モテるにはカフェでは窓際を選ぶべし……?

 梅雨の夕方、静かに雨が降り続ける中、駅前のロータリーにタクシーが停車していた。車内の空調は心地よい温度に設定され、運転手である私は、目の前を行き交う人々を眺めながら次の客を待っていた。すると、スーツをきちんと着こなした40歳前後の男性が近づいてきて、ドアを開けて後部座席に乗り込んできた。



「こんにちは、よろしくお願いします。目的地は赤池ビルです」と、男性は落ち着いた声で告げる。



「かしこまりました」と私は返し、タクシーを発進させた。道はスムーズで、時間に余裕があるため、私は世間話でもしてみることにした。

 


「今日はお仕事帰りですか?」



「ええ、そうです。でも、今日はちょっと嬉しいことがあったんですよ」と男性は笑顔で答えた。



「嬉しいことですか?」と私が興味を示すと、彼は急に顔を少し誇らしげにしながらこう言った。



「実はですね、運転手さん、私にもモテ期が来たみたいなんです」



 私は一瞬驚いたが、すぐに微笑みながら応じた。



「モテ期ですか。羨ましいですね」



 男性は得意げに話し始めた。「いや、これまでそんなことは一度もなかったんですよ。でも最近、カフェで仕事をしていると、必ず若い女性が私の隣に座るんです」



「カフェで仕事をされているんですか?」



「ええ、副業でwebライターをしていまして。休みの日はよくカフェで執筆しています。毎回、窓際の席を取って、景色を見ながら文章を書いているんですよ」

 


「いいですね。窓際の席は景色が良くて、集中できそうです」



「そうなんですよ。だけど、ここ最近不思議なことが起きていて。私がいつもの窓際の席に座っていると、必ず右隣に若い女性が座るんです。最初は偶然だと思っていましたが、何度も続くんですよ」



 私は頷きながら話を聞いていた。確かに、男性が言うことには不思議な点がある。



「それだけじゃないんです。右隣が埋まっている時は、左隣に座るんです! これって、私が目的としか思えないじゃないですか?」



 彼の話に対して、私は冷静に答えた。



「確かに、そこまでくると少し興味深いですね。でも、たまたまという可能性もありませんか?」



 男性は少し不満げに眉をひそめた。



「いやいや、たまたまじゃないですよ。だって、毎回なんですよ?」



 彼の言葉に、私は一瞬迷ったが、何となく違和感が残っていた。確かに、毎回隣に座るというのは偶然の範囲を超えているかもしれない。しかし、それを「モテ期」と結論づけるのは少し早計な気がした。



「ちなみに、そのカフェの窓際の席って、日が差し込んで温かいんですか?」と私は何気なく尋ねた。

 


「ええ、午後になるとちょうど日が差し込んで、暖かくて気持ちがいいんですよ。特に今の季節は冷房が効きすぎて寒いことが多いので、ちょうどいい感じです」と彼は答えた。



 その瞬間、私はある仮説を思いついた。もしかしたら、女性たちは「モテ期」のせいではなく、ただ単に窓際の暖かい席を求めているだけかもしれない。特に冷房が効いている場所では、暖かい場所を選びたがるのは自然なことだ。



 しかし、その仮説を口にするのはやめておいた。男性は明らかに「モテ期」が来たことに喜んでいるし、その気持ちを無理に壊すこともないだろう。真実を知っているのは私だけでいい。



「なるほど、やはりモテ期ですね」と私は軽く笑って応じた。彼も嬉しそうに笑い返してくれた。



「そうなんですよ。これからも隣に座る女性を楽しみにしています」と彼は最後に言った。

 


 タクシーが目的地に近づくと、男性は満足げに席を整え、料金を支払った。「またお願いします」と言って、彼は降りていった。



 私はその背中を見送りながら、車を発進させた。彼が去った後、私は窓際の席が持つ魔法のような力に思いを馳せた。それが本当の「モテ期」かどうかはさておき、彼の喜びを尊重することが大切だと思ったのだった。

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