ステバの新作

 会議室では、梓とピスケの問答は続いていた。


「次の質問です。ワレーシャさんが、大規模な軍勢を差し向けて来ることは考えられますか?」

「おそらく可能性はかなり低い。大々的な動員には大義名分が要る。宮廷でも評判が良かったフィーコを悪者に仕立て上げて軍を差し向けると言うのは、難易度が高い。ワレーシャを疑う奴も出るだろう。フィーコと陛下は実験の事故で死亡した、または行方不明になったということにしておいて、信頼できる部下だけに秘密裏に追って来させると言うのが妥当な線じゃないか」

「なるほど。では次です。この世界に紛れ込んだ幻獣使いを見分ける方法はありますか。幻獣を召喚してくれれば分かりますが、それでは遅すぎますから」

「いや、それすらも怪しいぞ。召喚には大きく分けて顕現型と憑依型の2種類がある。私のドワーフやカリラのカマイタチは顕現型で、これはわかりやすい。だが陛下のフィトン、ワレーシャのジャックフロストは憑依型だ。もっとも、厳密な区別があるわけじゃなく、どちらかに傾向が寄りやすいと言うだけだ。数は少ないがハイブリッドもいる。フィーコのハクタクはどちらかというと憑依型だが、顕現させることもできる。……まあ、ここまで全部フィーコの受け売りだがな」


 ピスケが粛々と答えるのを聞きながら、奈津は窓から街中を見下ろす。


「髪色が独特で右手に指輪をしてる人を監視するくらいかしらね……。既に幻獣使いがそこら辺を歩いてるかもと思うと、ゾッとするわ」


 平日の昼間の溜池山王周辺は、オフィス街と官庁街の端境というだけあり、多くの人の往来がある。奈津は、その全員がしがない会社員や公務員であることを、願うほかなかった。






「桜抹茶フラペカーノ2つ!」


 ビルの1階のステバで、カリラが勢いよく注文する。店員はカリラをチラチラと見ながらも、何事もないかのように注文を受け付ける。SNSで写真も出回っているし、この建物を対策本部が接収していることも周知の事実なので、この緑髪の少女が何者かは察しがつくだろう。


「変に拡散しないでね」


 未唯は会計を済ませた後店員に一言注意すると、カリラとともにフラペカーノを受け取って席に向かった。

 未唯達が去ると、大柄な女性客がレジに立った。薄手のコートにキャスケット帽を身につけているが、帽子の端から鮮やかな銀髪が見えている。


「いらっしゃいませ。店内ですか? お持ち帰りですか?」

「さっきの2人と同じで」

「店内ですね。メニューをお選びください」

「さっきの2人と同じで」

「……桜抹茶フラペカーノですね。お支払いはどうされますか?」

「さっきの2人と同じで」

「は、はい……ではこちらにバーコードを提示ください」


 店員がバーコードスキャナを手で指し示すが、女性客は何もしない。


「……どうかされましたか?」


 女性客は、コートのポケットから小銭をジャラジャラと取り出すと、カウンターにぶちまける。その右手の薬指には指輪をはめている。


「必要なだけ取っていって。計算は得意じゃないの」






 席についたカリラと未唯は、フラペカーノを堪能していた。


「おいっしー! あ、最初に写真撮んなきゃいけないんだっけ」


 カリラはスマホで写真を撮り始める。


「すっかり馴染んでるね……カリラならヤンスタとかでもやれそうう」

「さっきアカウント作ったよ」

「早! 日常風景上げるだけにしておいてね!?」

「それよりさ」


 カリラはスマホを置くと、改めてフラペカーノを飲み始める。


「アンタらさ、変な機械でパス閉じてたじゃん。あれって逆に開けれたりすんの?」

「あー、良い質問だね」


 未唯もフラペカーノを置くと、指でバッテンを作る。


「正解は今のところノー。アインシュタインは、閉じる方法だけを残して、開ける方法は敢えて伝えなかったんだ。誰もパスを開けないようにね」

「ドアだったら閉じれたら開けれんじゃん。なんとかならないの?」

「もちろん原理をもっと解明すればできないことはないと思うけど……それよりなんでパスを開けたいのか、理由聞いていい?」

「ワレーシャをぶっ飛ばしたいだけ。あいつを倒せば全部解決するもん」

「首謀者に先制攻撃っていうのは、多分根本解決としては間違ってはいないんだろうけどね……」


 未唯は頬杖をついて考え込む。カリラは畳み掛ける。


「で、パス開く機械作れそう?」

「すぐには無理だし許可も必要だけど……それを待たなくていい方法が一つあるよ。お友達がもし刺客を送ってくるなら……」

「友達じゃない!」


 カリラの怒声が店中に響く。客も店員も、ギョッとしてこちらを見る。


「ごめんごめん、怒んないで。とにかく、刺客が来る際はどこかにパスを開くはず。その場所を突き止めれば、逆にこっちから侵入できると思うよ」

「ふーん……あいつらの出方待ちってのが気に入らないけど、それしかないか。で、そいつらいつ来んの?」

「いやー、それはキミらの方が勘所あるんじゃないの?」


 銀髪の女性客は、カリラ達と2つほど離れたテーブルに座っていた。女性客はカリラ達の様子をじっと伺っていたが、フラペカーノに口をつけると、驚いて咄嗟に口を離す。


「甘っ……! 毒……?」






 フィーコは、昨日未唯が教えてくれた最寄りのコンビニのレジにいた。買い物かごには、大量のコンビニスイーツが入っている。


「袋はおつけしますか?」

「は、はい」

「この量ですと、2つ必要だと思いますが……」

「では、2つお願いします」

「かしこまりました。お支払い方法はどうされますか?」

「何でしたっけ……ベ、ベイベイで!」






 両手にビニール袋を下げて居室に戻ったフィーコは、片っ端からスイーツを貪り始めた。

 生チーズケーキ、モンブラン、エクレア、チョコケーキ、バナナクレープ、わらび餅……。


「美味しい……美味しい……どれも美味しい……」


 フィーコはうわごとのように呟きながら、スイーツというスイーツを腹に詰め込み続ける。


『あなた、早死にしますわよ……』


 唐突にワレーシャの言葉がフラッシュバックする。フィーコはフルーツタルトを喉に詰まらせて咽せる。


「ゲホッ! ゲホッ! 水を……」


 フィーコはペットボトルのミルクティーを一気に喉に流し込む。


「ふぅ、ふぅ……。ああ、こんなことではいけないのに……。お父様だったら、こういう時にどうするのでしょうか……」

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