登る

 ステバでちょうどフラペカーノを飲み終えた未唯とカリラのスマホに、同時に緊急メッセージが着信した。読んだ未唯は目を白黒させる。


「昨日の今日だよ……? もう、来たの……?」

「チッ!」


 カリラは、正面玄関に向かって走り始めた。未唯が引き止めようとする。


「ちょっと、エレベーターホールは反対側だよ!」

「あんな遅いの使ってられるか! パスの場所、調べたら送って!」


 カリラは外に出ると、高層ビルを見上げる。最上階の周りをバッサバッサと旋回する巨大な怪鳥が見える。


「あれか……!」


 カリラはカマイタチを長い棒の形状にして出現させる。その先端は、桐のように尖っている。


「らぁ!」


 カリラは真上に飛び上がると、カマイタチの先端をビルの壁に真横に突き刺す。そして体操選手の大車輪のように、くるくると棒の周りを回転する。


「そい!」


 カリラが回転の勢いで真上にジャンプすると同時に、カマイタチが消失する。カリラは手元でカマイタチを再度顕現し、ジャンプの頂点で壁に水平に突き刺す。この繰り返しで、どんどんと屋上に向かって上昇していった。


「こんなアホみたいに高く建てることある!? 高いところ好きなやつはバカってこっちの世界のお決まりなんじゃないの!?」






 一方コンビニスイーツを食い散らかしていたフィーコの元にも、緊急のメッセージが届く。


「この建物に既に……?」


 フィーコは、急いで廊下に出る。ヘルメットを被った機動部隊の隊員の1人が、避難を呼びかけていた。ここを寮がわりにしているであろう職員たちが、普段着のまま非常口を目指している。

 フィーコは、隊員の1人に近づく。


「状況はどうなっていますか?」

「我々も詳しくは……。とにかく、どうか一刻も早くお逃げください」


 フィーコは一礼して自室に戻ると、スマホでピスケへと電話をかけた。






 机に隠れてゾレアの様子を伺っているピスケのスマホに、突然着信が入った。「フィーコ」の文字を見たピスケは、急いで出る。


「ピスケ、そちらは大丈夫ですか!?」

「おい、今かけてくるな。早くこのビルから逃げてくれ。切るぞ」


 ピスケは小声で通話を打ち切ろうとするが、フィーコは引き下がらない。


「最上階ですよね? わたしも一緒に戦います!」

「何言ってるんだ!? 奴の狙いはお前だ、絶対に逃げろ! いいな!」


 ピスケは強引に通話を切った。その瞬間、ピスケの握るスマホに、黒い影がさす。

 見上げると、ゾレアが傾いた机の上に片足を載せてピスケを覗き込んでいた。


「やはりこの建物のどこかにいるのね」


 ゾレアの透き通るような目からは、一切の感情が読み取れない。


「何階にいるか教えてもらえる?」

「あいにく私はさっきから質問攻めで疲れてるんだ。人探しなら警察にでも行ってくれ」

「そう」


 ゾレアは指をパチンと鳴らす。


「……」


 しばらくすると、凄まじい轟音とともに、ガルーダが屋上から天井をぶち破って突入して来た。ガルーダの勢いは止まらず、そのまま床をぶち破り、その下の階、その下の階もどんどん大穴をあけていく。


「隠密捜査は得意じゃないの。少し手荒にやらせてもらうわ」






 ピスケに通話を切られたフィーコは、スマホを手にしたまま立ち尽くしていた。


「ピスケの言うとおりかもしれません……でも全て私のせいなのに、1人だけ逃げるなんて……」


 その時、廊下の奥からゴウンと不気味な音がした。フィーコが急いで駆け寄ると、天井と床に人間よりも大きな穴が空いている。そしてその傍には、先ほど話しかけた隊員が気絶していた。


「大丈夫ですか!?」


 フィーコは隊員の身を揺すった。呼吸はしており外傷もなさそうで、単に気絶しているだけのようだ。


「打ちどころが悪くなければ良いのですが……」


 ふと、隊員の傍に転がっている武器ーーテーザー銃ーーに目が向く。

 フィーコは、恐る恐る辺りを見渡した。誰もいない。

 フィーコは、隊員を自室まで引きずっていった。






 最上階では、ゾレアがガルーダが開けた大穴にカツカツと歩み寄っていた。


「おい待て!」


 ピスケはそこら辺に転がっていた椅子を、ドワーフのハンマーで思い切り叩く。椅子は瞬時に球状に変形し、ハンマーの勢いでゾレアの背中に向かって射出される。

 ゾレアは振り返りすらせず、右手の平を後方に構える。手から突風が発生し、ボールの軌道が変わる。ボールはコロコロと全く異なる方向へと転がっていく。

 その転がった先には、膝をついたまま銃を構える梓がいた。


「……!!」


 射線に気づいたゾレアは、素早く床を蹴ってサイドに回避する。銃弾はゾレアの残像を通過する。ゾレアは、すぐさま右手を梓に向けると、空気弾を放つ。


「ッッ!」


 梓は本能的に側方に転がって回避するが、空気弾を足に受けてしまった。バランスを崩して転倒した拍子に、頭を椅子に打ち付ける。

 拳銃がカラカラと床に転がって、ピスケの足元に来る。


「直前まで気配を感じさせなかったわ。私の隊で鍛えればもっと強くなれるのに」

「くそ!」


 ピスケは拳銃を拾い上げると、見様見真似でゾレアに向かって構える。だがゾレアはスッと右手をピスケの方に向けると、再度空気弾を打ち出す。


「ぐぅ!」


 ピスケの吹っ飛ばされた方向は、先ほどガルーダが粉々に破壊した壁だった。

 ピスケの華奢な体は、その勢いのままにビルから上空へと放り出される。


「え……」


 ピスケは急に変化した視界に頭が追いつかない。

 ゾレアは再度大穴に向かおうとしたが、ピタッと体を止める。改めてピスケの方を見ると、そこにはピスケを空中でキャッチしているカリラの姿があった。


「オッラァ!」


 カリラは長く伸ばしたカマイタチを最上階の床に向かって斜めに突き刺すと、そのままカマイタチの上にトンと着地する。そしてピスケを抱いたまま、カマイタチの上を歩いて入室してきた。

 カリラはピスケを床に下ろすと、ゾレアを睨みつける。


「目ぇ回った……胃袋も……。吐いたら全部アイツに掃除させてやる」

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