魔法王国の王女様は元敵国の天才王子に翻弄される
@toudounoa
第1話
今日も王立魔法学園は穏やかな空気に包まれている。
私は「リリス・エリウス」。学園での生活ももう半年が経った。学園での生活は、今まで生きてきた生活と比べると一番平穏かもしれない。ただただ穏やかな日常が過ぎていくのを楽しんでいる。
「おはよう、リリス!」
「おはよう。」教室に入ると、クラスメイトたちが気軽に声をかけてくる。私は挨拶を返しながら、自分の席に着く。みんなと冗談を交わしたり、たまに一緒に食事をしたりするけれど、特に誰かと深く付き合うことはしないようにしている。自分かうっかり口を滑らせてもし正体がばれてしまうと、また厳しい王宮の訓練の毎日に引き戻されてしまうのが嫌なのだ。結果、皆と仲良く過ごしてはいるが、それ以上でもそれ以下でもなく、心地よい距離感を保っている。
「さあHRを始めるぞ」
担任のルーカス先生が教室に入ってくる。先生は最年少で魔法試験一級を取得しており、王宮所属魔法使いの中でも期待のエースだ。それに加えて高身長、ゆるくウェーブのかかったブロンドの髪、碧眼であるから、女子生徒からの人気は計り知れない。魔法技術や教え方も一級品で、男子生徒からの信頼も厚い。
「今日もルーカス先生はかっこいいなあ。」
と隣の女子生徒たちが小声でひそひそと話している。まあ無理もないと思いながら、「かっこいい」といって純粋にわいわいできるのが少しうらやましくもあった。
「今日も欠席なし、と。特段お知らせはないので、一時間目までは授業の準備していてくださいね。移動教室だから教室間違えないように。」
出席を取り終えた先生がそういうと、クラスが途端に騒がしくなった。一時間目は実技なので外での演習となる。早めに行って、ベンチにすわって風にでもあたろうと私は教室を出た。
「さあ今日は風魔法の実技です。みなさん練習はしてきていますね?
とりあえず一人ずつ、この羽を300m先から自分の手元に呼び寄せ、この羽を風で旋回させながら元の位置に戻す。ということをやってもらおうと思います。出来た人はあの1km先の風車のような的を回すこともしてもらいます。羽は安物だから失敗しても請求はされないので、安心してくださいね。」
そうやってルーカス先生が微笑むと、生徒からも笑いが起こった。
しかしみんな少し緊張しているのか、笑いはいつもに加えて控えめだった。
それもそのはずで入学してから三か月は基礎理論と基礎練習だったので、まだ実技の練習をしてから1か月しか経っていない。
王立魔法学園は卒業までは実技重視なので、とりあえずやらせてみる精神で出来不出来はそこまで気にしていないはずだが(もちろん学年末までにできないと進級できないが)、それでも緊張して当然だろう。
「ではまずお手本を」
とルーカス先生がいい、羽を300m先に旋回させながら置き、それをまた呼び寄せた。一瞬の無駄も揺るぎもない完璧な魔法であった。一級魔法使いともなれば、このくらいは赤子の手を握るレベルなのだろうが、生徒たちからは歓声が沸いた。
「ルーカス先生さすが。」
「ルーカス先生かっこいい!」
「やっぱりすげえな。」
といった声が周りから聞こえてきた。
「では1人ずつやってみましょう、立候補する勇気のあるものはいますか?」
とルーカス先生が振り返ると、ふたたび静寂が訪れた。皆、自信がないようで、我先にと立候補するものはいない。30秒ぐらい経ったあとに
「僕、やってみます。」
と名乗り出たのは、学年でも成績トップクラスで、公爵家出身のオーディンだった。彼もまた先生に負けず劣らずの人気と実力がある。
「オーディン!気負わず挑戦してください。あなたならきっと大丈夫です。」
と先生がまた微笑み、女子生徒の顔が数名緩む。オーディンは少し緊張した様子で実技場の真ん中に立った。先生がまた旋回させながら、元の位置に羽を戻す。
「こんな感じで、肩の力を抜いて。」
オーディンはうなずいて目を閉じて、杖を構えた。すると徐々に羽が浮いてきて、ルーカス先生程の速度ではないが、ふわふわとこちらに順調に羽が近づいてきた。
「おーー!!!」
と生徒たちから歓声が起こる。無事羽を手元に到着させることのできたオーディンはすこしほっとした表情をしていた。
「すばらしいですね。では元の位置に戻してみてください。」
オーディンは先生のほうをみて、強くうなずき、また目を閉じて(別に魔法を使うのに目を閉じる必要はないのだが、慣れていないときは目をつぶっ他方が集中しやすいのだ)、羽を浮かせる。旋回させて、何度か地面に接触して落ちそうになる危機に見舞われたが、無事最初の地点まで羽を旋回させながら到着させることができた。今度は先ほどよりもすごい歓声があがり、口笛の音も聞こえた。
「すばらしいですね。さすがです。」
ルーカス先生の声とともに歓声がおさまっていく。
「では風車も回してみますか?」
と先生が尋ねると、
「一応やってみてもいいですか?」
とオーディンがおずおずと答える。
「もちろんです。」
オーディンは今度は風車のほうに姿勢を向けて目をつぶる。他の学生は邪魔にならないようにしずかに彼を見守っている。
杖からはすごい風の渦が出て、風車に向かっていく。風量もすごく、その旋回も素晴らしいものだった。しかし1km先まで威力を持続することはできなかったようで、風車は微動だにしなかった。学生たちの間に落胆の声が漏れでた。
「あいつでできないなら俺も無理だ。」
「私も。」
「そもそも羽の課題が無理よ。」
とみんな口々に後ろ向きな発言をしている。
オーディンは少し残念な顔をしていたが、やりきったという顔つきで
「すみません、先生。」
と言った。
「いや、すごくいい出来だったよ。ここまですんなりとできるのは学年で2,3人しかいないよ。」
とオーディンを絶賛した。
「では次~」
と先生が次の生徒の立候補を促す。オーディンの後に立候補できるような勇気のある生徒はいないようだった。
「では、アルファベット順で~、アーサー」
と先生がアルファベット順で名前を読んでいく。私はLなのでちょうど半部くらいでよばれるはずだ。
みんな思い思いの場所で、実技をみたり、基礎教本を見直ししたりしていたので、私もそばのベンチでのんびりとクラスメイトの魔法をみることにした。クラスは30名程度で現在すでに10名ほど終わっているが、呼び寄せと遠隔設置両方できた人はいなかった。呼び寄せはできても旋回ができなかったり、旋回できても羽を遠くに飛ばせない者などさまざまだった。
「では次リリス。」
とルーカス先生の声がしたので、ベンチから立ちあがり、実技場の真ん中に進んでいった。みんなからの視線が痛い。注目されるのは慣れているが、それでも苦手でこの場を早く終わらせたいと思った。実技場の真ん中に着き、杖を構えるとすぐさま羽を呼び寄せ、息つく間もなく、羽を旋回させてもとの位置に戻した。先生より精度は低いかもしれないが、早く終わらせたいので何よりもスピード重視で行った。クラスメイトたちは唖然としているようだったが、ちらほらと拍手が聞こえて、だんだん音が大きくなっていった。
ルーカス先生はいつものほほえみをくずさず、
「さすがですね」
といった。それもそのはずで、先生は私の正体を知っているからだ。
私は…魔法大国であるエリオン王国の王女だ。
幼い頃から周囲に魔物の脅威があるこの国を守るために、魔法や剣術を叩き込まれてきた。王族に引き継がれている膨大な魔力量も、一級魔法使いたちによる昼夜問わない日々の訓練も、全ては王女として当然のことだった。
すべては国を守るためなのだ。ルーカス先生は私が4歳くらいの時からすでに王宮所属魔法使いだったので、王宮の訓練場で何度かすれ違っている。大きくなってからは何度か実技訓練をしてもらったこともあるだ。
しかし身分をかくして入学したこの学園では、他人の振りをしてもらっている。
ルーカス先生は表情一つ変えずに
「では風車を。」
私は心の中でため息をついた。「見逃してくれればいいのに」と思いながら、風車のほうを見る。極力目立ちたくないのだ。失敗するか、成功させるか、どうしようか迷う。プライド的にこの程度の魔法を失敗するなんて耐えられないが、注目されるのも同じくらい嫌だった。そんな私の考えを見透かすかのように
「失敗したら、ザインに報告しますね。」
と誰にも聞こえないように私に小声で耳打ちしてきた。そうきたか。私はため息をついて、杖を構えた。高速の風の渦が瞬く間に風車に到達し、風車が旋回する。今度は感嘆の声がクラスメイトから上がった。
「すげえ…」
「すごいわ」
ザインは私の魔法の師に当たる人で、王宮所属の魔法使いのマスターでもある。
ものすごく、ものすごく、ものすごく怖い。
魔法の技術は100年に一人の逸材と言われ、さまざまな新しい魔法を開発もした天才であるが、その魔法の訓練はかなりのスパルタで、小さいころは何度も泣かされた。
ザインにこの程度の魔法を失敗したと報告されたら、きっと私のティータイムは一か月くらい消え失せるだろう。ルーカスがこちらにむかってにやにやとした表情を見せた。
まったく王女にこんな態度をとるなんて、なんて肝が座ってるんだろう。まあ実力のある魔法使いだから仕方ないのだけど。
私もこんなことでいちいち、腹を立てるような教育はされていない。
ルーカスには微笑みで返した。
授業が終わり、みんなで片付けをしていると、クラスメイトが話しかけてきた。
「リリスの風の魔法すごすぎ!」
「どうやってやるの?教えて」
「すげえな、リリス。」
と怒涛の質問にあったので
「たまたまだと思うわ。あと風が得意なだけなの。」
といってすぐさま席に戻った。平穏な学園生活が崩れる音が遠くから聞こえてきたような気がした。
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