第15話 お題:プリン 訳アリ物件
冷蔵庫を開けると毎日一個、必ずあるモノが真ん中の段に鎮座していた。
朝起きて、朝飯を作ろうと冷蔵庫を開けると必ずそこにあるもの――『プリン』と目が合う。……いや、プリンに目があるわけではないから、正確には、目に入る、なんだが。
冷蔵庫を開けたまま、ガシガシと頭を掻く。
――昨夜寝る前には確かになかった、プリン。
――昨日の朝も入っていて、処分した筈の、プリン。
――毎日毎日、処分しても、処分しても必ず翌日冷蔵庫を開けると入っている、プリン。
しかもご丁寧に毎日違う種類のものが入っている。
一体誰がこんな悪戯をしているのか、さっぱり分からない。
確かに、不動産屋からこの部屋は『訳アリ物件』だとは聞いていた。
だが、その『訳アリ』がこの毎日冷蔵庫の中段に買った覚えのない品物が入っている事、だなんて思いもしなかった。
家賃が周りの部屋よりも圧倒的に安かった上に、日当たり良し、間取り良し、立地も駅近徒歩五分と理想的だったので、霊など信じていない俺は速攻決めたんだが、これは心霊現象よりも性質が悪い『訳アリ』なんじゃないかと思う。
なにせ、『プリン』は物理に存在している。
気持ち悪くて食べては無いが、触れるし、値札まで丁寧に張られたままの時だってある。
つまりは、誰かがこの部屋に侵入して、このどこからか買ってきたプリンを毎日俺が寝ている間に、冷蔵庫の同じ場所に鎮座させ続けている、という事だ。
俺がここに引っ越してきてこの一年もの間、一度として欠かす事無く。
あまりにも気持ちが悪くて、この部屋を契約した不動産屋に相談し、部屋の鍵を変えて貰ったのだが、全く効果はなかった。
しかも。
しかも、だ。
この部屋の鍵は、前の借主の時も一度交換しているという。そして、前の借主が退去した後にもちゃんと交換したそうだ。
ならば、スペアを持っている不動産屋の誰かが犯人なのではないか、とかなり強めに抗議をしたのだが、そんな事をする人間は雇っていない、という返事しか貰えない。
それが本当なのか嘘なのかは分からないが、そう言われてしまえばこちらとしてはそれ以上強くは言えず今に至る。
深く溜息を吐く。
俺がこの部屋に住み始めて、一年。
不動産屋曰く、最長記録、だそうだ。一年目の更新時にそう言われて、喜色満面で社員全員に拍手までされてしまった。ノリも、意味も分からねぇ。
まぁ、プリンが冷蔵庫の中に鎮座している以外は特に害がない為、毎日「もったいねぇなぁ」と思いながらそれをゴミ箱に処分しているが、本当に誰がこれを毎日置いているのか分からないというのはやはり気味が悪い。
もう一度深く溜息を吐き、手を伸ばしてその中段に我が物顔で鎮座しているプリンを掴む。
と、俺の横から白くて細い手がすぅ……と出てきて俺の手の上からプリンを掴んだ。
「!?」
驚きプリンから手を離す。
今のは、なんだ? と目を擦り、次に目を開けて冷蔵庫の中を見た時、さっきまで確かにそこに鎮座していたプリンは、綺麗に消えていた。
まるで最初からそこには何もなかったかのように。
その事にますます俺は混乱し、何度も目を擦り、冷蔵庫の扉を無意味に開けたり締めたりして、中を確かめる。
だが、確かにさっきまであったプリンはまるでさっき見えた白い手が冷蔵庫から取り出したかのように、そこからなくなっていた。
「……えぇ……?」
思わず間抜けな声が出る。
辺りを意味もなくきょろきょろと見て、またもう一度冷蔵庫を開けプリンがなくなっているのを確認して、頭をがしがしと掻く。
……とりあえず、今日はプリンを処分しなくていいってことか……と、ポジティブに考え、俺は慌てて会社へ行く準備をし、部屋を出た。
***
朝起きて、会社に行く準備をした後、いつものように冷蔵庫の中を覗く。
昨夜買ってきた筈のプリンが、綺麗さっぱり消えていた。
――昨夜、新しく買って確かに入れた、プリン。
――毎朝、なくなっている、プリン。
――毎晩、毎晩、買ってきても、作ってもなくなっている、プリン。
この事に気が付いたのは六年前だ。
夜の間にプリンを冷蔵庫の中に入れておくと、翌日、そのプリンは綺麗に冷蔵庫の中からなくなっている。
きっとこの部屋に住まうプリン好きの霊がそれを食べているのだろうと思いながら、今日こそ満足してくれたかな? と毎日思う。
だけど、毎晩プリンをお供えしても、翌日にはなくなっていることを考えると、きっとまだまだ満足してないんだろう。
この部屋を借りる時に不動産屋さんから説明を受けたこの部屋に起こるという心霊現象の話。
借りる人が必ず足音や、物音、はたまた勝手に冷蔵庫の中から食料が消えるなどの怪奇現象に恐れをなして次々と退去していったそうだ。
その霊はきっとこの部屋を最初に借りた人で、相当のプリン好きだった、とそんな噂があるのを『事故物件』や『訳アリ物件』の理由や噂などを記載しているサイトで見つけた。
霊感ゼロの癖にオカルトが大好きな私は、必ず心霊現象に見舞われるというのならば私にも霊を感じる事が出来るのでは?! と勢い込んでこの部屋を借りた訳だ。
だけど、一度も霊現象と遭遇することなく、たまたまプリンを冷蔵庫に入れていた時にそれが翌日消えたのを見て、私は感動した。そのプリンは最初普通に自分で食べる為に買ったプリンだったのだけど、その日から私は毎日プリンを冷蔵庫の中に『お供え』し続けている。
お陰様でこの部屋に住んでそろそろ六年になる。
この心霊現象が多発する部屋に六年も住んでくれた、と言って毎回更新日には不動産屋さんからは感謝され、素敵な笑顔と共に拍手を贈られる。
そんな不動産屋さんの態度をこそばゆく思いながらも悪い気はしなかった。
だけど、ある日。
いつものように冷蔵庫を開けて中身を確認すると、いつもなら忽然と消えていた筈のプリンが、まだそこに置いてあった。
「……あれ?」
予想外の事に思わずそう口の中で小さく呟く。
そしてその場所にまだあるプリンへと手を伸ばした。
と、自分の手がプリンを掴む直前、男性のごつごつとした手がそのプリンを掴んでいるのが、視えた。
始めて見る現象に驚き、思わず掴んだプリンをそのまま冷蔵庫から取り出す。
さっきのは、ひょっとして……。と、胸元でプリンを持ち、考える。
初めての、心霊現象――?!
とくん、と胸の奥でトキメク音がした。
「……え、今の、え? プリン好きの、霊、さん?」
トクトク、と高鳴る胸を押さえ、もう一度視えるだろうか、と手に持っているプリンを冷蔵庫の中に戻し、少しの間それに手を当てたまま様子を見る。
だけど、その腕は出社ぎりぎりの時間になっても現れず、私はがっかりしながら会社に向かった。
***
「なんでまた入ってんだーーー!!」
仕事から帰り、冷蔵庫を開けて、俺は思わず絶叫する。
朝、変な手が確かに取りだして消えた筈のプリンが、また、そこに鎮座していた。
俺は冷蔵庫の前にへなへなと座り込み、暫くそのプリンを見つめた後、のろのろとスマホを取り出すと、全国展開している大手の不動産サイトを開いた。
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