異世界ラーテルは喧嘩を売る。

土斧

プロローグ

世界一恐れを知らぬ種族

「降りてこいクソトカゲ野郎がぁ!八つ裂きにしてやる!」


 ……とある乾燥地帯。短く細い草が生え揃う場所。そこで、一人の獣人が声を荒げていた。その幼さが残る容姿とは裏腹に、かなりダミ声だ。声帯が少し潰れているのかもしれない。


 その獣人は黒毛に褐色肌……背丈はそこまで大きくなく、155cmない程度の大きさ。


 腕や脚は獣の物であり、そこから背にかけて黒い毛が伸びている。しかし、背中側の毛だけは白く染まっている。手足に生え揃った鋭く伸びた爪が特徴的。


 獣人といえば、伸びるように頭部に生えたケモノ耳が特徴的とされているが、この獣人にはそんな物は無い。


 有るのは、幾千もの相手を切り刻み、その度に汚れてきた爪と毛。相手の攻撃を弾く柔軟で硬い皮。相手を睨みつけて威圧する獣の瞳、そして剥き出しの牙だけだ。


 その獣人の目の前にいるのは、彼の2.3倍の大きさを持つ羽を持った二足歩行で歩くトカゲの様な生命体――人の世では、ワイバーンと呼ばれるモンスターだ。


 ワイバーンは、そんな獣人をみて恐怖ではなく……かと言って侮るでもない、警戒と言う態度を持ってその獣人を見つめていた。


 ワイバーンに取っては、はるかに体格に劣る相手だ……しかし、かといって侮ることもできない。


 これほどの体格差があれども、向かってこようとするのは、それだけ自身を倒す何かを備えているということにもつながるからだ。


 野生下では、勝てぬ相手に喧嘩を売る馬鹿は早々居ない……必ず、相手に通用する何かしらの手を持って相手に喧嘩を売るのだ。


 ワイバーンに取っては遥かに肉体的に格下に見える獣人も、身一つで自身に喧嘩を売りにしたとしても一体どんな手段を持っているのかわかった物ではない。


 ……事実、かつて同種が目の前で火薬のついた弓で射られて爆破したのをこのワイバーンは見たことがある。故に、警戒を怠らない。


 しかし、実際のところ、この獣人は本当にその身一つなのだ。弓なんてものは扱えないし、この世界には銃器は数える程度しかない。剣も勿論もっていない。


 有るのは強靭な肉体と爪だけだ。それだけで、その獣人は目の前の生態系の上位にいるワイバーンへと喧嘩を売ろうとしているのだ。


「なんだぁテメェ空飛びやがって!降りてこい!食い千切ってやる!」


 もはや偶にいるモヒカンチンピラと同レベルの罵詈雑言を飛ばしながら、只管にワイバーンを威嚇する獣人――そんな彼に後ろから近づく影があった。


「馬鹿ぁ!大馬鹿ぁ!」


そう言って止めるのは、一人の人間の雌個体だ。栗毛をホーステールに纏めて、簡素なローブのような装備に身を包ませている。


 容姿は絶世!とまではいかないが、間違いなく美少女とよべる。目つきは少し悪いが、そこがまた可憐な体と相まって引き立つ。背はその獣人よりも遥かに大きく、180cmはあるであろう大台だ。


 そんな人間に組み付かれた獣人は、その気になれば無理やりはがせるだろうに敢てジタバタと動いてもがく。

 

「離しやがれ!敵をぶっ倒すんだよ!」

「落ち着きなさいよ!相手は危険度Aのワイバーンなのよ!?一人で戦うとか無茶だから!」


 だが、その獣人――テルは変わらずに声を荒げる。


「一人じゃねぇ!お前がいる!」

「私は後方支援担当!バフデバフと参謀役しかできないの!」

「うるせぇ!じゃあ俺一人であの空飛びトカゲに勝てる作戦を立てやがれ参謀!」

「無茶言わないでくれる!?」


 二人はがやがやと騒ぎ立てながら、インディはテルを引きずりながら後ろに下がっていく。


 しかし、痺れを切らしたワイバーンは雄叫びを上げて、逃げる2人組を追いかけた。


「馬鹿馬鹿馬鹿ァ!要らない煽りなんかするから!」

「あぁ!?トカゲ野郎が空飛んでんじゃねぇぞ!降りてこい!」

「何で未だにやる気全開なのよ!このお馬鹿!お馬鹿お馬鹿お馬鹿!」


 インディは兎に角テルを攻め続けて声を荒げる。それもそうだ……本来であればあのワイバーンは獲物でもなんでもない。


 なんなら関わらなくて良い標的だったのに、テルが喧嘩を売ったせいで追われる羽目に……本来であれば、薬草を集めるというもっと簡単な任務だったと言うのに。


「インディ離せ!あのトカゲ八つ裂きにしてやる!」

「離してもいいけどそしたらあんた死ぬだけよ!?ワイバーンなんて上級モンスターあんたでも一人じゃ無理よ!」

「んなもんやってみなきゃわかんねぇだろうが!」

「あんたそれで前上級モンスターに挑んで死にかけたんでしょうがお馬鹿!」


 インディはテルを引きずりながら泣きわめきながら叫ぶことになる。後ろではワイバーンが飛びながら追いかけてきていた。


「もぉぉぉ!はこれだからぁぁぁぁぁ!!!!」


 インディの、心からの情けない雄たけびがその辺一帯にこだまするのだった。







 ラーテル系獣人、それはテルの種族名でありテルの正体だ。


 この世界ではエルフやドワーフ、ホビットと言った亜人に加えて、一部の理性を持つ獣人が共存している。


 例えば、犬の獣人だったり、猫の獣人だったり、トカゲの獣人だったり……獣人の中でも二足歩行の獣みたいだったり、人間ベースに獣の特徴があったりなど様々だ。テルは人間の姿をベースにした獣人だ。


 それらと人間は纏めて人類種としてされ――反対に共存できない種族はモンスターと呼ばれて狩りの対象になっている――時に仲良く、時に戦争をして暮らしていた。


 テルはそんな獣人の一種、ラーテル系の獣人の少年で、冒険者だ。ラーテル系獣人

は、柔軟な皮を持ち防御に優れ、神経毒にもある程度の抗体を持ち、鋭い爪と牙で相手を切り裂くインファイター。


 攻撃力、素早さ、防御ともに高く、ある意味オールラウンダーな能力を持っている。普通に共に度をするなら、頼もしいことこの上ないだろう。


 しかし、一般的にラーテル系獣人はソロでいることが多い、パーティを組めない……と言うよりも、組んでもらえないと言ったほうが正しいだろうか。


 それには、とある理由がある……単純かつ、冒険者と言う慎重さが大事とされる職業では、致命的になりうる理由……ある意味ラーテル系獣人の最大の欠点と言える点だ。

 

 ラーテル系獣人には最大の欠点、それは……。




「クソトカゲ野郎降りてこい!ぶっ倒してやる!!」

「もうヤダこいつぅぅぅぅぅぅ!!!」


 ラーテル系獣人は例外なくほぼ全員……驚くべきほど、喧嘩っ早いのだ!!

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