転校生

「今日からこのクラスに転校生が入ることになった。じゃあまずは自己紹介してくれ」


「ゆ……由々井詩乃ゆゆいしのです……よ、よろしくお願いします……」


 10月10日の朝、日之影高校の1年3組に転校生がやってきた。長い黒髪で、少し垂れ目がちな女の子だ。二学期の途中で転校してくるなんて、何だか珍しいな。


「…………」


「……っておい、それだけか? 他に何か自分について話すことはないのか?」


「えっと……その……」


 木戸先生の問いかけに、転校生の女の子は困ったような表情で考え込む。そしてポツリポツリと口を開いた。


「わ……私は、人と関わるのが苦手です。だから……あまり喋りかけないでください……」


 瞬間、教室がどよめいた。

「何か変な奴が来たぞ」ってそういう空気になる。

どうやらコミュニケーションが苦手な子らしい。


「静かに! え~と由々井、自己紹介はそれだけでいいのか?」


「……は、はい……いいです」


 転校生の女の子は木戸先生を避けるようにして歩き出し、私のちょうど斜め左前の空席に着く。何というか、物寂しげで影のある背中だった。


 そして今朝のホームルームの間その子はずっと、誰とも目を合わせず机の上で俯いていた。



*****



「以上で今日の連絡事項は終わりだ。宿題を忘れるなよ~」


 放課後となり、クラスメイトたちが次々と帰り支度を始めていた。

始業時間から放課後の間、転校生の女の子は特に誰からも話しかけられなかった。

「喋りかけないでください」と今朝言ったことが、クラスのみんなを遠ざけているらしい。


(う~ん、やっぱり気になるなぁ)


 放課後クラスメイトたちが帰っていく中、私は自分の席から立ち上がる。

転校生の女の子のほうへ目を配ると、彼女は夢中になってノートにペンを走らせていた。

私はそっと彼女に近づき、ふと視線を落とす。するとそこに書いてあったものは――


「『産声を上げられなかった怪物』?」


「!!」


 私がノートの一番上の行を読み上げると、転校生の女の子はガタリと席を立った。

とっさにノートを隠すように胸に抱き、肩を強張らせる。


「ああごめん。何か一生懸命に書いてるなぁ~って思ったから、つい」


「…………」


 私が視線を合わせようとすると、転校生の女の子はすぐに目を逸らす。

唇を微かにパクパクとしており、どこか居心地悪そうな様子を見せていた。


「ねぇ、もしかしてさっきのって詩? 私、作文とか苦手だからそういうの書ける人って憧れちゃうなぁ」


「…………」


「あっごめんっ! 自己紹介がまだだったよね? 私は高見戸美麻里たかみどみまり。今は文化祭の実行委員やってるの。君は確か、由々井詩乃さんだったよね?」


「う、うん……そうだけど……」


 転校生の女の子は言葉少なであり、私がいきなり喋りかけたことに戸惑っている様子だった。まるで小動物のように警戒心を露わにしている。それでも私は好奇心のままにおしゃべりを続けた。


「じゃあ由々井さんでいい? 由々井さんは詩を書くのが好きなの?」


「えっと……うん……書いてると落ち着くから」


「そっかぁ! やっぱりそういうものなんだねぇ! どんな詩を書いてるか興味あるなぁ。そのノート見せてくれない?」


「そ、それはダメッ!!」


 転校生の女の子――由々井さんは目を吊り上げ、ぎゅっとノートを握りしめた。


「えっ、どうして?」


「……これは、人に見せられるものじゃないから」


「ええ~、別にいいじゃ~ん。由々井さんは恥ずかしがり屋だなぁ」


 私はちょっとおどけた口調でいう。由々井さんはなおも瞳に警戒の色を見せ、親鳥がひな鳥を守るようにノートを抱いていた。


 そんな頑なな態度の由々井さんを見て、私はアイデアを閃く。


「だったらさ、由々井さん。私たち、友達になってみない?」


「えっ?」


「だって友達になれば自分の詩を見せても恥ずかしくないでしょ? 私、由々井さんの詩が気になるの。由々井さんと友達になれたら、きっとお互いにもっと楽しくなると思うんだけどなぁ」


「…………」


 由々井さんは顔を赤らめて俯く。けれど私が期待の眼差しで見つめていると、しばらくして彼女は顔を上げた。ためらいがちな声が、小さな唇からポツリポツリと紡がれる。


「そ、そこまで言うんだったら、いいよ。友達になっても……。ノートは見せられないけど、えっと、その……よろしく、高見戸さん」


「うん! よろしく! これからは私、由々井さんのこと詩乃ちゃんって呼ぶね!」


 私はニカッとはにかみながら詩乃ちゃんに手を差し出す。詩乃ちゃんはおずおずと私の手を握った。

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