第31話 ないよ
「ボクも状況を伝言で聞いただけだから、間違ってるところがあると思うから……途中でも訂正してね」
「了解」
あんな単純な事件に訂正する箇所があるだろうか。そう疑問に思いつつも、
「3年2組の担任教員、
あの路地裏で……
「
3重人格、か……
「私はそうじゃないと思う。もちろん私は心理学になんて詳しくないし、明確な解離性同一障害の判断基準なんて知らないけど」
「ふむ……じゃあ、なに?」
「純粋に……立場によって態度と言動……立場と仮面を使い分けていただけだと思う」
「……使い分ける……?」
「人間は仮面をつけて生きてる。家族と接する自分、友達と接する自分、恋人と接する自分、仕事中の自分……状況によって立場と仮面を使い分けるんだよ。あなたにも覚えがあるでしょ?」
「……」
「恋人と話してる
「……そうだね……」
かつて
年上に敬語を使ったり、子供に赤ちゃん言葉で話しかけたり。家族に対して使う言葉。職場で使う言葉。学校で使う言葉。それらが異なるのは当たり前のことなのだ。
「
「……なんで最後だけ『私』?」
「……たぶんだけど……それが
「
「嫌いじゃないタイプ。好きってわけじゃない」好きになるには、あまりにも自分と似ている。「とにかく……今回の事件はとても簡単な事件だよ。
なんて単純なんだ。
「
「……まだ小説家志望だけど……」まだプロになってない。「でも……そうだね。私がやるなら叙述トリックにする」
「ほう……」
「『
生徒視点、教師視点、犯人視点。その3つを行き来してると思わせて、本当は同一視点での進行。そんなミスリードを行うだろう。
だが実際にやるには技量が足りないかもしれない。読者の多くは3つの視点が同一人物のものだと気づいたかもしれない。あるいは伏線が少なすぎたかもしれない。
なんにせよ……小説を書くのは非常に難しい。ただ書くだけなら簡単だが、読者を楽しませようとすると途端に難易度が上がる。結局は商業レベルの作品の凄さを思い知るばかりだ。
ドラマやら映画やらアニメやら……他人の作品に文句ばかり言っている人は、一度自分で物語を書いてみると良い。今は漫画なり小説なり、投稿する場所は無数に存在する。
閑話休題。
「叙述トリックにするなら……そうだね。『
被害者を人間だとミスリードすることも検討しよう。
そして……
「あとは……しばらく、とかね」
「しばらく……?」
「
「……文脈にもよるけど……長くても1ヶ月くらいじゃない……?」
「
60近い女性を女子高生だと認識させることもできるかもしれない。
この学校に少し前に来た、というのも……転校生だと勘違いさせることもできるかもしれない。
「……ふーん……いろいろ技法があるんだねぇ……」
「素人の戯言だよ」プロの言うことじゃない。「叙述トリックは卑怯だと言われることもあるから……それに、今回のは最大級に卑怯。自覚はしてる」
でも一度くらいは叙述トリックを書いてみたかった。
さて
「事件の話に戻ってもいい?」
「どうぞ」
「今回の事件……証拠ってどこにあるの? 証拠があるから、
ああ……そのことか。
「ないよ。証拠なんて」
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