第35話 四トントラックと猫又

 フロントパネルには、なぜか猫の夜さんがガムテープで貼りつけられている。

 さらに全身に何か呪符が貼ってあるような状態で、ベッタベタだ。


「なぜ!?」


 真っ先に出た感想はこれだ。

 部屋をバッキバキにしながらドリフトを決める四トントラック。

 徐福さんは叫んだ。


「ちょっと! 修理費請求しますよ!」


 窓を開けて紫乃さんが反論する。


「請求も何も、全部霊力で構築した空間じゃないか。湯以外は全て方術の幻だろ?」

「そうなんですか!? ということは、私が食べた飲茶も……?」


 トラックから降りた紫乃さんが、夜さんをフロントパネルから引っぺがしながら答える。


「幻だよ。あれだけがめ煮を食べといて入るわけないだろ?」

「た、確かにお腹いっぱいではない……」

「どうしてここに入ってこれたのです、筑紫の神よ」

「夜のおかげだ」


 紫乃さんは夜さんから呪符をべりべり剝がしながら説明する。


「佐賀の武雄温泉には東京駅の丸の内口と繫がったゲートがあるのは有名な話だが、あれはお互いに足りない干支のモチーフ同士で連結している。そして夜は肥前の猫又。肥前の猫又に丸の内口の干支の絵を貼りつければ簡易的な武雄温泉へのゲートとなる。佐賀県に侵入さえできれば、あとは任意の湯壺に突っ込めばここの掛け流しにたどり着く」

「確かによく見たら夜さんびしょ濡れだ」

「楓殿!」


 最後の呪符を剝がされ、夜さんが泣きつくように飛びついてきた。


「楓殿を助けに来るために体を張ったぞ、あの筑紫の神は邪神だ、鬼だ、ひどい」

「よしよし、よく頑張ったね」

「ほら、楓が濡れるだろ拭け」


 紫乃さんが夜さんを私から引っぺがす。そして一応ねぎらうように、タオルで包んでもみもみと拭いてあげている。夜さんも不服そうにしながらも、ヘソ天になってされるがままだ。態度ほど悪い仲ではないらしい。

 紫乃さんは私を見た。


「すまない、危険な目に遭わせてしまって。無事だったか楓」

「はい。温泉とマッサージで気分爽快です。いただいた飲茶が消えたことだけが残念でなりません」

「ここの温泉は俺も好きなんだ。湯は最高だからな。そうだ、入っていいか徐福」

「冗談じゃありませんよ、まったく」


 徐福さんが呆れたふうに扇で口元を覆って言う。


「相変わらず息の合ったマイペースですねお二人とも。本当に記憶が消えているのか疑わしいくらい」

「記憶が消えても楓は楓、魂は変わらないからな」


 紫乃さんは当たり前のことのようにさらりと答えると、私に手を差し伸べる。


「帰ろう、楓」

「はい」


 紫乃さんの手を取り立ち上がり、私は決意を新たにする。

 徐福さんの言葉に惑わされない。私は日記と、紫乃さんの言葉を信じる。仮に紫乃さんに何か隠していることがあったとしても、それはきっと悪意からではない。

 最後に改めて、私は徐福さんを振り返った。


「今日は温泉ありがとうございました。怪しい勧誘はともかく、温泉はよかったです」


 攫われたのはともかく、温泉はとてもよかった。

 ぺこりと頭を下げると、徐福さんがふっと目を細めた。


「ふふ、誘拐された側というのにお礼とは、やはりあなたは不思議な子だ」

「俺の育て方がいいからな」

「何か言ってる筑紫の神は放っておいて、またおいでなさい。一人でね」

「いえ流石にそれは無理です」


 そんな会話を繰り広げたあと、私たちは四トントラックで再び屋敷へと帰ることができた。

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