ハロー Wedding・グッバイMy condolences

ガラドンドン

ハロー Wedding・グッバイMy condolences

「○○さん、桜花おうかさん、ご両家のご親族の皆様、本日は誠におめでとうございます。

ただいま、ご紹介いただきました、新婦友人の新渡にいとと申します。よろしくお願いいたします。どうぞ、皆様ご着席ください」


私は今、結婚する親友の友人代表スピーチとしてここに立っている。

私の親友、桜花は、微笑んで。なんならもう、少し泣きそうな潤んだ目で私を見詰めている。


「新婦の桜花さんとは、小学校一年生からの同級生で。仲良くなった切っ掛けは、好きな少年漫画の話をした事からでした。

皆はメジャーな作品を言うけど、桜花さんは掲載順が後ろにある漫画の方ばかり好きって言うから気になって。最初の印象は、変わった子だな、でした。


でも実際話してみると、凄く芯のある子だって事が分かって。私はそれからずっと、自分がしっかりとしている桜花に憧れていました。

それに意外と、私と気が合ったから。気づけば、なんでも話をする仲になっていました」


私は桜花とのエピソードを話して行く。

今日の彼女は本当に幸せそうで。私の語る言葉にも、自然と熱が籠っていった。


「今日は入籍してから式を開いたんだよね。もう藤堂桜花って呼べなくなっちゃったね。けれど、新しい苗字もとっても素敵だよ。新しい名前と、新しい桜花の生活が始まる事が嬉しいです」


「今日流れてる曲、とっても素敵で。

桜花とも、沢山音楽の話をしたね。桜花は真剣に私の話を聞いて。口数は多くは無いけど、心が通じ合ってるって感じました」


「私の恋の相談にも沢山乗ってくれたりして。桜花は誰かと付き合ったりなんて話は、全然無かったんですけど、それなのに私にくれるアドバイスがたまに凄い適格なんです。考え方が理論的で。

本当にいつも、頼りにしてばっかりでした。

〇〇さんも、きっと桜花の事頼れる人だって思う筈です。沢山頼ってあげて下さい」


「二人が結婚するって聞いた時は、本当にびっくりしました!

お付き合いしてるなんて話、全然桜花から聞いた事も相談された事も無かったですから。お会いするのも今日が初めてで!素敵な方ですね!

桜花に文句を言ったら、照れ臭かったなんて言うんですよ?でも、友人代表スピーチは私が良いだなんてお願いして来て。

もう!文句を言う気なくなっちゃいましたよね。そんな所も可愛いんですから。

でもこれからはちょっとは、惚気話とか結婚生活の事とか、聞かせてね?」


「ずっとずっと大好きだよ、桜花。

どうか絶対、〇〇さんと幸せになってね。素敵な家庭を築いてください」


──


桜花の事が気になった理由。それは、漫画の感想が驚く位に理論的な事だった。

他の子はふんわりと、人気のあるキャラや作品の事が好きで。皆が好きって言うから好きって言う。みたいな理由で好きを語ってた。


そこに桜花は。


「あのキャラの動きには妥当性があるの。

掲載順も、今は編集とかのマーケティングの関係でウケてなくて後ろにいるんだろうけど、ターゲティングが絞り始められたら大ヒットする可能性があるって私は思ってる」


って言う大人っぽい感想と、しっかりとした自分の意見を話していた。

当時の私には、話している事は良くわからなかったけれど。凄く頭の良い子なんだなって思った。

何言ってるんだろう、って目で桜花を見る子もいたけれど。私には、とってもかっこいい子に映ったんだ。


冷たいように見える瞳に、真っすぐに伸びた漆黒の髪。

冷たさの奥に、溶けない硬い心があるみたいで。私の胸は、桜花を見る度に熱く揺らぐようになっていた。


芯のある子。自分を持っている子。

私は、気づけば殆ど一目ぼれみたいな形で。そしてもっと深みに嵌って行くように。桜花と仲良くなりたいって衝動に誘われていた。


「知ってる?海老ってタランチュラの味がするんだよ」


「新連載の作品。しゃらくささはあるけど、作者の癖が出てて良かった。

ここから主人公の行動原理がどんな風に開示されて行くかが楽しみ」


「私、あぁやって感情を振り乱して怒る人、苦手」


桜花は多分、世間一般で言う変な子だった。ちょっと合理的過ぎる所と、物事を捉える視点が独特だからと言うのもあったからかもしれない。

社交的で合理的。話すと面白いし、面倒見も良いし、不用意に相手の事を貶したりしない。話しててフレンドリーさすら感じるのに、何処か距離が遠い。

一枚の画面越しに会話しているみたい。と誰かが言った。


友達が少ない訳じゃないけど。自分の事を多くは語り過ぎない桜花とは、皆一定の距離を感じていたみたいで。

そんな所も、ミステリアスで良いなって私は思っていたのだけれど。

自惚れじゃなければ、私は他のどの子達よりも桜花と距離が近い間柄だったと思う。


けど、そのミステリアスさのせいだろうか。不可思議な噂が、時折桜花の周りに流れて苛んだ。


ヤクザの娘だ。トドから産まれた。中身はおっさんだ。人じゃない。人殺しの目をしている。前オナホを買ってる所を見た。


荒唐無稽なものから、最早只の悪口まで、多種多様な噂話。

大半はそんな訳無いでしょ、って私も思っていた。寧ろ面白くなって、私からも嘘の噂を流してみたりもした位だった。

実は許嫁がいて、その正体は私なんだよとか。桜花の正体は海から流れ着いた人魚姫様なんだよ、とか。下らない噂。桜花はきっとその事を知らないから、ごめんね。


けど、噂話の内の一つには、何処か真実に近いものもあったんじゃないかとも思ってる。


高校生になった頃の、雨の日の帰り道。

桜花が、傘も差さずにぽつねんと立っているのを見つけた事がある。

桜花は、綺麗な黒髪から水滴を流れ落として何かを見詰めていた。その場からは、黒い車が走り去って行くようだった。


その日は珍しく、桜花と一緒に帰らなかった日で。私はどうしたの、大丈夫?と桜花に走り寄ろうとして、出来なかった。

桜花の見つめる先が、紅かったから。地面にトマトが叩きつけられて、撒き散らされたような跡。近づく事を本能が嫌悪するような深紅。

赤い赤い何かが、雨で排水溝に流れ落ちて行く。


その時の桜花の目は、今思い出しても身体の芯が震えて来るような。

どこまでも冷たく、この世への興味が失せた目をした、横顔だった。

脚が竦んで、私は動けなくなっていた。

桜花は、暫く立ってそうしていると。何処かへと歩いて、去っていってしまった。


次の日の桜花は、いつも通りの姿と微笑みで登校をしていた。

私はあの雨の日の事を、桜花には一度も聞けずにいる。きっとこれからも、尋ねる事は無いのだろう。

桜花が私に何も言って来ないから。私も桜花には、何も聞かずにいたのだ。関係が、壊れてしまう事が恐くて。

何より、大事な事なら桜花から話してくれると信じていたから。桜花が話してくれる日を待っていた。


いつか、桜花が珍しく私にお礼を言って来た事があった。


「新渡がいてくれて、本当に良かった。

新渡が私と話してくれてなかったら、私。こんな普通に生活出来て無かったって思うから。

本当にありがとう、新渡。私の友達でいてくれて」


ともすれば桜花は。私と言う繋がる人間がいる事で、普通の少女としての自分を保とうとしていたのかもしれない。この世に、自分は普通の人間ですよと思って貰えるように。


私にとって、桜花の言葉は宝物だった。大事に大事に心にしまっている一番の宝石。汚す誰かがいたら、もしかしたら殺してしまうかもしれない位。

それだけ。桜花が私を必要としてくれていたって言う事は特別だった。

桜花があの時言ったお礼の言葉が、本心のものからだったかは。もう私には分からないけれど。


桜花とは沢山、沢山話をした。ずっと一緒にいた。


どれだけ色々な経験をしても、成長して大人になっても。

桜花の本質は変わらないようでいて。私はそこに安心感を覚えていた。

きっとこれからもずっと一緒にいられる。桜花を変える人間なんて現れやしない。変わらない桜花が愛しくて。


そこには、ほんの少しのもどかしさもあった。桜花にとっての私の立ち位置も、変わらないんだろうって。けれどそれは、喜びとの表裏一体だった。

変わらない事が、私と桜花の幸せだと思っていた。

桜花に、心の底から幸せになって欲しいって願ってた。


桜花は変わらない。私がいてもいなくても。

桜花は変わらずに。ずっとそこにいてくれる。

桜花は変えられない。私が何を彼女と話しても。


それなのに。それなのに。



なんであんな男が、桜花を変えたの。見損なったよ、桜花。


桜花の結婚相手。自己紹介で流れた好きな作品欄。メジャーな作品の事ばかり。

私だって別に、嫌いじゃないけれど。桜花の好きな物に、本当に寄り添ってくれるの?


知らない間に男の人と知り合って。私に何も言わないまま結婚を決めて。

ねぇ?私、どんな厚い面の顔で、友人代表でここに立てば良かったの?何を思って私をここに立たせたの?

何も話してくれなかった、何も教えてくれなかった私を、本当に友達だって思っていたの?


今日のウェディングで流れた曲。

私と沢山話したね、好きな音楽について。私の好きな音楽を聴いて、時には涙を流してくれた事もあったよね。

全然、好みと違う曲が流れてる。お相手の人と相談をして決めたのかな。どんな顔で相談したの?笑顔で、ドキドキしてた?私との時は、作ったような愛想笑いばっかだったよね。

朧げに、聞いていたのか聞いていなかったのか分からないような感想ばかり話してた。

それでも、私は嬉しかったんだよ。


好きな人の話も沢山したね。

全部私の事を話すばっかりで。桜花が誰が気になるとか、好きとかは。何一つ教えてくれなかったけど。

桜花が言うのは、当たり障りの無い言葉だったって、今なら分かる。あの時の私は嬉しかったし、単純だった。私の事を真剣に考えてくれていて。想って言ってくれてるんだって、浮かれてた。

桜花は、誰かを好きになった事なんて。そもそも、恋心なんてもの。持って無かったんでしょう?私と恋について話す時。いつも、一枚の壁が間にあるみたいだった。


本当に誰なの。その男。何処のどいつか、興味を持つ事すら嫌だけど。どうして何も教えてくれなかったの。

照れ臭かったって何?そんな理由で何も話さないような子じゃあ無かったでしょう?

嘘をついたの。話せない理由でもあるの。脅されてでもいるの。

あの雨の日の事が関係あるの。もしかして、そいつには話したの。私にも言ってくれていない、貴女の背負っている事を。そんなのは、許せない。


ねぇ桜花、私何処かで気づいてた。貴女が、私の話に何も心が動いてない事。

桜花は気づいてた?私が、私の好きな事に何も感動していない貴女に、気づいてた事。

それでも、貴女の傍にいたくて。何も気づいてない私を演じてた事。

桜花の事が大切だったから。憧れていたから。傍にいたかったから。それなのに。


私は貴女にとってなんだったんだろう。都合の良い子だったのかな。普通を被る為に?自分が異常じゃないって、皆に見せる為?

良かったね。今日は純白のヴェールを被せて貰えたよ。誰がどう見ても、綺麗で幸せな花嫁様にしか見えないよ。

もう貴女は、私がいなくても普通の生活を送っていけるよね。私との生活は、旦那さんとの生活に置き換わる。だってこれからは、その人との生活が貴女にとっての普通になるから。


嫌。やだ。やめて。


そんな幸せそうな顔、見た事ない。そんな風に笑う顔、見た事ない。

そんな手付きで人に触れる貴女を、見たくない。

知らない、知らない。私は貴女の事を知らない。


貴女は、誰?本当に、私の知ってる藤堂桜花?


ううん。もう違う。貴女は、私の知らない桜花になる。他の人に想われて。他の誰かに変えられて。


今日はもう、彼と入籍をしてきたんだよね?


おめでとう。

貴方はもう藤堂桜花じゃなくなっちゃった。

だから今日は。藤堂桜花の、命日だね。


こんにちは見知らぬ誰か。ご結婚おめでとうございます。

さようなら私の藤堂桜花。お悔み申し上げます。


「ずっとずっと大好きだよ、桜花。

どうか絶対、〇〇さんと幸せになってね。素敵な家庭を築いてください」


幸せになってね。言う私の言葉。

本音だよ。けど私の願う貴女の幸せは、こんな形じゃない。

私の宝石は汚された。他ならない貴女の手で。


素敵な家庭を作って、可愛い子宝にだって恵まれて。いつかの雨の日の事も忘れて。

誰も文句のつけようのない、普通の幸せを手に入れてね。



そうして私がその全部を、めちゃくちゃにしてあげるから。


そうしていつか。今の貴女を殺すから。私は私の桜花を取り戻す。

私の宝石を汚した貴女を。変わらなかった頃の桜花に戻してあげる。

貴女の幸せを壊して。いつかまた、私の藤堂桜花と出会って見せる。


覚悟をしておいてね。桜花。


私はスピーチの終わりに。人生で一番の笑顔を、彼女へと向けた。

























────

───

──



「って言う経緯で、オレはこうなったって訳ですよトドオカさん。


いやぁまさかトドオカさんが組のごたごたにオレを巻き込まへん為に配下の男つこて偽装結婚までしてただなんてね!

雨の日に見られてたんも気づいてたけど関係が壊れるのが怖くて言い出せへんくって結婚式では私は心配ないよ幸せだよって思って貰う為に全力で演技をしてて色んな訳をオレに話せなかったのもオレって言う唯一の何よりも大切な普通の象徴を汚したくなかったからなんて言う理由だったなんて、いじらしい事しますよねそれはそれとして殺させて下さい殺して下さい」


燃え滾るラーメンが入った皿顔の男は、ラーメン屋でそう〆る。

隣に座っていたトド顔の男は、呆れた顔でこう返した。


「知らんがな」

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