化けて出てきた幼馴染が全然離れてくれません。
卯月ななし
上
シャッ、というカーテンを開ける音が遠くで聞こえた気がして、意識が少し鮮明になった。それから、眩しいな、と思って完全に目が覚めた。瞼を閉じているのに視界が赤くなった、ということは多分光で照らされたのかと思いつつ、ぎゅっと目を瞑ってみるが直ぐに体を揺すられる。
「おきろー。朝だぞー。」
「……やだ。」
毎朝毎朝、良くもまぁ飽きもせずに俺の事を起こしに来やがるよなコイツ。
「ほらー、お前朝ごはん食べんの遅いんだからー。はよ起きろー。」
「……るっさい。」
ふと、下半身に重みを感じて目を開く。それから反射的に溜め息が出た。
「おっはよう、クソガキ。」
俺の体に馬乗りになりながらニヤリと笑うそいつが視界に入って、顔を顰める。
「その台詞……そっくりそのまま返す。」
「いりませーん。早く起きて下さーい。」
「……死ね。」
「お前がな。」
そうは言っても眠気には勝てないので、また目を閉じると――思い切り腹に1発ストレートが入った。
「い……ってぇなおい。」
「はーい、2発目まで残り10秒ー。」
「いやあの、すいません、ほんとすいませんでした、起きるからどっ――。」
……10秒ってこんな短いんだっけ。そう思いながら痛みで声が出ずに目を見開く。そいつは嬉しそうな顔をして、背中まで伸びた灰色っぽい髪を耳に掛けながら俺に微笑みかけた。すげぇ楽しそうだなー、腹立つー。
「ふふっ、あはははっ。あーあ、面白ーい。」
そいつは笑いながら棒読みでそう言って、俺の体の上に寝そべって来た。――傍目から見たら、俺は今押し倒されているみたいに見えるだろう、が。実際はまったくそんな良い様な状況では無い。幼馴染歴13年を舐めてはいけないのだ。しかも最近はコイツがちゃっかり俺の部屋に転がり込んできて、実質同居してる訳だし。もはや恒例行事だ。
朝っぱらから俺の事を殴ってきやがったコイツの名前は「ユラ」という。俺はコイツの幼馴染であり、同居人であり、まぁ何と言うか――親友、みたいな感じだ。少なくとも俺はそういう風な認識だという事だけ言っておこう。
「結局、起きないの?」
「起きないの、っていうか起きれないんだよ。お前のせいで。」
「ふふん、ここを通りたくば、私を倒していけー。みたいな?」
「じゃあ倒すぞ。殴って。」
「きゃー、やだー、暴力はんたーい。」
「先に手ェ出してきた奴が何言ってんだ。」
「はは、それもそっか。」
俺の胸板の上で、うつ伏せになる様に寝そべったままぼんやりと外を見るユラ。俺は少しだけ考えて、ユラの頭に手をやった。サラサラした髪の触り心地が掌に伝わってくる。ユラはゆっくり目を閉じた。それから少し微笑んで小さな声で呟く。
「うわぁ……安心感すげー。」
「そうかよ。」
「んー、もうこのままお前も学校サボってさぁ、今日は1日ゲームしようぜ。」
「それは無理だな。そろそろ日数やばくて卒業できない。」
「いやいやぁ、何とかなるって。お前頭良いんだからさ。」
「んー……。いや、うん。ゲームは帰って来てからやるよ。」
「えぇ、つまんなぁ。――ま、良いや。」
諦めたのか、ユラは俺の体の上から起きるとベッドの横に立った。それから俺を見下しつつ言う。
「朝飯出来てるから、早く食べちゃお。」
「……おう。」
そんなこんなで俺の1日は始まる。……少女漫画顔負けの、幼馴染に起こされるシチュエーションで。
「……じゃ、行ってくるわ。」
「おー、いってらー。」
朝食を食べ終えて、制服に着替えて、リュックサックを背負ってから玄関に向かう。斜め向かいに置かれたソファーにだらしなく寝そべりながら携帯を弄るユラが、間の抜けた声で見送りの挨拶をして俺に手を振る。俺は雑に振り返しながら部屋を後にする。
「……目ェ痛……。」
扉を開けて直ぐに視界に飛び込んでくる青空に目が染みる。俺は軽く目を擦りながら階段を下りようと足を進める。と同時に、隣の部屋の扉が開いた。
「うぉ、ビックリしたぁ……。おはよう、
隣の部屋に暮らしているのは、大学生の
「おはようございます、飴谷さん。」
「あ、桐瑚くん、寝ぐせ。」
「んえ、あぁ、すんません。」
俺は少しだけ屈んで、飴谷さんに寝癖を直してもらう。爪先立ちで俺の頭に触れる飴谷さん――なにこれ、すげぇ可愛い。抱きしめようかな。
「ふふ、もう。――あれ、桐瑚くん、何かまた顔色悪くなってない?」
「そんなこと無いですよ。元気です。」
飴谷さんは俺の顔をうっすらと心配そうな雰囲気で覗き込んだ。覗き込んだ、というかまぁ高さ的には見上げたという感じなのだが。
「あんまり遅くまで起きてちゃ駄目だぞー?昨日もお友達と電話してたんでしょ。」
「電話……、あぁ。そうですね。気を付けます。すんません、本当。」
じゃ、またねー。と、飴谷さんは行ってしまった。俺は少しの間、床の1点を見つめてしまい、溜め息をつく。
「……痛ぇ……。」
俺は頭がずきりと痛んで、倒れかける。それから体中に、嫌な感覚が広がっていくのが分かった。飴谷さんとの会話が嫌な事だった訳では無い。むしろ女子との接点がユラぐらいしかいない俺にはご褒美だ。なのだが――俺は昨日の夜、誰とも電話をしていない。というか友達が居ない。俺は昨日の夜、ユラと一緒にアクションゲームをしていたのだ。飴谷さんが聞いたとすれば、恐らくその声だろう。
「電話、ねぇ……。」
ということは、飴谷さんには俺の声しか聞こえていない――ユラの声が聞こえていない、ということなのだ。
「……はぁ。」
もうすぐ、ユラと同居し始めて3か月になる。俺は――恐らく人生最大の悩みにぶち当たっていた。
遡る事3か月前。俺の携帯電話に1件の留守番電話が入っていた。久しぶりに母親から電話が掛かって来たな、と思い、ロクに内容も聞かず掛け直したのだが、俺はそれを猛烈に後悔した。
――あの揺綺が、ユラが死んだ。なんて、そうやすやすと受け入れられるはずも無く。俺は葬式会場に着くまで本気で冗談だと思っていた。
状況がやっと見えてきたのは、恥ずかしい話、ユラが骨になってからだった。俺は確かに悲しかったが、それ以上に怒っていた。
別れの一言も無しで。死んだアイツの事を許せなかった、のだと思う。正直よく覚えていない、というか記憶が無い。
葬式、火葬、全部終わって、俺はユラの家に行った。ユラの身内が俺の心配をしているとか何とかで、半ば親に引きずられる様に家へと訪れたのだ。行った先で何があったのかを全く覚えていないのだが。
本当にうっすらと、葬式に行った事ぐらいしか覚えていないのだ。その後ユラの家に行って、気づいたら――自分の1人暮らしをしている家の扉の前に立っていた。親からのメールを見ると、どうやら俺は1人で普通に電車に乗って帰って来たらしいのだが、前後の記憶が無いのが恐怖だった。
そしてもう1つ、記憶喪失の他にも恐怖があった。
「おぉ、おかえりー桐瑚。」
鍵を開けて部屋に入ると、そこにはユラが居たのだ。ついさっき骨になったのを見届けたはずの、俺の親友がそこに居たのだ。俺は状況の呑み込みが出来ず、混乱が混濁を極めた所で、思考回路がシャットダウンした。
死んだはずの「揺綺」が生きてんならもうそれで良いじゃないか、と思ったのだ。
「……ただいま、ユラ。」
どうやら、ユラは自分が死んだことを知らないらしい。しかも、本人曰く。
「いやさぁ、ちょっと家出してきちゃって。2か月ぐらい匿ってくんない?」
だそうで。この自由奔放な感じは本当にユラのままだったから、俺は少し嬉しくなってしまって、快諾してしまった。ちなみに、どうやって入ったのかと尋ねると。
「え?鍵開いてたよ?」
と。……俺は確かに鍵を開けて入ってきたのだが、そこはやっぱり壁抜け的なアレが出来るのかもしれないなー、と思いつつ。俺は一瞬迷ってからユラに言った。
「お前……俺に何も言わないで居なくなったりしないよな。」
「ん?」
する訳無くない?――と、アイツは平然と言った。俺は思わず笑って、ユラを抱きしめてしまった。ユラは別に拒むことなく、俺の背中を撫で続けていた。
それから3か月経った。もう、3か月も経ってしまったのだ。
「あの……。
「え、あ、はい。藍口です。」
「あぁ、えぇ。知ってます。だから呼びました。」
登校中だということを忘れそうなぐらいに色々考えたせいで、突然の呼びかけに変な対応をしてしまった。俺は背後から名前を呼びかけられて振り返る。するとそこには、隣のクラスの、確か――
「……えっと、凄く、変な事を聞きますけど。」
俺は水無瀬さんの言葉の続きを待った。水無瀬さんは立ち止まったまま、視線をぐるりと泳がせて溜め息をついて、俺をまた見た。
「藍口さんって――、」
幽霊と仲が良いんですか。
「え。」
水無瀬さんは俺のリアクションを見てますます顔つきを険しくしたかと思うと、俺の方にズンズン近づいてきて手を掴んだ。それから学校と逆方向の、さっきまで水無瀬さんが歩いて来ていた道を走り始めた。俺はただ水無瀬さんに付いて行くというか、引っ張られるというか、そんな感じで一緒になって走っていた。
「……あの、水無瀬さん、ちょっと。」
「待ちませんし、止まりませんよ。……ったく。」
厄介すぎるでしょ、と水無瀬さんは呟いた。口の中で発せられた様な小さい呟きだったが、何故かその時の俺はそれが聞こえてしまった。あれー、水無瀬さんすっごい顔険しー。何、もしや俺嫌われてる感じ?参ったなー、面識もってまだ3分ぐらいだと思うんだけど。
「藍口さん、すみません。」
「どうかしました?」
水無瀬さんの黒い髪が走る度に揺れる。俺はそれをぼんやりと目で追いながら、水無瀬さんの速度に合わせて足を動かし続ける。……いや待って、マジで足速い、キツい。水無瀬さんって運動部とか、そういうタイプじゃないと思ってたけど。陸上部とかよりも軽く超えそうな位に速かった。俺はそれに付いて行くのに精一杯だ。
「こっから大体……2キロぐらいは走りますけど。大丈夫ですか?」
「……すいません、水無瀬さん。俺とんでもない幻聴が聞こえたんですが。」
「え、何ですかそれ。――まぁ、いけますよね。男子ですし、私よりは体力ありそうですし。」
「無いですよ、全くと言って良いほど無いですよ?」
水無瀬さんは俺の手を握ったまま、速度を落とすことなく走り続けた。お喋りはそこで終わってしまったのだ。正直俺にもそんな余裕は無かったから、仕方が無いのだけど。どうにも気まずさが残って――なんてことは無く、目的地に着いた時の俺はひたすら疲れていた。2キロ。2キロメートル。2000メートル。……長い。
「お疲れ様です、藍口さん。大丈夫ですか?」
「……いえ……死にそうです……。」
「これ、水です。良かったら。」
「……恩に……着ます……。」
手渡された600mlのミネラルウォーターのペットボトル。俺はそのキャップを捻り開けて口をつけ、一気に飲み干した。水無瀬さんも俺の隣で水を飲んでいる。割には、物凄く涼しげな顔をしている。俺汗だくなのに。
「……で、ここ何ですか?」
俺は改めて、今自分が置かれた状況を振り返った。俺と水無瀬さんは今、どこぞとも知れぬ神社の石段に座っているのだ。本殿に背を向ける感じで座っているため、今正面は参道である。ここに辿り着くまでに長い階段を登ってきたのも、えげつない体力消耗になった。そのせいで水が美味い。美味すぎる。
「ここはうちの分家です。」
「え、水無瀬さんの?」
「えぇ。うちは代々神職なんです。」
「神職、ですか。」
俺は底なしの不安感に襲われかける。神職、ということは――幽霊と同居している俺とは対極的と言って差し支えないだろう。水無瀬さんは眼鏡を外してから上を見て、目を閉じている。俺はそれを横目に見ながら考える。……今から全力ダッシュで逃げたら逃げられるかな。
「神職、と言えば聞こえは良いですけど、うちは『霊媒師』の家系なんです。」
「は。」
俺は本気で面食らった。――ドンピシャじゃねぇか。水無瀬さんは閉じていた目をゆっくり開いて、俺の方にそのまま顔を向けた。楽しそうにも、面倒そうにも見れるそんな表情で俺を見ていた。俺は動揺しまくって、水無瀬さんの顔を凝視する。
「霊媒師……ってことは、そのー……。お祓い、とかそういう?」
「えぇ、そういうことです。なので――。」
藍口さん、あなたは霊媒対象です。と、水無瀬さんはきっぱりと言い切った。そこで悔しかったのは、その時はじめて水無瀬さんが笑った事だろう。
「……っと、入って。」
「……お邪魔します。」
そこから放課後と呼ばれる時間帯になってから、俺は水無瀬さんを連れて家に帰った。よくよく考えると、この家にユラ以外の人間を上げるのは初めてだった。……というか、実家に居た時でさえ、自分の部屋に誰かを上げるなんてこと無かったなと気づいてしまった。――ましてや女子なんて。
「あ、おかえりー。早かったね。……って、お客さん?」
ユラが現れた。音も気配も無い登場に、思わず体がビクリとする。俺の隣に立つ水無瀬さんが、生唾を飲み込んだ様な音がした。
「あ、あぁ。こちら――水無瀬さん。俺の……。」
俺の何だ、この人。友達か?クラスメイトで良いのか?言葉に詰まる。助けを求めるために水無瀬さんに視線を泳がせると、水無瀬さんがチラリと俺を見てから言った。
「恋人です。」
「はぁ!?」
思わずユラがするよりも先にオーバーなリアクションをしてしまった。何抜かしてんだこの人、初対面だろ、今日の朝が。大丈夫かマジで。
「え……、恋人?」
ユラの顔が若干歪んだ。俺はどう言い訳しようか少し迷う。それから話そうとした時、ユラが被せる様に言った。
「なぁんだ、早く言ってくれれば良かったのにー。見直したよー、桐瑚。」
ニコニコと人当たりの良い笑顔を浮かべるユラ。さっきまでの違和感はどこかに消し飛ばされている。
「あなたがユラさんでしたか……。初めまして、水無瀬
「へぇ、寧音さんって言うんだね。よろしくね、私ゆらぎ。」
両者とも――目が笑っていない。状況だけ見るとこれはド修羅場なのだ。しかもユラに至っては完全に敵意むき出しである。……どうしろってんだよマジで。
「……。」
「……。」
黙っちゃったし……2人とも……。え、何これ。俺どうしたらいいのマジ。
「あー、えと、わりぃユラ、先飯喰っといて。」
「え、あぁ、うん。わかったー。」
そういって、またソファーに寝そべってゲームを始めるかと思ったのだが、ユラはぼんやりとこちらを見ながら、薄く微笑んで目を逸らした。俺は水無瀬さんを手招いて、自分の部屋に通して後ろ手に扉を閉めた。それから溜め息をつく。
「……何してんですか、水無瀬さん。」
「すいません、つい。」
特段感情を感じさせない声でそう言う水無瀬さん。俺は頭を抱えつつベッドに座り、隣に水無瀬さんを座らせた。
「まぁ、言ってしまったものは仕方ないし……。ここはもうそれで通しますけど。」
「お手数かけます。ところで藍口さん。」
「はい?――っ。」
顔をふと、水無瀬さんに向けると――スレスレの所に顔があった。あと少し進んでしまえばキスするぐらいの距離。俺はたじろいで後ずさろうとするが、水無瀬さんが俺の両手首をがっつり掴んでいて動けない。
「……ちょっと我慢して下さい。」
「……へ?」
水無瀬さんが小さな声でそう囁いた。水無瀬さんはそれから4秒ほど、俺の目を見たまま動かなくなった。俺は動くわけにもいかず、同じように水無瀬さんの目を見つめているしかできなかった。
「はい、もう大丈夫です。すみません、突然。」
そう言って、水無瀬さんは手を離し、顔を遠ざけた。俺は安堵し、思い出した様にバクつく心臓を抑えようと躍起になった。水無瀬さんは不意に微笑んでから、俺の顔をまた覗き込む。
「……なん、ですか。」
「ふふ、いえ。」
水無瀬さんは楽しそうな顔をした。俺はその顔に少しだけ焦り、どきりとする。顔が熱くなる感じがして、両手で顔を覆った。
「藍口さんは、その――揺綺さんに偉く愛されているんですね。」
「は?」
あまりにも唐突な言葉に面食らう。俺は微笑み続ける水無瀬さんを困り顔で見た。水無瀬さんは一瞬何かに迷ったが、直ぐに口を開いた。
「藍口さん、異性との交友関係は?」
「いや、無いですけど。――強いて言うならユラと、お隣さんぐらいですよ。」
「では同性との交友関係は?」
「それも無いですよ。友達いないんで。」
なんだなんだ、この人。急に俺の傷口に塩を。だが当の本人はかなり真剣な顔をしている。それからまた俺をじっと見た。
「何でですか。」
「何でですかって……。」
あれ、確かに何でだろう。俺何したんだ。
「友達が居ないのはいつからですか?」
「昔から、ですけど。」
昔から、俺の周りに人が寄り付くことは無かった。――よく考えると変だ。
「みんな、俺には寄ろうとしないっていうか……。俺が見えてないのかなってぐらいに白々しい、っていうか。存在感が無いって事なのかって思ってたんですけど。」
「……ふぅん、なるほど。」
水無瀬さんは眼鏡を外して俺をじっと見て、目を細めると微笑んだ。
「藍口さん、呪われてますよ。」
「……え?」
水無瀬さん曰く、俺には呪いが掛けられているらしい。
その呪い、というのは――独占欲から来るものだそうで。
「要は、呪いを放った人にしか、呪いが掛かった人が見えなくなるって感じです。」
「え、でもそれじゃあ――水無瀬さんには見えないんじゃ。」
「そこはまぁ、霊媒師ですからね。」
水無瀬さんは眼鏡を掛け直してから、話を続ける。
「今私には、藍口さんの周りにその呪いが渦巻いているのが見えています。」
「えぇ……。」
その呪いを放った人物こそが――ユラだと言う。
ユラは幼少期から俺と仲が良く、小、中と同じ時間を過ごしてきた。
そして同じくして、小・中と、俺にはユラ以外の友達が出来なかった。
例えば、俺がクラスメイトのAさんに話しかけたとしよう。
その時は普通に接されるのだが、そのやりとりが終わると――。
「まるで俺の事が見えないみたいな感じになるんです。」
存在感が比喩でも何でもなく、まるまる消えているのだ。
そこに居ることは分かっているが、気を向けて探さなくては見ることができない。
しかも、その気を向けることすらできなくなる。
人として、集団の1人としては扱われるが、それだけ。
誰も俺が居ることに気づかない。
それなのに、ユラは俺の事を良くも悪くも認識した。
「……確かにそれなら、呪いを放ったのがユラってことで、辻褄が合いますね。」
「ですよね。」
「でも……独占欲って、どういうことですか。」
正直、何となく俺の『存在感』については思うところがあった。……お前が内向的だからだろう、と言われてしまえばそこまでなのだが。
「どういうことって……そういうことでしょう。」
揺綺さんはきっと、藍口さんのことが大好きなんですよ。
「だからきっと、誰にも取られたくない、独り占めしたい、って思ったのでは。」
「それで、独占欲からの呪い、と……。」
……いや待てよ。納得できる訳無いだろこれ。
「水無瀬さん、俺とユラはかれこれ10年ちょっと一緒に居ます。」
「えぇ。さっき聞きましたよ、それ。神社で。」
「それなのに、今までそういう素振りは一切ありませんでしたよ。」
「それは単に、あなたが鈍いだけの話では。」
「……そう言われてしまうと終わりですね。」
俺は溜め息をつく。それと同時に、ずきりとした痛みを頭に感じた。
「……った。」
「え、――大丈夫ですか藍口さん。」
「あ、えぇ。大丈夫です。」
ふと、飛んだ記憶の話を水無瀬さんにしていなかったことを思い出した。それはもう唐突に、何となく思い出したのだ。それを話そう、と口を開きかけた時に、携帯が鳴った。
「んあ、ちょっとすいません。」
「いえ、どうぞ。」
俺は画面に表示されたメールの件名を見て、――呻いた。
「あ――、うぁ、え、ぇ。」
「藍口、さん?」
水無瀬さんが心配そうに俺を見ている。が、反応できないまま呻き続ける。さっきよりも頭が痛い。割れてしまうんじゃないか、と思うぐらいの痛みに襲われる。
「……あ、いっ……。うぁ、あ……、あああああっ――。」
「――桐瑚っ!」
唐突に引き戻される。水無瀬さん――ではなく、ユラが俺の肩を掴んで、じっと俺を見ている。俺は頭を抱えながら呆けた表情になっているはずだ。
「あ、れ?」
「しっかりしてよ……もう……。」
そう困った顔で笑うユラは、いつもと雰囲気が違った。――髪が短くなっている。
「え、あれ、何……。」
不意に自分が置かれている状況に戸惑う。そこは、俺の部屋ではなくなっていた。
ユラの実家の部屋だった。
俺は記憶の底からこの景色を引っ張りだす。ユラの髪が短い、場所がユラの実家、ということはこの時、俺とユラは中学生だ。――でも何で急に。
なぜ、あのタイミングで中学生の頃の夢なんか見ているんだ?
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