第1章: 桜舞う春の始まり

1. 春風の誓い


桜吹雪が舞う4月の朝、千紗は自宅の玄関を出た。春の柔らかな日差しが頬を優しく撫でる。新しい制服のスカートが風になびき、胸の高鳴りを感じる。


「ちー!おはよう!」


聞き慣れた声に振り返ると、幼なじみの浩介が笑顔で手を振っていた。


「こーちゃん、おはよう!」


千紗は小走りで浩介に近づいた。二人は肩を並べて歩き始める。


「今日からいよいよ高校生だね」浩介が少し緊張した様子で言った。


「うん。なんだか夢みたい」千紗も期待と不安が入り混じった声で返す。


通学路は満開の桜並木。風に乗って舞う花びらが、二人の周りをくるくると舞っていた。


「ねえ、こーちゃん」千紗が空を見上げながら言う。「私たち、これからどんな高校生活が待ってるんだろう」


浩介は少し考え込むような表情をした後、にっこりと笑った。


「さあ、わからないけど」彼は千紗の目をまっすぐ見つめて続けた。「でも、きっと素敵な思い出がいっぱいできると思う。ちーと一緒なら、何でも乗り越えられる気がするよ」


その言葉に、千紗の頬が少し赤くなる。


「そうだね。私も、こーちゃんと一緒なら何でも大丈夫な気がする」


二人は桜の木の下で立ち止まった。舞い落ちる花びらの中、千紗と浩介は見つめ合う。


「ねえ、約束しよう」千紗が小さな声で言った。「私たち、これからもずっと一緒だよ」


浩介は頷き、優しく微笑んだ。「ああ、約束する。ずっと一緒だ」


その瞬間、強い風が吹き、桜の花びらが二人を包み込んだ。まるで、この約束を祝福するかのように。



2. 再会の喜び


桜が舞う中、桜ヶ丘高校の講堂に新入生たちが集まっていた。千紗と浩介は、式が始まるのを待ちながら、周りを見渡していた。


「あっ、千紗ちゃん!浩介くん!」


明るい声が二人の耳に飛び込んできた。振り返ると、笑顔いっぱいの佳奈が手を振っていた。


「佳奈ちゃん!」千紗は嬉しそうに佳奈に駆け寄り、抱きしめた。「一緒の高校になれて良かった!」


「本当だね!」佳奈も同じように喜んでいる。「この制服、私たちに似合ってるでしょ?」


浩介も笑顔で近づいてきた。「佳奈、久しぶり。元気そうだな」


「浩介くんも変わらないね」佳奈はにこやかに答えた。


その時、静かな声が彼らの会話に割り込んできた。


「やあ、みんな。久しぶり」


振り返ると、そこには将人が立っていた。中学時代から変わらない、少し控えめな笑顔を浮かべている。


「将人!」三人は同時に声を上げた。


「君も桜ヶ丘に来たんだ」浩介が驚いた様子で言う。


将人は少し照れくさそうに頷いた。「ああ、最後の最後で決めたんだ。みんなと一緒の高校生活を送りたいと思ってね」


千紗は嬉しそうに微笑んだ。「良かった!これで私たち四人、また一緒だね」


「そうだな」浩介も嬉しそうだ。「高校生活、楽しくなりそうだ」


佳奈は両手を広げ、みんなを抱き寄せるようにして言った。「私たち、最高の思い出作ろうね!」


その瞬間、校長先生の声が響き、入学式の開始が告げられた。


四人は互いに視線を交わし、小さくうなずき合う。これから始まる新しい生活への期待と、互いへの信頼が、その目に輝いていた。


千紗は静かに深呼吸をした。桜の香りが漂う講堂で、彼女の高校生活が今、始まろうとしていた。


人生の新しいページを開く瞬間、千紗の心には不思議な予感が芽生えていた。この仲間たちと過ごす日々が、きっと特別なものになるという予感を。


3. 運命の組み合わせ


入学式が終わり、新入生たちは自分のクラスを確認するために、校舎の掲示板に群がっていた。千紗、浩介、佳奈、将人の4人も、期待と不安が入り混じった表情で掲示板に近づいていく。


「ねえねえ、みんな何組かな?」佳奈が少し興奮した様子で言った。


「まあ、すぐにわかるさ」浩介は冷静を装いながらも、少し緊張した様子だ。


千紗は黙って掲示板を見つめていた。その瞳に、期待の光が宿っている。


将人が最初に自分の名前を見つけた。「僕は…2組だ」


「私は3組!」佳奈が声を上げた。


千紗と浩介はまだ自分の名前を探している。突然、千紗が小さく息を呑んだ。


「こーちゃん…」千紗がゆっくりと浩介の方を向いた。「私たち、同じ1組だよ」


浩介の目が大きく見開かれた。「本当か?」


二人の目が合い、そこに喜びの色が浮かぶ。


「やった!」浩介が思わず声を上げた。「ちーと同じクラスだ」


千紗も嬉しそうに頷いた。「うん、良かった…」


佳奈は少し寂しそうな表情を浮かべたが、すぐに明るい笑顔に戻った。「いいなあ、二人とも。でも、休み時間は遊びに行くからね!」


将人はいつもの静かな口調で言った。「僕も時々顔を出すよ。みんなで一緒に過ごす時間も大切にしよう」


4人は再び視線を交わし、小さくうなずき合った。たとえクラスは離れていても、彼らの絆は変わらないという無言の約束がそこにあった。


「じゃあ、教室に行こうか」浩介が千紗に声をかけた。


「うん」千紗は微笑んで答えた。


佳奈と将人に手を振りながら、千紗と浩介は1組の教室へと向かっていった。教室に向かう廊下の窓からは、まだ桜が舞っているのが見えた。


千紗は心の中でつぶやいた。「これから始まる高校生活…きっと素敵な思い出がいっぱいできるんだろうな」


そして彼女は、隣を歩く浩介の横顔をちらりと見た。何か特別な感情が胸の奥で静かに芽生え始めているのを、千紗はまだ気づいていなかった。



4. 青春の道


入学式の日が終わり、春の柔らかな陽光が校舎を包み込む午後。千紗、浩介、佳奈、将人の4人は、校門を出て帰路につこうとしていた。


「ねえみんな、せっかくだから一緒に帰らない?」佳奈が明るい声で提案した。


「いいね」千紗が笑顔で答える。「久しぶりに4人で歩くの、楽しみ」


浩介と将人も同意し、4人は並んで歩き始めた。桜並木の通学路は、まるで彼らを歓迎するかのように花びらが舞っている。


「なんだか懐かしいね」浩介が空を見上げながら言った。「中学の時もこうやってみんなで帰ったよな」


「そうだね」将人が静かに答える。「特に3年生の時は、毎日のように一緒に帰ったっけ」


「あ!覚えてる?」佳奈が急に声を上げた。「3年の時の文化祭で、私たちのクラスが喫茶店をやったこと!」


「ああ!」千紗も懐かしそうに笑う。「佳奈ちゃんのメイド姿、すっごく可愛かったよね」


佳奈は少し照れながら「もう、千紗ちゃんだって可愛かったじゃない」と返した。


「俺は厨房担当で、コーヒーを何杯も焦がしたなぁ」浩介が苦笑いしながら思い出を語る。


将人が静かに付け加えた。「僕は会計だったけど、みんなの活気に圧倒されてたよ」


4人は笑いながら、次々と中学時代の思い出を語り合う。体育祭でのリレー、林間学校での肝試し、卒業式の感動…一つ一つの思い出が、懐かしさと共に蘇ってくる。


「でも」千紗がふと真剣な表情になって言った。「これからの高校生活は、きっともっと素敵な思い出でいっぱいになるよね」


「そうだな」浩介が頷く。「もう子供じゃないんだ。新しいことにもたくさん挑戦できそうだ」


「私は恋がしたいな~」佳奈が冗談めかして言うと、全員が笑った。


将人は静かに、でも力強く言った。「僕は、みんなと一緒に成長していきたいな」


4人は互いを見つめ、静かにうなずき合う。


夕暮れ時の桜並木を歩きながら、彼らの心には期待と希望が満ちていた。新しい学校、新しい出会い、そして深まっていく絆。高校生活の幕開けは、こうして静かに、しかし確かに始まったのだった。


5. 芽生える想い


千紗は「ただいま」と声をかけながら家の玄関を開けた。桜の香りがまだ制服に染みついている。


「おかえりなさい、千紗」美佐江の温かい声が迎えてくれた。「入学式はどうだった?」


「うん、とても良かったよ」千紗は笑顔で答えた。


自室に向かう千紗の頭の中には、今日一日の出来事が駆け巡っていた。特に、浩介との会話が何度も蘇る。


部屋に入り、ベッドに座った千紗は深く息をついた。窓の外では、夕暮れ時の空が淡い桃色に染まっていた。


「こーちゃん…」


千紗は小さく浩介の名前を呟いた。幼い頃からずっと一緒だった幼なじみ。でも今日、何か違う感覚を覚えた。


朝、桜の下で交わした「ずっと一緒」という約束。その時の浩介の真剣な眼差しを思い出すと、胸がドキリとする。


「どうして…こんな気持ちになるんだろう」


千紗は自分の胸に手を当てた。確かに、いつもより早く鼓動している。


浩介の笑顔、声、仕草…全てが鮮明に蘇ってくる。中学時代まではただの幼なじみだと思っていたのに、今日から何かが変わった気がする。


「もしかして…これって…」


千紗は自分の気持ちに気づき始めていた。単なる友情ではない、特別な感情。それは、恋の始まりだったのかもしれない。


しかし同時に、戸惑いも感じていた。佳奈のことを思い出したからだ。


「佳奈ちゃん、こーちゃんのことが好きなんじゃ…」


親友の気持ちを考えると、複雑な思いが湧き上がる。自分の気持ちと佳奈の気持ち、そして浩介との友情。全てが交錯して、千紗の心は揺れていた。


「どうしよう…」


千紗はベッドに横たわり、天井を見つめた。



6. 家に帰って


夜も更けた頃、千紗はベッドに横たわりながらも、なかなか眠れずにいた。昼間の出来事や、自分の中で渦巻く複雑な思いが次々と頭に浮かんでくる。時計を見ると、もう深夜0時を過ぎていた。


「お水でも飲もうかな…」


千紗はそっとベッドを抜け出し、静かに階下へ向かった。暗い家の中を進んでいくと、台所からわずかな明かりが漏れているのに気づいた。


「お母さん、こんな遅くまで起きてたの?」千紗は驚いたように尋ねた。


美佐江は台所のカウンターでコーヒーを淹れているところだった。「あら、千紗。眠れなかったの?お父さんが遅くなるって言うから、ちょっと待ってたのよ」


「そうなんだ…。こんな遅くまで、大変だね」と千紗は少し心配そうに言った。


その時、玄関のドアが開く音が聞こえた。「ただいま」健太郎の声が響き、家に静かな安心感が広がった。


「お帰りなさい、お父さん。こんな時間まで仕事してたの?」千紗は健太郎の顔を見て、少しほっとした。


健太郎は軽く肩をすくめて笑った。「ちょっと残業だったんだ。さすがに疲れたよ。でも、千紗の顔を見たら元気が出たな」


美佐江がカップを差し出しながら、「お疲れさま。コーヒーでいい?」と声をかけた。


健太郎は受け取りながら頷いた。「ありがとう。ちょうど飲みたかったんだ」


千紗はそんな二人の何気ないやりとりを見つめていた。いつもと変わらない優しい雰囲気に安心しつつも、深夜に疲れも見せずに元気な両親の様子がどこか不思議にも思えた。


「千紗、こんな時間まで起きてたら明日起きられないわよ。さあ、もう寝なさい」と美佐江が微笑んだ。


「うん…おやすみなさい」と千紗は階段を上りながら、まだ頭の中に残るわずかな違和感を振り払うようにした。両親はいつも優しくて頼もしい存在だけど、今日は何かが少し違うような気がしてならなかった。


部屋に戻り、ベッドに横たわった千紗は、今日一日の出来事を思い返していた。学校での新しい出会い、浩介との会話、そして何よりも両親との温かいやりとり。それでも、どこかで引っかかる不思議な感覚は、すぐには消えてくれなかった。


「なんだか、今日は特別な一日だったな…」


千紗はそう呟きながら目を閉じ、ゆっくりと眠りに落ちていった。月明かりが静かに差し込む窓の外では、夜風に揺られて桜の花びらが舞っていた。

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