ロックオンされました

まきりい

ロックオンされました

 週末の仕事帰り、仲の良い同僚と行きつけのラーメン屋へと立ち寄った。

 昔ながらの中華料理店といった感じでオシャレな雰囲気とは程遠い、豪快さが際立っている店内だ。店員の「へいいらっしゃい!」と放つ声と雰囲気が、「おかえり!」と言ってくれているようで、ほっとさせられる。


 私と同僚の彼は、センスの良くない赤色のテーブル席に迎え合うようにして座っていた。私の目の前に座るそのイケメンは、間違いなく豪快にラーメンを食べている。


 それなのに、なぜだか美しい。


 彼だけ貴族みたいに空気感が違うから、この店に似合わないと毎回思ってしまう。そのくせラーメンを啜ってからの咀嚼の回数はたったの6回。そしてゴックン。そんなワイルドなところもギャップに悶えるポイントだ。


ㅤ彼の先祖を遡れば、どこかしらに貴族のDNAが混ざっているのかもしれない。そう思わせられるほどの高嶺の花みたいな存在。


 箸を持つ指の長さといったら、なんなの? と疑問を投げかけたくなるし、赤いテーブルの下で組まれた脚はムダに長いから、たまにコツコツと私の膝に当たったりして、ドキッとさせられる。

 腕の筋肉も程よくあって、肩のカーブ具合なんて絶妙な角度。それに首の胸鎖乳突筋なんて超セクシー。ラーメンを咀嚼後、ごくりと飲み込む度に上下する喉仏までが魅力的で、思わず拝みたくなるほどだ。


 ただのラーメン屋でラーメンを食べてるだけで絵になるんだから、私、一緒にいてもいいのかしらって思ってしまう。

 彼の食べてるラーメンだけが、高級ホテルの何かしらのオシャレな麺類に思えてしまうから不思議。

 私は目の前の彼に悟られないように、さり気なく見惚れながら、豪快に麺を啜った。


 彼の名は小笠原悠人。

 もう何年もつるんでいる、私のそばにいることが当たり前になっている同僚だ。この関係は、職場の同僚というだけではなくて、友人レベルなのかもしれない。でも私にとっては、友人という位置付けもしっくりとは来なかった。


 悠人とは職場での愚痴や悩みも相談し合うし、プライベートでも言いたいことを言える仲。休日だって一緒に遠出もしたりする。彼からすると私の存在は、同僚で友人で、そばにいて当たり前な存在らしい。


 なんなのその曖昧な関係。と不満に思いながらも、この関係が無くなるぐらいならこのままでもいいかなって、長い間そうやって彼の近くにいた。

 もしも悠人に彼女でもできた時、この関係も終わるのだと覚悟しながら、本当に言いたい気持ちは伝えられずに今に至る。


 ラーメンを食べてる途中で悠人のスマホが音を立てた。これはLINEの着信音だ。とたん私の視線はテーブルの上にある悠人のスマホに釘付けとなった。あの小娘からの着信に違いないと、女の直感が鋭く光る。


 気づけば私は、ラーメン片手に画面を凝視している悠人からスマホを奪い取り、大胆にも盗み見をしていた。


 やはり、あの小娘からの愛の告白だった。

 

「あらあらあらあらLINEで告白なのか~。そんな特級レベルの胸の内を伝えるのにLINEを使うのか~。メチャメチャかっる~い! 綿毛なの? ってなぐらいに軽すぎるわ~。あらあらあらあら随分とお手軽な世の中になったものよね~!!」

 

 嫌味を言いながら、悠人の前のテーブルに静かにスマホを返す。


 しばらく悠人は唖然としたような顔で、「あらあらあらあら……」と呟き続ける私を見ていたが、スマホを盗み見た私に怒ることもなくニンマリと笑みを浮かべた。

 

「奈美がそんなドヤラシイ女がするようなことをするとは意外だったよ」

 

「よかったわね。若くてかわいい子からそんなふうに思われてて。仕方ないからあなたの武勇伝でも聞いてあげましょうか。なんなら踊ってみなさいよ。ほら今すぐそこでどうぞ!」

 

 なぜだかこの口はベラベラと憎まれ口を叩いた。多分今の私の血圧は急上昇してると思う。変なテンションになってきて、踊れコールと手拍子まで出てくる始末……。

 私は、私の中の嫉妬というドロドロとしたものに吐き気を感じた。

 なりたくない自分へと、どんどんと染まっていく……。


「違ってたら悪いけど、もしかして奈美、妬いてるのか?」

 

 悠人のニヤニヤ顔が余計に腹立たしくさせた。


「そんなことないわよ!!」


 と言い放つ私の雰囲気は、そんなことありありに見えてもおかしくないだろう。


 悠人は自分のラーメンの器の中にあるチャーシューを箸でつまむと、


「まあまあ落ち着けって。俺のチャーシューやるからさ」


 私の塩ラーメンの中へと入れてきた。

 その余裕ぶっこいた感じにイライラして、私はテーブルの脇にあったお店オリジナルの激辛唐辛子を手に取った。


「ありがとう! お礼に私はこれをプレゼントするわ!!」


 彼の味噌ラーメンに思い切り振りかけてやった。

 

「なにすんだよ! 俺が辛いもの苦手だって知ってんだろ!? このイタズラはお仕置きレベルだぞ!」

 

 悠人は、「ハンムラビ法典!」と叫びながら、私の塩ラーメンに仕返しの激辛唐辛子を振りかけてきた。互いに「やめろ!」と言い合いながら掴み合って、一時休戦する。

 

「食べ物は残さず食べなきゃな」

「そうよね。残さず食べなきゃね」


ㅤ私たちは若者がするみたいな悪ノリをやめた。

 26にもなるいいオトナが他の客人の迷惑も考えずに騒ぎすぎてしまった事に反省する。私たちは声のトーンを落とした。


「早く食べなさいよ!」

「お前もな!」


 互いにビクビクとしながら激辛になったラーメンを食べてみた。


「辛っ!! こりゃあバナナで口直ししないと舌がやられるぞ!」

「なんでバナナなのよ! それを言うなら牛乳でしょうよ!?」


 そんなことを言いながら騒いでいるうち、また彼のスマホが音を立てた。悠人はスマホ画面を見るなり嘘のように真顔になった。慌てて激辛のラーメンを完食させる。


「かっら…!! バナナ買わなきゃな?」


 そう呟いて、グラスの水を勢い良く飲み干した。


「なんでそんな急ぐのよ? 唇真っ赤よ?」

「…ごめん。ちょっと用ができたから先行くな?」

 

 またな。と言って、悠人は私を一人残し、ラーメン屋を出ていってしまった。


 LINEで告白って何?

ㅤ信じられない。

ㅤ私が長年言えずにいた告白を、そんな簡単にLINEで済ませるだなんて、そんなのアリなの?


 新入社員の小娘は、最近彼氏と別れたらしく、悠人にターゲットを絞っていたようだ。

 女子社員からの憧れの的である悠人は、求愛される事に慣れているとは言っても、あんなにも若くて可愛いすぎる女の子に肉食的に言い寄ってこられたら、そりゃあさぞかし気分が良いだろう。たまに自慢するように話してくる彼を見ると、どついてやりたくなる。そういう自慢話は聞くとイライラしてしまうから、颯爽とその場を離れることにしていた。でも今日は、悠人の方から呆気なく去っていった。

 

 若くて可愛い女子社員にロックオンされた悠人は、とても優しかった。小娘からの食事の誘い、飲みの誘い、そこからのわざとらしい相談事。アホかと思うほどに真剣に乗ってあげているのを知っている。


 バカがつくほどのお人好しなのだ。


 悠人は誰にでも優しい。

 だから私にも、同じようにそうなんだ。

 もしかすると、彼女に対しては特別なのかもしれない。特別だから、今のLINEでそそくさと激辛ラーメンを完食させ、私を残して去っていったんだ。


 これから愛の告白に対してサシで会ってOKして、今夜から交際スタートと言った流れになるんだろう。という事は、私が日々無くしたくないと大切にしてきた、この曖昧な関係も終わりを迎える事になる。肉食系のあの女のことだから、たぶん、今夜はきっと……。


「あーっ!! なんて破廉恥な!!」


ㅤ私は人目も憚らず髪の毛をぐちゃぐちゃに掻き乱し叫んだ。酒なんて飲んでないのにこれじゃあ酔っ払い扱いにされても仕方ない。人からどう思われようがどうでもいい。笑ってくれこの私を!!


ㅤイライラした。

ㅤこのドロドロとした黒くて重い闇にのまれてしまいそう。こんな負の感情には、もっと強烈な刺激を与えて薄れさせてしまえばいい。だから私は、激辛になったラーメンをダイソンの掃除機のように激しくすすった。


 辛すぎて派手にムセて泣けてきた。

 汚らしく鼻水までが出てくる始末。

 他のお客の視線なんてどうでもいいし、見たけりゃ勝手に見て笑えばいい。

ㅤ私はバナナになりたいと思った。

ㅤなんの感情も持たない、彼の大好物のバナナに。



 それから悶々とした休日を送った。

ㅤスマホをoffにして、アパートからは一歩も外には出なかった。

ㅤ夜中になって、さすがに息苦しくて掃き出しの窓を開け放った。外から入り込む風は意外に涼しく、冷房を付けて寝るよりも心地良く感じられた。

ㅤベッドに横になると、知らぬ間に眠りの世界へと落ちていった……。

 


 雨の音がする。

 夢と現実の狭間に聞こえるどしゃ降りの雨音。耳に心地が良い。夜中なのか早朝なのか、よく分からない時の中、目を開けられずに耳だけが雨を感じている。開け放たれた窓からは、強くて冷たい風が吹き込んできた。


 その冷たい風から逃げたくて、起き上がって窓を閉めたいと思うけど身体がビクとも動かない。疲れたときに起きる金縛り現象だ。

ㅤ風に晒された身体はどんどんと冷たくなっていく……。

ㅤこのままじゃ凍死するかも、起きなきゃ……。

ㅤこんなにも冷たくなっていく身体にいつまでもいられるものかと、強引に起き上がってみた。


「……え!?」


 そうしたら、動かない身体はそのままに、中身がバナナの実のようにずるむけた感じで離れてしまったのだ。


ㅤこれが世にいう幽体離脱っていうの!?


ㅤバナナで例えると、皮の部分が私の身体で、実の部分が透明人間の私。その空っぽになった皮がベッドに横たわって眠っている状態だ。

ㅤ夢なの? ......まあいいか。

ㅤ私はずるむけついでに自分の身体から離れてベッドから立ち上がった。

 

 私って、こんなにもオモシロイ顔をして寝ているんだと、そんな悲しい現実を突き付けられた。

 我ながら私の寝顔って特級レベルのアホ面だったから、ひどく絶望した。


『奈美っておもろい顔して寝るんだな?』


 いつだったか悠人にそう言われたことがある。

 私の誕生日に、料理好きの悠人が私のアパートへと来て手作り料理を作ってくれた時のことだ。


 一緒にお酒を飲んで、飲みすぎた私は酔いつぶれて朝まで眠ってしまった。

 翌朝しじみの味噌汁を作って差し出してきた悠人は、思い出し笑いをしながら言ったのだ。


『奈美の寝顔は千年の恋も覚めるほどの変顔だな。起きてる時はすっげー美人なのになんでだよ? 俺、腹がよじれるぐらい笑わせてもらったぜ?』


 とてもショックだったけど、私には開き直るしか道がなかった。


 悠人は世でいうイケメンだ。

ㅤそれは誰しもが高確率で認定するほどのレベルのもの。彼の寝顔はいつでもどの角度から見ても文句の付けようがない。そんな無防備な時ですら完璧なのだ。


『わるかったわね。でも寝ているんだから記憶がないの。仕方ないじゃない』


『うん。そうだよな。でもさ、もしもこの先、奈美とキミのファンとでお泊まりデートだとかさ、そんな事態が起きた時、相手方はすごく驚くだろうから気をつけた方がいい。絶対にあんな変顔は見せない方がいいし、そんな事態は避けるべきだ。奈美の寝顔は、俺ぐらいの心の広い人間しか受け入れられないと思うぜ?』

 

 悠人はケラケラと笑ってそんな失礼な事を言った。

 そんな豪快な笑い声を発しながらも、悠人は完璧な美しさを保ったままだった。美しく生え揃った歯までもが完璧な白さで光っている。なんなんだコイツの美貌は……と不愉快になった。私はそんな悠人にグーパンとケリを入れたのだった。


 ……あの時の悠人は、私のこの顔面を見ていたんだと再確認し、ひどく絶望した。

ㅤベッドに横たわり、大口を開けてアホ面をして眠っている私は、とても寒そうだ。

 アホ面をしているくせに、ひどく顔色が悪い。

 自分でさえも本当に生きているのかと心配になってしまうほどだ。


 実の部分の私は寒くも何とも感じなかった。できれば眠っている皮の私のために窓ガラスを閉めてあげたいけど、実の私にはそれができなかった。


 部屋の中をあっちへ行ったりこっちへ来たりと自由に動き回れるし、なんなら空も飛べそうだ。どこか遠くへ飛んで行きたいとも思ったけど、ベッドに寒そうに眠る皮の部分の私を見ると、放ってはおけなくなった。あれほど悠人が好きなバナナになりたいと願ったから、こんな変な夢を見てしまったのかもしれない。


「おい! 奈美! 大丈夫か!?」

 

 危機迫った声が聞こえてきて、窓の外に視線をやった。


『え? 嘘でしょ!?』


 ウチのベランダによじ登りながら悠人が必死に叫んでいる。


 やっぱこれって夢よね!?


 ベランダに降り立った彼は、開け放たれた掃き出しの窓から土足で不法侵入をしてきた。

 その手にぶら下げられたコンビニの袋には、彼の大好物のバナナがいくつか入っている。その袋を乱暴に床に置くなり、ベッドに横たわる私へと土足で駆け寄って行った。

 

「おい!大丈夫か!? 起きろ! バナナ買ってきたぞ! すぐに起きろ!」


『なんでそんな所から入ってきたの!? 靴靴!!』

 

 という私の声は、声にはならない。

 ここはアパートの2階だ。

 彼の身体能力が高いのは知っているけど、この雨の中、コンクリートの外壁をよじ登ってくるなんて普通じゃない。しかもバナナ入りの買い物袋まで持参してるなんて、どうやったらそんな芸当できるの。スパイダーマンじゃあるまいし、もしも滑って落ちたりしたらと思うとゾッとした。

 

「ここはセキュリティがなってないな。2階だからって窓を開けて寝るのは危険だぞ。昨日から電話かけても全然出ないし、インターホン押しても出ないから、なんかあったのかって気が気じゃなかったんだからな! めちゃくちゃ心配したんだからな! おい目を開けろよ!」

 

 彼は、ずぶ濡れになって気の立った野良犬のように怒り喚いた。

 そんな時に不謹慎だけど、水も滴るイイ男だな~と、見惚れてしまった。


 いつも『見惚れる』という行為を堂々と出来ないでいたから、今がチャンスだと、悠人のありとあらゆる角度からその魅力的なイケメンっぷりを観察した。


 ああ、カンペキな容姿。

ㅤ裸体を絵に描きたい気分。

ㅤほら私、一応美大出身だから、綺麗な造形のものを見ると、どうにも創作意欲が掻き立てられてしまって……。


「奈美! 奈美! しっかりしろ!」


 そんな妄想にふけっている間も、悠人は必死で私の身体を揺り動かしている。

 目を覚ませと言われても、私の中身は彼の後ろにいるから難しい。

 

『ここよ、ここにいる。戻れないのよ!』

 

 大声で言って彼の肩をバシバシと叩くけど、この手は彼の身体を貫通するだけで少しも叩けない。


 困った……。


 悠人は私の皮の部分に寄り添い、空っぽになった私の額に手を当てている。脈を測ったり、口元に耳を当てて呼吸を確認したり。

 

「生きてるよな? …ってか、なんなんだよそのオモロい寝顔は! …まさか寝たフリか!? またイタズラかよ!? だったらタチが悪いぞおい!」

 

 悠人は動揺した様子で、私のアホ面の寝顔を事細かに観察している。そんなに毛穴が確認できるほど近づかないで欲しいと拒否したくても、私の身体は何一つできない無防備なままだ。


「これ以上タヌキ寝入り続けるならこのチチ揉むぞ! いいのか!? 揉むぞ!」


 新しいタイプのゲスい脅しね……。

ㅤここに心臓なんて無いはずなのに胸がドキドキするじゃない。

 

「おい! いい加減にしないと俺の好きにするぞ! いいのか!?」


 私は悠人の尻にケリを入れた。

 すり抜けて全然効かない。

 

『寝たフリだったらもっと可愛い顔で寝てるわよ!』

 

 私は、彼に寄り添われてアホ面で眠っている私を、もっとマシな顔で寝てろと叩き起してやりたくなった。特級レベルのアホ面で眠っている私に、とても近すぎる彼を第三者の目線で見ていると、恥ずかしくて仕方がなくなった。

 もうこれ以上みっともない私を近くで見ないで欲しいと、実の私は皮の私を隠すように覆いかぶさった。


「なあ起きろよ! 冗談やめろよ!」


 悠人は私の両肩を揺らして必死に叫んでいる。

 なんとなく、いつもの悠人のにおいがした……。

 男っぽい、身を委ねたくなる、フェロモン爆発してるんじゃないのっていう、病みつきになるそのにおいが、私の鼻腔を刺激する……。

 悠人のバリトン並の低くて心地良い声が、私の鼓膜を震わせてきて……。

 私はようやく、その彼の手の温もりを感じることが出来たのだった。


 私はゆっくりと目を開けた……。

ㅤ涙目の悠人が、私を見ていた。


 王子様…? と呟きそうになって、すんでのところで飲み込む。

「…死ぬかと思った」

「アホか! こっちが死ぬ思いだったぞ! マジで心配かけんなよ! 俺を心配させたことに謝れ! 心から謝れ!」

 

 彼は、横になっている私に覆いかぶさったまま、パーソナルスペースなんて存在しないかのように私から離れない。


「悠人が勝手に心配して不法侵入。危ないじゃない。なんでそこまでしてここに来たのよ? それに、靴、靴、ウチは土禁なの!」


 悠人は履いていた靴を脱ぎ捨てながら叫んだ。

 

「心配すぎたんだよ! 全く連絡取れないなんて初めてだったろ!? 奈美が好きだから心配だったんだ。心配ぐらいさせてくれたっていいだろうが!!」

 

 今、私が好きだと言った?

 夢? それともドッキリ?

 

「…えーっと、ごめん。…寝起きで全然、少しも聞こえなかった。私のことがなんだって?」

 

 もう一度聞きたくて、すっとぼけてアンコールしてみた。これが本当なら100回でも1000回でも聞いてみたい。

 彼はシラケたような目をすると、ベッドの上の私に馬乗りになってきた。

 

「好きだ! めちゃくちゃ好きだ! ずっと前から恋愛感情としてお前が好きだ! 俺はお前にしか興味がない! どうだ聞こえたか!? 俺はマジで言ってんだぞ!」


 私の両腕を強く掴んで、半ば乱暴にも取れる激しい告白をしてきた。

ㅤよくある胸キュンエピソードの壁ドンどころか、ベッドでドン! だ。略してベッドン! これニュータイプ。…て、そんな冗談でも心の中で呟かなければ私は昇天して気絶してしまいそうで……。


「わ、わかった。わかったから!」


 圧倒された私はコクコクと何度も頷いた。


「……で、奈美はどうなのさ? 奈美のターンだぞ!」

 

 彼は若干顔を赤らめながら、ヤケになったように催促してきた。


 私のターン? どうしよう。

 

 真っ直ぐと見つめてくる悠人の顔を直視できなくて、少し視線を外した。なんでコイツ無駄にイケメンなの? って文句が言いたくなる。

 

「……好きに決まってるじゃない。しかもずっと前からよ。悠人って鈍感のバカ。……最近では、あなたの好物のバナナでもいいからなりたいと願ってたわよ」

 

「…なんだよそれ。奈美がバナナだと色々と困る。そのままがいい」

 

 彼は安堵したように表情を緩めた。

ㅤ無駄に私の頬に手のひらで触れてくる。


 そういえば私は今ノーメイク。

 ヤバい! 近い! 毛穴見ないで!

 爆発的に鼓動が早くなる。

 この雰囲気をぶち壊したくて、ニヤける悠人の頬を思い切り抓って捻ってやった。

 

「いってぇー! 何すんだよコラァー!」

 

 悠人は痛みに叫び、私の手を振り払った。

 

「アンタがドヤラシイ顔するからお仕置きよ!!」

「……まったく。そういう憎ったらしいところが、さらにね……」

 

 ガシッと強く両頬を手のひらで挟まれた。

 彼の肘は私の両腕を不自由にさせる。

 さらにその長い両足で私の身体をホールドしてきて、完全に身動きが取れなくなった。


「ロックオン!!」


 まいったか! と、悠人はイタズラっぽく微笑んだ。

 ドキドキと胸が高鳴りだす。

 冷えきっていたはずの身体は一気に熱くなった。

 悠人の濡れた前髪からは、雨の雫が私の額へと零れ落ちてくる。

 悠人にロックオンされた私の顔は、きっと不細工に歪んでいるはず。今、強制的にみっともなくタコの口にさせられてるに違いない。


 なんて辱め……!!


 ロックオンされた私は、悠人から少しも目が離せなくなった。そんなに強く挟んで変な顔にさせないでよって文句言いたいのに、言葉が出てこない。


 シン…と、周りの空気が静まり返る。


 雨音も聞こえなくなって、二人の鼓動しか分からなくなる。頭は真っ白というべきか、お花畑というべきか……。悠人の、私の頬を挟む手のひらの力が優しくなった。大切なものに触れるかのように、私の額に落ちた雨の雫を拭ってくれる。


「憎ったらしいぐらい好きだよ」


 真顔でそう呟いた。

 近すぎる彼の瞳には、間違いなく私が映っていて……。

 

「私の方が好きよ!」

「俺の方が好きだって!」


 それから、だんだんと彼の顔が近づいてくるものだから、動揺して叫んだ。


「私の方が好きだって言ってんじゃない!」

「俺の方が好きだって!」

「わ、わたし!」

「……黙ってろ」

「わた……」


 私の唇は強制的に悠人の唇で塞がれてしまって、もう何も言えなくなった。

 

 

 

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ロックオンされました まきりい @makirii3

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