非番
「このお姉さん、ステバで私達のこと張ってたのか……落ち落ちお茶もできないじゃん……」
未唯は防犯カメラの解析映像を見ながら戦慄した。画面の左側には、執務室の監視カメラに映る銀髪の女性の静止画が、右側には、ステバで2人の方を窺っている女性客の静止画が並んで写っている。画面の下部には「一致度 96.8%」と表示されている。
未唯と研究員達は、襲撃を受けた赤坂インターシティARCから程近いエターナルコンチネンタルホテルのロビーに簡易的なラボを構築していた。ラボと言っても、あるのはPCとモニタ数台だけで、できることと言えば防犯カメラの映像に対して類似画像判定をかけ続けることだけだ。
ミユは研究員に話しかける。
「警視庁からはこの周辺の監視画像いつもらえるの!? このお姉さんの足取りからパスを特定しないと! こんなのがもう1人来たら国会議事堂ごとおじゃんだよ!」
「即座に転送できるデータ量ではないので、アクセス権を渡すと言われました! アカウントを払い出してもらってます! 認証マニュアルも受領しました!」
「あっちのシステム内部には類似画像判定かけられないじゃん! もう仕方ない、解像度思いっきり悪くなるけど、こっちのPCに映しながらリアルタイムで処理するよ!」
未唯は迅速に周りの研究員達に指示を出すと、スマホで通話を始める。
「もうそっちに残ってる研究員はいないよね!? え、GPUワークステーションが勿体無い!? そんなのDARPAにVPN繋げていくらでも使っていいから! フィーコのお父さんの遺体だけは何とか安全な場所に移動して! 機動隊員にも協力を仰いで、頼んだよ!」
未唯は慌ただしく通話を切った。
「ごめん奈津、やっぱり非番なんて無理だったよー」
最上階ではカリラとピスケが並び立ち、ゾレアと距離をとって対峙していた。ピスケがカリラに耳打ちする。
「奴は手から出す突風とデカいドバトを操る。いわゆる憑依型と顕現型のハイブリッドだ、しかも相当高いレベルのな」
「風ね……雷よりはマシか」
カリラはカマイタチを鎖鎌状にすると、鎌を手にしたまま寸胴側をヒュンヒュンと振り回す。ゾレアと見つめあったまま、前へと一歩一歩歩み寄る。ゾレアは仁王立ちしたまま、ゆっくりと右手の平をカリラに向ける。
その時、ゾレアの背後のドアが開いて、数名の機動隊員が流れ込んできた。それぞれの手にはテーザー銃が握られている。
「手を挙げたまま床に伏せろ!」
「増援か」
ゾレアは右手をカリラに向けたまま、体を開いて左手を機動隊員達に向ける。
「避けてください! 高風圧の弾が出ます!」
起き上がろうとしている梓が叫び終わる前に、ゾレアのそれぞれの手から気圧弾が発射される。機動隊員達は、モロに風を受けてドアの周りに壁に打ち付けられた。
カリラの方は側方に回避すると、ゾレアの背後に向かって跳躍し、鎖鎌の寸胴を投げつける。
ゾレアは瞬時にかがみ込んで寸胴をやり過ごすと、カリラに背中を向けたまま首だけ振り返る。左の脇の下から右手の平を後ろに向ける。そして、カリラに向かって二発目の気圧弾を打ち込んだ。
空中のカリラは避けられず、突風を受けて吹っ飛ぶ。だがカリラが飛ばされた先は、ガルーダが天井に開けた大穴だった。カリラは体をどこかに打ち付けられることなく屋上に飛び出て、そのまま屋上に着地する。
間髪入れず、カリラは天井の穴から投げ槍を投げつける。ゾレアが回避している間に、カリラは再度穴から飛び降りて床に着地した。
「衝突しないよう進入角度を調節したのね……心得がある」
「風自体は大したことないじゃん。この場所が狭いだけでさ」
「あなたとは手合わせしたいところだけど……任務を優先させてもらうわ」
ゾレアは指をパチンと鳴らす。数秒もしないうちに、カリラの目の前の床が砕け散り、そこからガルーダが現れる。ガルーダは一直線にカリラに向かってくる。
「……!」
カリラは避ける間もなく、ガルーダの頭からの突進を喰らう。ガルーダはそのままの勢いで、カリラごとガラス張りの壁に突進する。ガラスが砕け、カリラの頬に切り傷を作る。カリラは、ガルーダと屋外に放り出された。
「こんのニワトリが……!!」
隊員の制服に着替えたフィーコは、長い髪をまとめるのに手間取っていた。
「もう少しオシャレにも挑戦しておくんでした……」
フィーコはなんとか後ろ髪を縛り上げると、それを覆い隠すようにヘルメットをかぶった。フィーコはテーザー銃を拾うと、エレベーターに急行する。
フィーコがエレベータに搭乗すると、そこには現場に急行しようとする隊員が1名いた。隊員はエレベータのボタンに指を置くと、フィーコに尋ねた。
「何階だ?」
「最上階です……」
「ん? 第3隊は避難指示が任務だろう?」
「えっと……黒崎課長から、担当のフロア全員の避難が完了した時点で、戦闘に加勢するように別途指示がありました」
「そうか。まあ味方は多い方がいい」
エレベータが動き始める。最上階への到着まではしばらくかかりそうだ。フィーコは恐る恐る、隊員に話しかける。
「つかぬことをお伺いするのですが……」
「何だ」
「この銃の使い方を教えてもらえませんか」
「……ハ?」
隊員が、ヘルメット越しにフィーコを見る。フィーコは息を呑む。狭いエレベータに、しばしの沈黙が流れた。
隊員はやがて口を開いた。
「ああそういえば、昨日配属されたばかりの奴がいたな! 災難だな、着任早々これで。このテーザー銃は技術課が改良したやつでな、射程も20メートルはあるし何よりゴツいだけあって自動装填だ。初心者でも扱いやすいぞ! まず安全装置だが……」
カリラをガルーダに任せたゾレアは、大穴を覗き込むと、そのまま下に潜った。ピスケが急いで穴に駆け寄るが、下を覗いても深い穴が何階にも連なっているだけで、ゾレアの姿はない。
梓が、無線で指示を出しながら、フラフラとピスケの元に歩み寄ってきた。
「対象は中央の大穴を通り、最上階から順次下の階に下っているものと考えられます。第1隊から第2隊は、30階から36階に散開し、対象を発見次第すぐさま集合をかけてください。下の階を優先する可能性もありますので、第3隊は1階から5階を引き続き警戒」
指示を出し終わると、梓はピスケの片手の銃に目を向ける。
「銃刀法違反ですよ。都の公安委員会に許可を申請してください」
「言ってる場合か!」
「職業柄指摘せずにはいられないんです。まずは早く追いかけないといけませんね」
ピスケは梓に拳銃を返却すると、大穴を覗き込む。
「わかってる。待ってろ」
ピスケはドワーフを召喚する。そして、穴の近くの床を叩く。床は溶解して変形し、下の階に降りる梯子へと変化する。
「今度は器物破損ですね」
「いちいちうるさいな! 行くぞ!」
そのとき、梓の元に無線が入った。
「はい、こちら黒崎」
「第1隊、34階にて交戦中! 凄まじい暴風で、とても立っていられません!」
「了解。突出を控え対象の注意を惹きつけながら、増援を待ってください」
梓が無線を切る。
「急ぎましょう」
2人は梯子に手をかけると、その大穴に吸い込まれていった。
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