第25話 その名の通り

 冷たい空気が淀んでいる路地裏で、彼方かなたさんは語り始めた。その姿は……本物の名探偵みたいだった。


「といっても……推理なんて必要ないんですけどね。だってあまりにも簡単で、単純ですから。これがミステリー小説だとしたら、世界一簡単なミステリーになるでしょうね」


 ……世界一簡単……?


 なんでそんな事を言うのだろう。私が長い時間をかけて一生懸命考えたものなのに。


 彼方かなたさんは続ける。


「事件前日の17時30分過ぎ……あなたは施錠をするために教室に向かった。そのときに、とある生徒と一緒に教室に向かっていますね」


 数学の問題を聞いてきた生徒だ。


 彼方かなたさんは言う。


「その生徒……仮に生徒Aとします。話を聞くと……ばん先生は教室の状態を軽く確認してから、鍵を締めた。そう証言しています」

「だったら私は犯人じゃないよ。そんな数分で……亀吉かめきちくんの身体をバラバラにしたっていうの? 外にいる生徒にバレずに? そんなこと不可能だよ」


 いくらバラバラにする相手が亀吉かめきちくんだからといえ、不可能なものは不可能。


 しかし彼方かなたさんは動じない。


「あなたは……すでに亀吉かめきちくんを殺していたんですよ。放課後の教室に誰もいない時間を見計らって、トイレででもバラバラにしたんでしょう。それから……。そして

「……」

「これなら数分で行えるでしょう? 窓際に置けば、廊下からは見えない。ちょっと机の位置を直すフリでもしていれば、怪しまれることもないでしょう」


 ……


「……私が……亀吉かめきちくんの死体を持ち歩いてた……?」

「はい。ポケットにでも入れてたんじゃないですか? まぁ場所はどこでもいいんですけど……」バレない場所ならどこでも良かった。「そうしてあなたは……クラスに死体をバラまいて、平静を装って教室を施錠した」

「……そんなこと……」

「可能ですよ」彼方かなたさんは作業のように言い放つ。「だって亀吉かめきちくんは


 クラスで飼っている亀。それが亀吉かめきちくん。


 だから警察はあっさりと帰ったのだ。殺人ではなく、クラスの亀が殺された事件だったから。たぶん……ただの学校内でのトラブルだと判断したのだろう。


 ……だとしても、もう少し対応してほしかったものだけれど。


 彼方かなたさんは少し笑顔を見せて、


「……結鶴ゆづるくん、龍太郎りゅうたろうくん……そんな名前の人がいるから、ちょっと紛らわしいですけどね。文字だけ読んだら……亀吉かめきちくんって人間がいると勘違いする人もいるかもしれませんね」


 クラスの仲間の亀吉かめきちくん。


 そう聞けば人間を連想する人のほうが多いかもしれない。


「話を戻します。亀吉かめきちくんは子亀ですから、まだまだ小さい。バラバラにして袋に入れて持ち歩くことくらい、簡単なことです。唯一気になるのは血の匂いですが……職員室はタバコの匂いがキツイですからね。少しくらい匂いが変わっても、ごまかせるかもしれない」


 そうだ。あの悪臭漂う部屋で血の匂いがあっても誰も気が付かない。仮に気がついても『職員室に死体がある。調べよう』とは誰も言い出さないだろう。


「私の推理はこれだけです。いえ……推理と呼ぶほどのものでもありませんね。失礼ながら……こんな計画、バレないと思ったんですか?」

「……こんな計画……?」彼方かなたさんがそんな事を言うとは思わなかった。「なんでそんなこと言うの? 私が長い時間かけて、一生懸命考えたことなのに」

「……長い時間……? どれくらいですか?」


 ああ……どれくらいだっただろう。私がこの計画を考え始めたのは……たしか……


 ……


30くらい」

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