副業は探偵ですが何か? 〜タクシー運転手の小さな楽しみ〜
雨宮 徹@クロユリの花束を君に💐
老教授、かく語りき
夜の街は、いつも通りにぎやかでありながら、どこか静寂を感じさせる特有の雰囲気を帯びていた。窓の外に広がるネオンの輝きが、都市の息遣いのようにゆらめく。その光景を眺めながら、私は次のお客様のことを考える。タクシーという空間は、時に人生の縮図になることがある。乗客はそれぞれの人生を背負い、その一端を私に垣間見せてくれる。
車内の静けさの中、ふとミラー越しに視線を感じた。後部座席に座るのは、白髪の混じった初老の男性だ。教授と呼ばれる職業の人々特有の風格が感じられる。大学の前で彼を乗せた瞬間から、なんとなくそうだろうと推測していたが、実際にその通りのようだ。
「君、最近の若者をどう思うかね?」
唐突な質問が飛び込んできた。こういった不意の問いかけには、頭の中で一瞬の間が空くが、すぐに適切な返答を探すのが私の役割だ。少し考え込んだ末、答えを口にした。
「どうと言われましても、そうですね……最近の若者は流行に敏感だなと思います。インフルエンサーの影響力がすごいですからね」
「なるほど、それもある。しかし、我々にとってはAIの発達の方が問題なのだよ。学生のレポートをAIが作っていても、見分けがつかない」
教授の話は真剣だ。AIの進化は、あらゆる分野で恩恵をもたらしている一方、彼のような知識人にとっては、新たな問題を生み出しているのかもしれない。
「確かにそうですね。私が学生だった頃は、パソコンなんてありませんでしたから、書き直しが簡単にできるだけでもありがたいくらいでしたよ」
私は、教授が期待するであろう返答を意識しながら応える。彼の顔には、少し安心したような表情が浮かんでいる。
「まったくだ。世の中便利になりすぎて、当たり前に感じられてしまう。少しはありがたみを感じるべきだ。おっと、これはいけない。イライラしすぎると健康に良くないからな」
教授はポケットから小さな写真を取り出した。彼の顔に優しい笑みが広がる。
「孫の写真だよ」
彼が私の視線を感じ取ったのか、微笑みながら写真を見せてくる。小さな子どもの顔が映っている写真だ。まだ幼く、あどけない表情が印象的だ。
「来年、小学生になるんだ。あまりにも可愛くてね。目に入れても痛くない、というのがようやくわかったよ」
教授の笑顔には、言葉では言い表せないほどの愛情が溢れていた。孫という存在は、彼にとっては何よりの宝物のようだ。
「それは素晴らしいですね。ゴールデンウィークにはお孫さんとお会いしましたか?」
「そうなんだ。半年ぶりだったが、背が伸びていて驚いたよ。近くの動物園に連れて行ったら、大はしゃぎしてね。『おじいちゃん、また行きたい』と何度もせがまれたよ」
教授は、楽しげに語り続ける。その顔からは、孫との時間がどれほど大切で、かけがえのないものであるかが伝わってくる。彼の穏やかな語り口調に、私も自然と引き込まれていった。
「動物園の後、公園でもかくれんぼをしたんだ。童心に返ってしまって、私もつい本気になってしまったよ」
しかし、そこで教授は言葉を一瞬止め、少し困惑したように眉をひそめた。
「ただ、どうしても解せないのは、孫を見つけられなかったことだ。まるで完敗だったよ。小さな公園で隠れる場所も限られていたのに、どうしても見つからなかったんだ」
教授の話に、私は少し興味をそそられた。単なるかくれんぼの話だが、何かしらの謎が隠されているように思えた。
「それは面白いですね。お孫さん、かなりかくれんぼが上手なんですね」
「そう思いたいが、どうにも腑に落ちない。隠れる場所がないのに見つけられないとは、どうにも納得がいかないんだ」
私は少し考え、質問を投げかけた。
「その公園、最近できたものではないですか?」
教授は驚いたようにこちらを見つめ、少し間をおいてから答えた。
「そうだが、それが何か関係あるのか?」
「実は、最近の公園に設置されているトイレには、人感センサーがついていることが多いんです。人の動きがなく、一定時間経つと電気が自動で消えます。お孫さん、もしかするとそのセンサーを利用してトイレに隠れていたのでは?」
教授は一瞬固まった。そして、次の瞬間、大笑いしながら手を叩いた。
「確かにトイレは中まで覗かなかった。電気が切れていたから。センサーの存在を利用したというわけか! やられたな、まったく!」
教授の笑い声は車内に響き、私もつられて笑みを浮かべた。孫との微笑ましいエピソードが、彼の日常の一コマに温かさを加えているのだろう。
「いやぁ、孫にはしてやられたな。しかし、それがまた嬉しいんだよ。これでまた孫自慢が増えた」
教授の言葉には、誇りと愛情が満ちていた。
再び静けさが車内を包み、教授は満足そうに窓の外を見つめる。その穏やかな横顔に、私は少しの充足感を感じた。こうして人々の人生の断片に触れるたび、私はこの仕事がただの移動手段以上のものだと実感する。
再びアクセルを踏み、次のお客様を迎えるべく、車を夜の街へと走らせた。
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