記憶にはない所だったが、どことなく郷愁きょうしゅうを誘う風景だった。


 また意識が飛んで、再びどこかの家の部屋の中でお手玉をしている。

 するとおりの中に壮年の男性が入ってきた。その男を見ると怖気おぞけが走る。

 男は俺の首をつかんで持ち上げ、そのまま部屋の奥へ引っ張っていった。

 その後、男は和服を荒々しく脱ぎ始め――俺におおいかぶさってくる。

 そこからは何故か痛くて、辛くて、苦しくて、臭くて、嫌な気分しかしなかった。

 そして……意識はそこで途切れる。


 再度場面は変わり、三度部屋の中。俺はひどくさびしく、悲しい気分に襲われた。

 泣いているのだろうか、視界がゆがんでいる。

 やがて部屋の空気が重くなった感じがして、俺は満足に身動きが取れなくなった。

 そして、以前とは別の男がおりに入ってきたかと思うと、俺が抱えていた何かをつかむ。

 それは俺の子供だった。いつだったか覚えてもいないはずかしめの時に身籠みごもらされた子。

 子供はとして、よわい五つを迎える前に井戸へてられた。

 井戸を覗き込んで泣き叫ぶ俺も、井戸の中に蹴落とされた。

 その後井戸に蓋がされ、さらに何かが俺の体を縛った。

 俺は必死に上へ上へ飛び上がろうと試みたが、すべてが徒労に終わった。

 その時、誰かの声が俺の頭に響き渡る。


わらわをここまではずかしめるか。わらわをここまで愚弄ぐろうするのか。わらわの息子に斯様かような仕打ちをするのか。よかろう、のろってやる。わらわがここに留まる限り、貴様らは全員のろいを免れぬ故、肝に銘じよ。この家に住まう男児おのこよわい五つを生きられぬ。わらわの無念と無聊ぶりょうなぐさめるのじゃ、その程度はわらわに差し出して貰わねば釣り合わぬ。努々ゆめゆめ忘るるでないぞ、わらわがここに留まるかぎり何人たりとものろいから逃れることあたわぬ。精々せいぜい砂上さじょう楼閣ろうかくがごとき繁栄を謳歌おうかするがよい〟


 そこからは、暗闇の中で眠り続ける日々だった。

 時折、俺を見張り続けている存在が悪戯いたずらを仕掛けてくる。

 悪意は感じられない。ただ、本能のままに求めている感じがした。

 俺はその存在にはどうしても逆らえない。まるでにらまれている感じで、動けなくなる。


 ある時、まるでタガが外れたように視界が開ける。

 見張りの目がふと消え、自分を取り巻く一切が軽くなった。

 今なら逃げ出せるかもしれない、俺はそう思った。

 俺は必死に壁をよじのぼり、ついに外へ出られた。

 久しぶりに見た景色は様変わりしていた。

 俺にとって見慣れた、あの家だった。


 そして、一人の少女と出会った。俺はその顔を忘れることなどない。

 その少女は俺と友だちになった。

 家に遊びにいって、お手玉を少女に教えてあげた。

 少女は笑顔を絶やさない。俺は多幸たこう感に包まれた。

 本当に久しぶりに、優しさに触れられた気がした。


 俺は人の心からの願望を実現した。

 代償は、新たに生まれくる生命だった。

 それが俺の力で、縛りだった。

 俺は人が心からこいねがうことでなければ叶えられなかった。

 その見返りに、新たな生命を求めた。


 ある日、友だちだった少女が階段から突き落とされた。

 世界が暗転し、ついで真っ赤に染まった。

 これほどの感情は経験したことがないほど、怒りと哀しみに支配された。

 少女は息をしていなかった。

 このままでは黄泉よみ伊邪那美イザナミに連れられてしまう。それは嫌だった。

 俺は少女の意識を繋ぎ止め、支えた。


 俺はその少女を突き落とした男の親族を憎悪ぞうおした。

 あまつさえそれを闇にほうむろうとしたその女に激怒した。

 その女をどうにかして欲しいという願いは、嬉々ききとして受け入れた。

 あの女だけは、死後も永劫えいごうに苦しみのたうち回るよう、念入りにのろった。


 そして、今。

 俺は俺に泣き叫ぶ。


美桜みお……ダメだ……行くなっ……そっちは、ダメだっ……頼む! 俺はどうなってもいい、その子だけは……どうか、連れて行かないで……! 神様、どうか、美桜を、助けて――〟


 俺はその願いを聞き届けた。

 それが俺の力で、縛りだった。

 俺は人が心からこいねがうことでなければ叶えられなかった。

 己でなく、他者のためにこいねがうことしか聞き届けられなかった。

 それが生命を救うことであっても、奪うことであっても。

 その見返りに、俺は――


 そこで意識が途切れ、暗闇に支配される――寸前で、俺は再び誰かの声を聞いた。


〝案ずるな。あの子はおはぎを食うておらぬ〟


 意味は分からなかったが、俺は何故かその言葉で安心し――今度こそ意識を手放した。

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