森と魔女とリボンとわたし
城峰
氷の花 その1
「森」に来て初めての冬がやってきた。
戸を開くと冷気がどっと押し寄せてきて思わず身を縮こませる。
「“森”の冬は厳しいから一番厚い服を持っていきなさい」
と言ってくれた叔母さんに感謝する。
外はまだ夜明け前で真っ暗だ。左手に採取物をしまう籠を、右手にランプを掲げて
歩き出す。足元の草には霜が下りていて、サクリサクリと音がする。
「この様子だと湖に氷が張るよ」
師匠があくびまじりに行っていたことを思い出す。今夜は満月で、師匠は“月光水”の
仕込みのためにほぼ徹夜だったのだ。
「“氷上花”(ヒョウジョウカ)が咲くね。その年最初のものは良い薬効があるんだよ。ぜひ採取したいところだが」
師匠がうーんと伸びをして、考え事をしているように目をつぶって黙り込む。
それから、間。
「師匠、立ったまま寝ないで」
「…ハッ、いま寝てた!?」
ビクリと夢の国から引き戻される師匠。
「いや~最近徹夜がきつくなってきてさ…」
「…あの、師匠」
年かな~などとぼやきながら頭をぐしゃぐしゃかく師匠にわたしは話しかけた。
「何だい、リッカ」
「わたしがひとりで行きましょうか。氷上花を採りに」
様々な薬を調合するための素材の採取。
「森」の魔女のもっとも重要な仕事に。
わたしはまだ「森」に来てから日が浅く、半人前にすらなれていないけれど、
最近になって明るい時間の、簡単な採取作業には一人で行かせてもらえるようになっていた。しかし、森では太陽が出ている間は決して手に入れられないものも無数に
あるのだ。“氷上花”もそのひとつだった。
…正直に言ってしまえば不安だった。採取地である湖まではたいした距離は
ないし、昼間なら何度も行ったことはあるけれど、暗くなってからこのあたりを歩き回ったことは一度もないので、頼りないランプの明かりでわき道に迷い込んで、
そしてそのまま…という可能性もあるし。もし今の季節が冬でなければ、きっと
夜にひとりで採取に行くなどと言い出しすらしなかった。森にはリスやウサギ等の
小動物が無数にいて、当然のことではあるがそれらを捕食するもっと大きい獣たち
もいる。ここへ来てすぐの頃、真夜中に聞いた恐ろしい遠吠えの声はまだはっきり憶えている。寒さが厳しくなるとそれらの獣は多くが冬ごもりしたり、もっと南の
ほうへ移動してこの近くにはいなくなると師匠が言っていたけれど、不安は残る。
そういうわけだから、ひとりで行くなんて言いながらも内心、
(師匠)「そんな!ひとりじゃ危ないからやめなさい!私も一緒に行くよ!」
なあんて言ってくれた…いいなー、なんてズルいことを考えていなかったといえば
うそになる。しかし、
「あそう?じゃあお願いしようかな」
師匠はあっさりとそう言った。
そして冒頭に戻る。
出がけに師匠と話していて時間を喰ったからか、夜明けまであまり間がないようで、うっすらと東の空が色づき始めている。わたしはあわてて採取地である湖に
向かって足を速めた。
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