発電機
気絶したゾレアは、機動隊員に担架で運ばれていった。もちろん、指輪を外された上でだ。カリラの粗相も綺麗に掃除中だ。
梓はゾレアにしこたま蹴られた右腕を垂れ下げたまま、左手でスマホを耳に当てている。
「状況は以上です、本部長代理。もうこのビルは使い物になりません。早急に新しい拠点をこしらえる必要があります。はい、ではまた」
梓が通話を切ると、隊員服姿のフィーコが近づいた。
「梓、怪我の手当てをしなくて大丈夫なのですか」
「痛みはしますが、折れてはいません。彼女、あくまで戦闘中に右腕を使えなくする程度の強さで蹴っていました」
「手段は選ばないがサディストでもない……。純粋な戦士なのでしょうね」
緊張から解放され話す2人に、ピスケが歩み寄る。ピスケは相変わらずしかめっ面だ。
「おいフィーコ、なんで来た。言ったろ。逃げろと」
「ごめんなさい……足を引っ張ってしまって」
「足を引っ張るくらいならいい。むしろお前があのタイミングで来なければ私は死んでたかもしれん。だがそういう話じゃないんだ。お前が捕まったら元も子もない。もう二度とこんなことはやめてくれ」
「しかし……事の発端である私が、皆さんに全てを押し付けて安穏とするわけには……」
「その結果がこのユニフォームか? お前には全く似合ってない」
フィーコは機動隊の制服に身を包んだ自分を抱きかかえるようにして、バツが悪そうに身を縮めた。
梓が2人の会話に割って入る。
「確かに公職の服装を真似るのは軽犯罪法違反です。入隊いただければいつでも着られますよ」
「勧誘するな。フィーコはそういうタイプじゃない」
「それを決めるのはピスケさんなんですか? ところで、カリラさんについてなんですが」
そういうと、梓はスマホのメッセージアプリを2人に見せる。それは未唯からの文言だった。
『カリラ1人だけでパスくぐっちゃったけど、大丈夫? 作戦だって言ってたけど……』
フィーコが口元を手で覆う。
「カリラ、本当にワレーシャに復讐するために……」
「くそ、どいつも勝手に行動しやがって! 連れ戻して来る!」
ピスケは苛立ちを隠さぬまま、エレベーターに向かって走る。フィーコはピスケを目で追う。
「私も行きます!」
「お前は何もするな! 絶対だ! 何もしてくれるなよ!」
ピスケは振り向きざまにフィーコを指さして念を押すと、ドアを乱暴に閉めた。
フィーコは唇を噛む。
「梓、皆で救援に行けませんか。2人が心配です」
「そうしたいのはやまやまですが……死者こそ出なかったものの機動部隊も壊滅的な打撃を受けました。特に装備面が……。無策で異世界転移とはいきません」
「そんな……」
そのとき、未唯からグループメッセージが届く。
『15階の研究フロアに来て! 見てほしいものがあるから!』
下側の階にあったことも奏効したのか、研究フロアは中央に大穴が空いた以外は被害は軽微だった。未唯の指示の下、研究員たちは慌ただしく機材の確認に追われている。
梓とフィーコの到着に気づいた未唯は笑顔で出迎えた。梓はツカツカと歩み寄る。
「瀬ノ川課長、見てもらいたいものとは何ですか」
「そうだなー、まずは私の元気な姿を見てほしいなって思うんだけど!」
「もう見てます。それで見てもらいたいものとは何ですか」
「いつも思うんだけど、冗談が通じない冗談ってネタなの……? まあいいや、川石くん、例のアレ持ってきて」
未唯に指示された研究員は、布の入ったアクリルケースの箱を机に持ってくる。未唯は、ケースをフィーコに手渡す。
「開けてみて」
フィーコは少し戸惑いながらも、ケースの蓋をカパッととる。布の塊を手に取り、布を1枚1枚剥いでいくと、指輪が現れる。
「これは……フィトンの指輪」
「お父さんの体を念の為解剖させてもらったら、胃袋から出てきたんだ。洗浄だけはしておいたけど、これはあるべき人のところに戻さないとと思ってね」
「死の直前、ワレーシャに奪われまいと飲み込んでいたのですね……」
フィーコは、指輪をじっと眺める。指輪は仄かに青く発光している。
「発動している……?」
「摘出したときからずっと光ってるんだって。まるで誰かにつけてもらいたがってるみたい」
フィーコは目をつぶり、指輪を胸に押し当ててギュッと握りしめる。
「お父様、ここにいらしたのですね……」
そして手を開くと、恐る恐る右手の中指にはめた。
指輪の輝きが、一気に強くなる。
「バチン」という強い音とともに、フィーコの右手から電気がほとばしった。
電気は未唯の席のデスクトップPCに跳ね跳び、モニターが真っ黒になる。
「ぎぎゃー! PCがぶっ壊れた!」
未唯はキーボードを叩くが画面は全く反応しない。
「ごめんなさい、うまく制御が……」
「アハハ……まあ鳥の怪獣に壊されててもおかしくなかったわけだし、気にしないで」
未唯は空笑いした。梓が要領を得ないという風に尋ねる。
「課長がおっしゃりたいのは、この雷の力でカリラさんとピスケさんを助けに行けということですか?」
「いやー、幻獣使いが1人増えたところで、お城にはその何百倍もいるんでしょ。もっとスケールさせなきゃ」
「とおっしゃると?」
未唯が白手袋に包まれた右手の指をピンと立てる。
「実は開発中の新型テーザー銃の試作品くんたちが無事でさ。電極カートリッジの交換が要らないワイヤレス充電式! これで装弾の手間もスペースも圧倒的に削減できるし、電源がある限りバカスカ撃てるよ。ただ、向こうの世界に電力網がないのが問題でね……」
未唯は、いたずらっぽい顔でフィーコを覗き込む。
「でも今はここにあるじゃん、人間発電機が」
未唯に指さされ、フィーコはハッと息を呑む。
「私でも、お役に立てますか……」
「もちろん。あとは機動隊員がどれくらい動員できるかだね」
「かき集めれば、1隊分くらいは作れると思います」
梓が答えると、未唯はゆっくりと頷く。
「じゃあ決まりだね! パスは山王神宮の裏手にあるよ」
フィーコは、感謝とも申し訳無さともとれぬ顔を未唯に向けた。
「ありがとう未唯……やはり知識とは人の心を照らすものですね」
梓は、すでに奈津に承認を取り付けるための通話を始めていた。
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