公爵様は今日も元気に妹を溺愛中
@toudounoa
エピローグ
雨が静かに降り続いていた。空はどんよりとした灰色に覆われ、湿った空気が重たく感じられる。大きな屋敷の門を潜る馬車が、一台、また一台と列を作っている。その全ては今日の悲しい行事に集まってきたものだった。
彼女はじっとその光景を見つめていた。大勢の人が集まっているが、自分の周りだけぽっかりと空間が空いているように感じる。ララは今自分がこのお葬式にいることが場違いだとひしひしと感じていた。リオの母は決して彼女に優しくはなかったし、むしろ冷たく、疎ましく思っていたのだろう。それは当たり前だ。リオの母は私の母ではないのだから。頭ではわかっていても、悲しくなる時はあったし、時々本当の母と祖母との生活が恋しくなる時もあった。母と祖母は去年流行り病でなくなり、義理の母までなくなり、でももう母と呼べる人は誰もいなくなってしまった、と思うと何とも言えない気持ちになった。
ふと顔を上げると、リオが目の前を通り過ぎる。黒い礼服に身を包んだ彼は、表情一つ変えずに進んでいく。彼の顔は無感情を装っていたが、その瞳の奥には深い悲しみと不安が見え隠れしていた。彼はずっと母の言いつけを守り、彼女に対して距離を置いていた。リオが冷たかった理由は明白だ。彼自身が彼女を嫌っていたわけではなく、母の機嫌を損ねることが煩わしかっただけなのだ。それでも、彼女はその冷たさを無視し、いつも明るくリオとリオの母に接していた。
突然、背後で何かが崩れるような音がした。振り返ると、屋敷の端で何かが起きている。目が合った瞬間、背後から布を押し付けられ、息が詰まる感覚に襲われた。抵抗する間もなく、視界が暗くなり、意識が遠のいていった。
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目が覚めた時、周囲はすっかり暗くなっていた。肌寒さが身体を覆い、湿った草の匂いが鼻をつく。木造の古い納屋の中、彼女は手足を縛られたまま横たわっていた。そばにリオがいるのが薄暗がりの中でわかる。彼もまた手足を縛られ、苦しそうな表情をしていた。
「ここは…」
リオが呟いた。声には不安が滲んでいる。いつもは冷静で無感情を装っている彼も、この状況には動揺を隠せないようだった。
彼女は少し体を動かして、周囲を見渡す。納屋は古びていて、壁や天井には穴が空いている。外から小雨の音がかすかに聞こえてくるが、外がどうなっているのかはわからない。ただ一つ言えることは、ここに長くいるのは危険だということだ。
「どうしよう…どうしよう…」
リオの声が震えている。いつも冷静で感情を表に出さない兄が、今はまるで別人のように弱気になっていた。
「大丈夫だよ、なんとかなるよ。」
彼女はできるだけ明るい声で答えた。そんな彼女を見て、リオは驚いた表情を浮かべる。
「…どうしてそんなに平気なんだ?俺たちは…多分誘拐されたんだぞ?」
彼女は少し微笑んで、祖母や母に教わったことを思い出す。祖母はいつも言っていた。「困った時こそ、冷静に頭を使いなさい。知識があれば、道は開ける」と。そして母も同じように、「人を助けたいなら、まず自分が動かなきゃいけないわ」と言っていた。
「平気じゃないけど、ここでじっとしてても仕方ないでしょ?だから、脱出しよう。」彼女はそう言って、手足の縄を確認した。縛り方が甘いことに気づき、彼女は地面に転がっていた小石でなるべくとがったものを手に取った。小さな手を巧みに動かしながら、彼女は冷静に縄を解こうとしている。
リオは彼女の行動を驚いた顔で見守っていたが、次第に妹の頼もしさと行動力に気おされていく。
「どうやってそんなこと…」
「おばあちゃんが教えてくれたの。はさみがないときにどうやって物を切ればいいか。一緒に練習もしたんだよ。あと、納屋とか古い建物って、よく使われなくなった道具とか隠し扉があるんだって。」
彼女は冷静に、だが確実に縄をほどき、自由になった。次に彼は、妹のララが自分の縄を外すのをじっと見ていた。その後、二人は納屋の隅を探り始めた。彼女が言った通り、古い納屋の隅には隠し扉があった。
「ここだ、絶対にこれが外に通じてる。」
妹はそう言って扉を開けた。雨が強くなっていたが、外の空気が流れ込んできた時、二人は少しだけ希望を感じた。
「逃げよう。」彼女の強い声に、リオは強く頷いた。これまで冷たく接してきたはずの彼女が、今では自分を守るかのように前を歩いている。自分がずっと避けていたこの小さな女の子が、今この状況では自分を救ってくれているのを不思議に感じた。
外に出ると、二人は森の中を走り抜けた。雨が降りしきる中、道なき道を進んでいく。彼女は疲れを見せず、何度もリオを振り返りながら笑顔を見せた。その笑顔がリオを少しずつ勇気づけ、彼の心の中にあった不安や動揺が次第に和らいでいくを感じた。
「お前、ずっと俺はお前に無関心だったのに…なんでそんなに優しくしてくれて笑顔でいてくれるんだ?俺を置いてくことだってできたじゃないか。」
彼女は一瞬考えてから、にこっと笑って答えた。
「だって、お兄ちゃんは本当は優しい人だって知ってたもん。それに、母さんが言ってた。困ったときほど、笑顔が大事だって。それにお兄ちゃんを置いてくなんて一瞬も考えなかったよ。家族は一緒にいられることが奇跡なんだから。」
リオはその言葉に驚いた。今まで彼女に対して冷たい態度を取り続けていた自分を恥じた。彼女のその前向きさ、明るさ、そして優しさが、彼の心に強く響いてきた。
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雨の中を走り続けた二人は、やがて公爵家の捜索隊に無事救出される。その夜、ララは疲れ果てて眠りに落ちたが、リオは彼女のことをずっと考えていた。彼女の強さ、前向きさ、そして自分を励ましてくれた優しさ。母のために彼女を遠ざけてきたが、その判断が間違っていたことに気づいた。
「俺は…今まで何をしていたんだ?」
リオはその夜誓った。これからは彼女を守る。どんなことがあっても、彼女をもう二度と遠ざけないと。
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