【書籍化】身に覚えのない溺愛ですが、そこまで愛されたら仕方ない。忘却の乙女は神様に永遠に愛されるようです
まえばる蒔乃
第一章 記憶喪失の巫女と、4tトラックと神様
第1話 忘却の巫女は神様に出会う
目を覚ますと、すごい美形が私を覗き込んでいた。
私を見てほっと目元を緩ませる。
「生きていたか、楓(かえで)」
長い睫に縁取られた瞳は、夕日のような黄金色。肌も染み一つなく透き通っている。
現実味がない。けれど吐息が顔にかかったから紛れもない現実だ。
そんな美貌のお兄さんは、サラサラの稲穂色の髪を耳にかきあげ、力強く私を抱き起こす。
見知らぬ和室の天井。なんか血生臭い。
「ここはどこ、私は誰、お兄さんはどなたですか……? って、ぎゃー!」
見回して私は悲鳴をあげた。和室一面に、大勢の人が血まみれで倒れていたからだ。
「あが、あがが、あが、」
「自分がやったんじゃないか、忘れたか?」
「わ、私殺人者なんですか!?」
「違う違う。えーっと……記憶、どこまである?」
「ナニモアリマセン」
「……そうか。じゃあ取り急ぎ、三つだけ説明する」
お兄さんは困ったふうに顔を顰(しか)めると、私の目の前に三本指を立てて見せた。
「一つ、あなたの名は『璃院楓(りいんかえで)』。二つ、これらは呪術で生み出された肉塊なので、何をしても現行法では無罪だから安心しなさい。三つ、ここはもうすぐ爆発炎上する」
「な、なんで!?」
「俺たちで灯油撒いたんだよ、歌いながら」
「治安悪すぎません!?」
「ほら抱き上げるぞ、よいしょ」
「うわー!」
お兄さんは見た目以上の剛腕で、私を抱えてひょいひょいと古い日本家屋を脱出する。障子を蹴破り窓を蹴破り、邪魔な人間もとい肉塊さんを爪先立ちで避け、血まみれの枯山水を飛び越えて、へしゃげた四トントラックの運転席に乗り込んだ。
シフトレバーを操作する姿を見て、私はようやく彼が細身のスーツを着ていることと、自分が千早を着重ねた巫女装束であることに気づく。
二人とも血まみれだ。
怪我はない、これは絶対、返り血ってやつだ。
手にはICカードと神楽鈴を握りしめていた。
「え、なんでICカードと鈴なの」
「そりゃ楓の武器だから」
「武器!?」
「シートベルトをしなさい、出すぞ」
「公道に出るつもりですか!? これで!?」
「問題ない、ポータブル天満宮なら敷地の外に置いといたから」
「ポータブル天満宮って何!?」
「行くぞ!」
思いっ切りアクセルを踏み込み、お兄さんは四トントラックを急発進させる。
「うわー!」
門を抜ける直前、横から和装の男の人が飛び出した!
あっ危ない! なんて思ったときには思いっ切り撥ねていた。
ごろごろ転がる和装の男性。
私は悲鳴にならない声をあげる。お兄さんは舌打ちをした。
「生きてたのか」
「生きてたのかって!? あの、さっきただの肉塊って言ってましたよね!? 待って!?」
「……気にするな♡」
ウインクをして(それがまた綺麗なんだな、これが)お兄さんはトラックを華麗に操り、サイドミラーを見ながらもう一度確実に、その男を撥ねる。
嫌な感じが助手席にも伝わってくる。もうだめだ。私は頭を抱えた。
「よし帰ろう、これなら仕留めたはずだ」
「言っちゃった! 仕留めただろって言っちゃったこの人!」
トラックはそのまま門を抜け、突っ切った先で白い光に包まれる。
梅の匂いがする。懐かしい、『帰ってきた』と思わせる、遠い記憶に刻み込まれたものだった。
◇◇◇
トラックが到着したのは、大きな門構えをした日本家屋の前だった。
私はお兄さんに導かれるままに屋敷に入り、お風呂で身を清めた。屋敷のどこを見ても、何も思い出せない。けれど私用のシャンプーもヘアブラシも部屋着もあって奇妙な心地だ。
現実感のないふわふわした心地のまま、私は和室に敷かれた布団に案内されていた。
しんとして人の気配がない和室で、一人ぼんやりと辺りを見回す。お兄さんが用意してくれたのか、布団の脇にはお盆に置かれた急須と、湯気を立てた淹れ立てのお茶があった。
「どうだ、調子は」
私と同じく湯上がりっぽいお兄さんが、気さくな感じに部屋に入ってくる。
返り血まみれのスーツを脱ぎ、彼は襟ぐりの深い部屋着のカットソーに着替えていた。
「……あの……私は、何者なんですか? あなたは? ここは多分……家、ですよね?」
「そうか、まだ記憶は戻らないか」
彼は私の前に正座する。自然と私も正座をした。
「改めて説明するよ。あなたは璃院楓。卑弥呼(ひみこ)より奴国(なこく)よりずっと前から転生してきた巫女の生まれ変わりだよ」
「う、生まれ変わり?」
「リインカーネーションで、璃院ってな」
「駄洒落ですか」
「古来この地には神に近い巫女が数多くいた。命婦や市子、内侍、問い出しにとりでとも言ったか。明治維新でほぼほぼ消滅したが……楓はそういう巫女たちの始祖とも言える存在の生まれ変わりだ」
「冗談みたいな名字ですが、冗談じゃなさそうですね」
「冗談で千早姿でファイトしないだろう。そして俺は璃院紫乃(りいんしの)、この土地の神だ」
「この土地って?」
彼は指で下を指差す。
「筑紫……時代によるけど、今は大体福岡あたりかな、小倉も世話しているし」
「土地神様なのに妙に所在が曖昧ですね」
「人間は神の都合を考えて境界を引き、名付けるわけじゃないからな。九州全体を筑紫島(つくしのしま)とも呼ぶ時代もあれば、筑紫国(つくしのくに)と言えば今の福岡の一部だ。筑紫野(ちくしの)と言えば市町村だし」
「なるほど……確かに卑弥呼より奴国より前からいる神様なら、今の地名との突合は難しいですよね。読み方も『ちくし』と『つくし』両方ありますし」
「理解が早くて助かるよ」
「神様が灯油を撒いて火をつけたりトラックで撥ね散らかしたりしていいんですか」
「大丈夫大丈夫」
「ほんとに?」
「神様なんだから信じなさい」
紫乃と名乗った神様は微笑む。
綺麗だけど、笑顔で有耶無耶にしている気がする。
「理解が追いつかないですけど、一応受け止めます」
「うん。敬語もいらないし、紫乃って気軽に呼んでくれていいから」
「神様相手にいきなり呼び捨てタメ口って無理ですよ」
言いながら、私は根本的なことを聞いていないと気付く。
「で、私とあなた様との関係は……?」
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