父親

「ふう、今日もやっと授業終わったぁ」


 放課後の教室、終礼のチャイムの音が鳴ると同時に、私はひとつため息をついた。これからの時間は文化祭の実行委員の仕事が残っている。


「あっ、詩乃ちゃん。放課後って予定空いてる?」


「う、ううん……用事あるから」


「そっかぁ残念。せっかくだから文化祭のお手伝いしてもらおうと思ったんだけどなぁ」


「…………」


 私が斜向かいの席に座る詩乃ちゃんを誘おうとすると、途端に彼女は微妙そうな顔をする。


 あれっ? もしかしてパシリだって思われた?


「ああ違うよ。文化祭の準備とか手伝ってもらったら、詩乃ちゃんも文化祭に興味持ってくれるんじゃないかなぁって。そしたら何か出し物を出すやる気も……」


「し、詩は見せられないって言ってるでしょ……」


「ええ~、絶対勿体ないってそれ~」


 いつもの押し問答を私と詩乃ちゃんは繰りかえす。詩乃ちゃんはむくれっ面をするが、私はけっこう楽しい気持ちになっていた。


「ところで用事って何? すぐ帰らなくちゃいけないこと?」


「い、いや、そこまで急いでるわけじゃないんだけど……」


「じゃあさ、ちょっとの間だけでも体育館見学しようよ。みんな文化祭の準備してるからさ」


「い、いやでも、約束……してるから」


 詩乃ちゃんが気まずそうに目を伏せる。何だか私を追い払おうとしてるようにも感じられた。

それが気になって私は詩乃ちゃんに追及しようとする。


 けれど口を開こうとした、その時だった。


「お~い、詩乃~!! 迎えに来たぞ~!!」


 突然教室の扉からしゃがれた声が響く。

振り返ると、そこには見慣れない40歳くらいのおじさんが立っていた。

教室に残っていたクラスメイトたちもじろじろとそのおじさんを見る。

おじさんはそんな視線を気にもせず、ズカズカと詩乃ちゃんの方へと歩み寄ってきた。


「詩乃~、学校終わったら校門前の駐車場に来いって言っただろ? お前遅いじゃねぇか」


「ご……ごめんなさい。その、友達と話してたから」


 そういって詩乃ちゃんは私のほうを困惑した顔でチラリと見る。

その視線に気づくと、おじさんはぐるりと首を回して私のほうを見た。


「おっ、可愛い子ちゃんだね。君って詩乃の友達?」


「は、はい……そうですけど」


 ズケズケと話しかけられて私は面喰らってしまう。

この人、もしかして詩乃ちゃんのお父さん?

なんか随分とイメージが違うなぁ。


(あっ……)


 私が半ば呆気に取られていると、詩乃ちゃんのお父さんらしき人はポケットから手を引き抜く。

『マイルドセブン』と印字された長方形のパッケージが取り出された。


 ジュッ


「ふぃ~、最近は煙草の値上がりもひでぇよなぁったく」


 おじさんが煙草に火をつけながぼやく。教室には朦々と白い煙が立ちのぼった。


(この人煙草吸うんだ……)


 私は眉を顰める。煙草は嫌いだった。


「お父さん……ここ禁煙……」


「あれっ、そうだっけ?」


 おじさん――やっぱり詩乃ちゃんのお父さんだった――は、ポケットに煙草の箱を入れ直す。けれど口に咥えている煙草自体は消さない。そんなおじさんを見る詩乃ちゃんの眼は、どこか鋭く睨むような感じだった。


「んじゃ、帰るぞ詩乃。俺いま腹減ってて死にそうなんだよ。早く帰って飯作ってくれよ」


 そういうとおじさんは強引に詩乃ちゃんの手を引っ張って教室を出ていく。

私は訳も分からず、ただ呆然とその後ろ姿を見送った。

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