第七話『黄色いカボチャと赤いドレス』

——バーでの一件の、数日後。



 いつもの朝のニュース番組の放送終了後、一人の男クソアナウンサーがスタジオ中を、駆け回っている。


「皆さん、聞いてくださいよ。僕、昨日親父に、白馬を買ってもらったんです。血統書付きですよ? たくましい肉体に、美しい毛並み。あ、競馬なら一番人気のポテンシャルも秘めているらしいのですが、怪我とかはさせたくないので、競走馬にはしません」


 まじかー。子煩悩な舞央爽馬まいおそうまは、息子舞央仁まいおじんに、本当に白い馬を買い与えたようだ。親馬鹿だなぁ。


 そこで、スタジオの出入り口のドアが、ドン、と、勢いよく開く。ディレクターだ。鬼の形相で、スタジオに駆け込でくる。


「おい舞央! 臨時ニュースが入った! 番組続行だ! 位置につけ! ほらほら、急げ、急げ!」

 と、ディレクターは、己の馬鹿を吹聴ふいちょうして回っていたクソアナウンサーを、やや強引に定位置につかせる。


「ちょちょちょちょっと、なんですかディレクター。臨時ニュースっていうのは?」

「俺の口からは、少々伝えにくい。まぁ、いいから読め。原稿はこれだ」


 舞央仁の顔が、曇るのがわかった。

 何かとんでもないことが、起こったようだ。

 わたしは、スタジオの脇から、見守る。


「じゃあいくぞ! カウントダウン。十、九、八、七、六、五、四……」

 ディレクターが無言で、さん、に、いちの合図を手で送る。


 舞央仁は冷や汗を垂らしながら、カメラに向かって原稿を読み始める。


「えぇ……臨時ニュースです。今日未明、ヨンマル連邦のステルス機と見られる航空機が、ヤワラカ国各地にのようなものを投下した模様。し、死傷者が出ているとの報告もあります。ばっ、爆弾投下の瞬間を捉えた映像が届いております、ご覧ください!!」


 爆弾。

 死者まで出ている。

 舞央仁が動揺するのも無理はないだろう。スタジオ内の全員が、放送内容確認用のテレビモニターに視線を移す。わたしも同じようにする。


 ブレの激しい画角。薄暗闇うすくらやみ。平たい三角形の機体。その下部から、赤と白の縞模様の落下傘。ぶら下がるのは、全体が山吹色やまぶきいろで塗装された、ずんぐりむっくりの塊。黄色い爆弾とはこのことだ。それを爆弾だと同定したらしい、動画の撮影者の叫び声。山吹色は、ずんずんと高度を下げ、遠くの建物群に吸い込まれていく。ドン、と爆発音。炎と煙が上がった。動画はそこで終わった。


 戦慄するスタジオ内。


 皆が、再び舞央仁に視線を戻す。


 何やら、新たに原稿が手渡された直後。


「追加情報が入りました。現在判明している被害状況は以下の通りです。爆弾は全部で五十発程度。被害範囲は、ショワッカ地方、ハナテン地方、サンゴロ地方、メジアン地方、タブ地方、クゥダ地方、イマヌエ地方、サイナン地方、ベイハイ地方の九地方。爆発により、少なくとも百以上の死傷者が出た模様。目下もっか、国防軍が救援に向かっているとのことです……」


 舞央仁が歯切れ悪く原稿を読み終えると、わたしの耳穴の、無線通信機が、ピィと鳴った。


東雲しののめ。この連絡の意味はわかるよな?」

「はい、大臣。爆弾の件ですね」

「うむ。今、国防省総出で調査を進めている。被害を受けたのは十八都府県三十都市。爆弾は計四十九発だ。死者推計四百名、怪我人も現段階で判明している分だけでも千三百名。宣戦布告無しの同時多発攻撃。派手にやられてしまった、国防大臣として不甲斐ないよ。それで、お察しの通り頼みだあるんだが……」

「何なりと」

「至急、イマヌエ区のイズミちょうの町役場まで来てくれ。くれぐれも、いつもの戦闘服シンデレラスタイルで来ないように」

「承知しました。すぐに向かいます」


 わたしは、スタジオのみんなにバレないよう、こっそりとその場を去った。




 ○◁●◀︎○◁●◀︎○◁●◀︎○◁●◀︎○◁●◀︎○◁●◀︎




 焦げ臭い。

 何が焦げた臭いなのかは、想像に難くない。国防軍の先行隊があちこちに見えるが。救出活動は、しばらく終りそうにない。人々が、次々とタンカーで運ばれていく。怪我人が多い。ここ周辺だけで、数十人が亡くなったそうだ。


 イズミちょうは、凄惨な被害に見舞われていた。


 四発の山吹色の爆弾パンプキン・ボムに襲われた町は、瓦礫がれきの山と化した。


 大人たちの悲痛の叫び。

 子供たちの泣き声。

 死者の沈黙。


 わたしは、死者の一体の目の前にしゃがみ込む。


 血。


 至るところに、血。


 潔白だったはずの身体なきがら


 その白い服と、白い肌と、白い心は、今や血の赤いドレスをまとった有機物に成り果てたのだ。


 目は大きく見開いている。


 丸い白目の中心に、まだ僅かに澄んだ黒目。


 それはまるで、何かを訴えているかのようだ。


 その視線の先には、侵入禁止を意味する黄と黒の帯トラテープ


 それがぐるりと張り巡らされた中心には、山吹カボチャ色の金属塊きんぞくかい


 カボチャには、傷一つない。


 不思議なことに、イズミ町に落ちた山吹色の爆弾パンプキン・ボムは、その半数の二発が、不発弾だったのだ。


 そしてわたしは、このカボチャの正体が何なのか、一目見てすぐにわかった。


 『原爆』だ。


 それは明らかに、新型の爆縮型ばくしゅくがたのプルトニウム原爆をしたものだった。


 国防省の極秘資料で、これと同じ見た目をした爆弾を見た。


 中身は核燃料ではなく通常火薬だが、それが極めて破壊的なものであるのには、変わりない。


 再び、亡骸なきがらに目を移す。


 もう、黒目が、曇りきっている。


 わたしはその上にそっと手をかざして、閉じてやった。


 そこで、隣に、わたしの知っている人影がやってくる。


「この一連の爆撃、ヨンマルのクソどもは何を企んでいると、お前は考える?」

 舞央大臣が、わたしにそう問いかける。


 わたしは勘づいていた。


 ヨンマル連邦が不発弾を二発も寄越よこしたのは、意図的。


 奴らはこの、やけに目立つ山吹色の爆弾パンプキン・ボムの造形を、我々ヤワラカ国の人間に、見せつけたい。


 なぜ、そんなことをするのか。


 これは、「次はホンモノを落とすぞ」という死のメッセージなのである。


「次は、核が飛んで来ます」


「ああ。我々は、早急に手を打たねばならない」


 そうだ。

 

 絶対に阻止しなければならない。


〈第八話『対峙』に続く〉

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