第2話

 ぐちゃぐちゃになった体は担架に載せられ、その上から青いビニールシートをかけられていた。明らかに私だった。頭は潰れ、あごは砕け散っていて、腕と脚は小学校低学年が描いた絵のようにでたらめに曲がり、破裂したおなかから臓器がわんさか飛び出している。死体が運ばれてもアスファルトは赤黒く濡れていて、白っぽい肉片が混じっていた。

「首吊りの方が良かったかな」

 群衆に混じって透けた身体を見渡した。首吊りは死後に尿や便を垂れ流してしまうと聞いたことがあり、なるべく原型がなくなるように飛び降り自殺を選んだわけだけれど、目撃した人にトラウマを与えたかもしれない。無関係な人にトラウマを与えてしまったかと思うと申し訳ない。

 ところで、未練や恨みが残っていれば成仏できないというのは本当だった。身体は潰れてしまい、しばらくすると火葬されて灰になり大気へ溶け込んでいくが、魂はこの通り、この世に存在している。誰にも見られている気配はない。

 楢本ハナ、寺居イオ、河野サミ。この三人だけは絶対に許さない。生き地獄を与えてやる。行きたい方向を念じると魂のみの身体は浮遊しながら念じた方へ進んでいった。


 高校の教室。美里の席には細長い瓶に花が数輪生けてあった。美里はその席に座った。

「え! 丘美里死んだ?」

「昨日SNSで飛び降り自殺のグロ動画拡散されてたよ。マジきもかった」

「やべえじゃん、うちの高校特定されんじゃね?」

 小グループの男子や女子たちが口々に美里の自殺についての話が飛び交っていた。生前はいじめられている美里を見てみぬふりをしてきた者たちが、その下品な興味丸出しで美里の死体画像を見漁っている。

 横から手が伸びてきて、心臓が跳ねた気がした。しかし、魂だけになった身体には臓器が一つもない。ただの錯覚だと気づくと、感情の波は落ち着いた。横から伸びた手は花瓶の花を掴むと、引っこ抜かれ、逆さに持ち帰られるや否や、そのまま花瓶に突っ込まれた。

「まじふざけんなあいつ死ねよ、死んだけど」

 手が伸びた先を見ると寺居イオだった。隣で楢本ハナと河野サミが笑っている。

「まじもうおもちゃいないと寂しいんだけど」

「それな。暇すぎる」

 最初の標的は花を逆さにして花瓶に突っ込んだイオに決めた。美里はイオの後ろに回り、一度背中を押してみる。

「いった、誰だよ?」

「どしたイオ?」

 ハナとサミは口を揃えて言い、口が開いたままイオを見た。

「今誰か押したような……」

 イオは周囲を見渡すが関わっていそうな人物は誰もいない。もとより、ハナ、サミ、イオに反抗するものなどいなかったのだ。私は口の端を異様に持ち上げながらイオの腕を持ち上げた。

「え? なになになになに?」

 イオが何度も首を回して動揺するなか、そのまま力を加え、肘を逆方向に折り曲げた。イオの悲鳴が教室中に響き渡る。

「イオ!」

 折り曲げるだけならまだ生ぬるい。ぶらりと脱力した腕をもう一度掴み、さらに折り曲げていくと、ブチブチと肉や腱の切れる音がし、裂けて中身が飛び出してきた。

「いたあああああいたすけて!」

 イオがハナとサミに近づくが二人は後ずさりしてでイオから距離を取っていく。所詮人を侮蔑することが繋がりだった者たちの絆など軽いものだったのだろう。

 開きっ放しだったイオの口の端を両手で掴み後方に思い切り力を注いだ。

「はっへはっへはへえへへはっへ」

 意味不明な言葉がイオの口から漏れているが、力を緩めることはしない。やがてブチブチと音が鳴り出したかと思えば、ちょうど口の真ん中から肉が見えだした。

「ひはああああああああああああああ!」

 皮が、べろんと一気に捲れた。顔の下半分の肉が丸出しになり、手を離すと、あごからだらりと皮がぶら下がった状態になった。

 ウケる。私は声に出して笑ったつもりだったが、誰も気づいてはいない。自分のことを不細工と散々罵ったイオが顔の下半分の肉をさらけ出し、皮をあごに垂れ提げている。なんと不細工な姿だろう。

「いはいはいいはいいはい」

 もはやお経のように唱え続けるイオは精神が崩壊したようで、そのまま立ったまま動かない。

 顔の上半分の皮もゆっくりと剝いでやると、いよいよだれか判別のつかない顔になった。眼球をくり抜いても「いはいいはいいはい」と言い続け、面白みがなくなった。美里は拳を口に入れ、そのままどんどん奥に入れていく。食道を突き破って心臓を握り、徐々に力を入れていくと身体が痙攣し始めた。もう散々苦しんだだろうと思い、一気に心臓を握りつぶした。じわりと血液が身体中に広がっていく感覚が手のひらに伝わる。

 しばらく痙攣していたイオの身体は動かなくなった。

 ハナとサミはお互い抱き合ってブルブル震えていた。

「次はお前らだ」

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