妖術師の弟子
りゅう
第1話 始まりの噺
遡ること100年前…世界は大きな戦いの渦の中にあった。それぞれの国が己の国の利権を求め対立し軍人、民間人の境界線など存在しない泥沼の戦いが世界中で起こった。終戦後、妖魔大戦と呼ばれることになったこの戦争が世界に残した爪痕はあまりにも大きく今なおこの世界に残り続けている。
ワノクニも大戦に巻き込まれ…敗戦した。ワノクニと対立していたエルキアは終戦間近にワノクニを壊滅させるべく進軍を開始、軍人、民間人関係なく無差別殲滅作戦がエルキア軍魔法部隊に言い渡された。
島国であるワノクニに上陸すべく押し寄せてきたエルキア軍の大船団を前にワノクニ上層部は降伏を決意したが、ワノクニに眠る資源にしか興味がなかったエルキア側はこれを受け入れず無差別攻撃が始まろうとした直前、突然の神風によりエルキア軍の船団は壊滅した。
エルキア軍の船団壊滅を受け、殲滅作戦を続けることで更なる兵力消耗を危惧したエルキア側はワノクニの降伏を受け入れた。ワノクニは独立国家の立場を残したままエルキアとの戦争は終わった。
だが、独立国家としての体裁を得ていたとはいえ実際はエルキアの傀儡政権と成り下がっており実際には植民地状態となった。
これが100年ほど前の物語…現代へと続く始まりの物語である。
現代、ワノクニ
「ご主人様、起きてください。もうすぐお昼ですよ…寝すぎです…」
朝食の用意はかなり前に終わっていて、屋敷の掃除に洗濯を終えた私はもうすぐお昼という時間まで自室のベッドで寝ているご主人様を起こす為に私はご主人様の部屋のドアを開けてご主人様に声をかける。
私に声をかけられてようやく眠そうにあくびをしながらベッドから起き上がる。ちょっと寝癖がついていて頼りない感じがするが、私の命を救ってくれた大恩人である。ちなみに年齢は不明…私と初めて出会った10年前からずっと変わらない風貌である。一見どこにでもいそうな普通の青年だが、とても謎が多い。
「おはよう御座います。ご主人様、朝食の用意ができてますので温めてきますね」
「あー。おはよう。あと、いっつも言ってるけどご主人様はやめて」
「失礼いたしました。りゅう様、でも、朝ちゃんと起きてくれないりゅう様が悪いんですよ」
私の主人であるりゅう様はご主人様と呼ばれるのを嫌う。だから、りゅう様に不満を伝えたいときはいっつもご主人様と呼ぶようにしている。
「あー。はいはい。悪かったよ」
眠そうに髪をかきながらりゅう様はベッドから起き上がり朝食が用意してある広間へと向かう。
「ちっ。あいつら…何してんだよ……」
朝食を食べながら新聞を読んでいたりゅう様はいつもは絶対に出さないような苛立ちの感情を隠すことができていなかった。りゅう様と出会って10年、私が失敗することがあっても苛つく様子を見せることがなく優しく接してくれていたりゅう様がこんなに苛ついているのは初めてだったので私は少し怯えてしまった。
とはいえ、りゅう様が苛ついている理由はわかる。今日の新聞の一面の記事だろう。この国、ワノクニの政権がエルキアの傀儡政権であることは国民も周知の事実だ。公言はされていないが、政策や外交、軍部や妖術師組合の動きを見ていれば一目瞭然、ワノクニはエルキアの植民地状態であることは…今の状況下でエルキアがその気になればワノクニは即座に壊滅させられるだろう……軍部や妖術師組合も手中に収められており抵抗できる手段がほとんどないのだから……
そんな状況なのに傀儡政権の上役がエルキアに納めるはずの資源を他国へ横流しして私腹を肥やしていたことが発覚した。今はまだ何も起こっていないが…エルキアが動いてもおかしくはない。民よりも自分を優先した現在の政権に対してかつて、国の中枢にいたというりゅう様が苛立ちを隠せないのも頷ける。
「これから…どうなるのでしょうか……」
「わからない。エルキアがどう動いてもおかしくはないけど…」
「また、りゅう様の妖術でなんとかできないのですか?」
かつての大戦で神風を引き起こした張本人に私は問う。
「無理、もう二度とあんなでっかい妖術は使えん。あんなのを連発できたらエルキアに降伏なんかしなかったさ…一度きりの力だったんだよ…次エルキアが動いたら止める術はないね…」
お手上げというジェスチャーをしながらりゅう様は朝食を食べ終えた。
「ごちそうさま。今日もおいしかったよ。ゆめみ」
「ありがとうございます」
この話は終わり。というようにりゅう様は笑顔で朝食の終わりを告げ食器を運んでくれた。机に置いておけば私が片付けると何度も言っているが、りゅう様はわざわざキッチンにいる私の元まで食器を運んでくれる。
「今日はどうする?何か予定ある?」
「あ、えっと…今日は買い出しに行かないといけないのと……あと、またお稽古をお願いします」
「ん。わかった。買い出しは午後でいいかな。大変だろうし手伝うよ。うーん。朝ごはん今食べたばっかりだしお腹空かす為に動きたいから妖術の訓練からやろうか」
「はい。よろしくお願いします」
りゅう様はいつも私のお手伝いをしてくれ、妖術の稽古をしてくれる。ご主人様はかつて稼いだ莫大な財産で現在も暮らしている。特にやることもないからと私の側にいてくれる。私にとってりゅう様の側にいられることは本当に幸せなことだった。
訓練室に向かうりゅう様に続いて私も訓練室へと向かう。
「さて、じゃあ、いつも通りやりますか」
訓練室に移動してゆめみに声をかける。妖術の稽古をすると言ってもゆめみに教えることはない。妖術の基礎は全て教えた。
妖術(他国では魔術、魔法、マジックなどと呼ばれることもある)の基礎は大きくわけて5つ、強化、自然、防御・結界、回復、生活があり5つの基礎を身につけてその後は自分にあった妖術を開発したり伝授してもらう。ゆめみは基礎は完璧だが、自分の妖術を持っていない。俺の妖術を教えてほしいと言われたが俺の妖術は特別性なので教えることができなかった。
なので最近の稽古は基礎妖術を使った戦闘訓練ばかりだ。この荒れた時代、ゆめみに自衛の術を持っていて欲しいという思いとゆめみの俺を守りたいという思いが一致して始まった妖術の稽古だが、ここ数年悩みがある。
ゆめみが普段着ているメイド服のまま稽古に来るのだ。ゆめみ曰く俺を守るための稽古なので俺の側にいる時の服装のまま稽古しないと意味がないと言うのだ。
そもそも俺はメイド服を着ろなんて言ってないし俺の身の回りの世話をしろと言った覚えもない。10年前に捨てられていたゆめみを助けたのはただの気まぐれだしそんなことしなくていいと言ったこともあるが涙目で私は邪魔ですかと言われて今の状態に落ち着いてはいるが……ゆめみと出会ってから10年、あの時は小さかったゆめみも今は18歳…その…いろいろと大人びてきて目のやり場に困る。スラっとした身体に絶対領域のニーソにそこまで大きくないけどちょっと開いた胸元に出会った時はボサボサで伸び切っていた髪も今は肩くらいの長さで綺麗に整っていて正直めちゃくちゃかわいい。でもだよ…子どもの頃から見てきたゆめみにそういう感情抱いたら気持ち悪いじゃん…俺、何歳だと思ってるの?見た目20歳で止まってるけど俺かなりのおじさんだよ。おじさんが18歳の子にそういう感情抱いたら気持ち悪いでしょ……などと自分の感情を抑え込みながら目のやり場に気をつけて稽古を行う。最近の稽古はやりづらくて仕方ない……
稽古が終わり昼食を食べて街へ買い出しに向かう。屋敷から少し歩いた場所にはそこそこの街があり生活に必要なものはある程度揃えられ貧困層の人もあまりいない街だ。
少し離れた場所にあるスラム街は無法地帯となっているらしいが行ったことはない。大戦以降、ワノクニでは裕福な層はかなり減り貧困層が増えた。その結果荒れた場所が増えている現状があり、このように平和な街は数少ない。屋敷も何度か賊に狙われたがゆめみが返り討ちにしたこともある。
街で必要な物を買い帰路へ着く。
「あの…荷物…」
「気にしなくていいよ。重くないし」
俺が荷物を持つとゆめみは申し訳なさそうにしていた。
「あ、あの…ちょっとお手洗いに行ってきていいですか?」
「うん。いいよ。あそこのベンチで待ってるから」
「はい。ありがとうございます」
ゆめみに背を向けて少し離れた場所にあるベンチに腰をかけてゆめみを待つ。
…………遅い。そう思ったのはゆめみと別れて15分ほど経過した後だった。お手洗いが混んでいる様子はなくゆめみの名前を呼ぶが反応がない。通りかかった女性に事情を話して中を見てきてもらったが誰もいなかったそうだ。
「最近…人攫いが多いみたいだけど……」
言いづらそうに女性が教えてくれる。
「妖術師組合に相談してみた方がいいかも…ごめんね。急いでるから行くわね」
申し訳なさそうに、逃げるように女性は言い残して去っていった。ありがとうございます。と返事をして女性を見送る。
「おかしい…」
ゆめみには妖術の基礎を教えてあるし数年前の時点で賊を1人で返り討ちにするくらいの力はある。そこら辺の人攫いに攫われるわけがない。
「妖術師か……」
ゆめみを攫ったのは妖術師以外考えられない。先程の女性は妖術師組合を頼るように言ったがそれはできない。
俺とゆめみは非合法の妖術師だから……
妖術師というのは国にとって最も重要な武力である。エルキアに実質支配されてる妖術師組合はかなり悲惨な状況だ。妖術師たちがクーデターを企てないように妖術師組合の会員の家族は人質としてエルキアにある慰労施設という名目の施設に軟禁されることになる。妖術を扱えるものは妖術師組合に登録することが法で定められていて破ったものは極刑だ。一部エルキアに多額の御布施をすることで非合法だが黙認されている裏組織があったりするがおそらく今回の件は裏組織が関わっている。
俺は妖術師組合に登録もしていないしエルキアに御布施も払っていない。俺やゆめみが妖術師であることが組合にバレたらとてもめんどくさい。
どうするかと考えながらゆめみを探す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます