第7話 崩れゆく聖域

テレビ局の重厚なエントランスには、いつもと変わらぬ日常の風景が広がっているかのようだった。しかし、その内部は違っていた。番組制作の過度な演出の事実が、内部からも次々と暴露され、局の中では不穏な空気が渦巻いていた。小林健太と山田瑞希は、新たに入手した証拠を携え、局長会議に向かっていた。善意の皮を被った偽りの舞台が崩れ去る瞬間が、今、迫ろうとしていた。


小林は会議室のドアを開けると、そこには険しい表情の幹部たちが待ち構えていた。制作局長・小野寺は、冷ややかな視線を小林に向ける。「君はまた何を暴こうというのか?」その言葉に、小林は一瞬も怯むことなく証拠の資料を机に叩きつけた。「これは、番組制作における過度な演出の実態です。視聴者に感動を与えるために、子供たちに台本を渡し、タレントの涙を演出し、善意を偽りの形で利用してきた。それが、我々がやってきたことです!」


会議室の空気が一瞬凍りつく。幹部たちの顔色が変わり、小野寺の目が細まる。「君の言うことが全て事実だとでも?これはテレビというものの常套手段だ。感動を生むための演出は、視聴者が求めているものだ。」小野寺の声は冷静だが、その言葉には不気味な開き直りが含まれていた。小林は声を荒らげた。「感動を作ることと、偽りの演出で善意を操作することは、全く違う!我々は、人々の心を欺いてきたんだ!」


山田が続けて証拠の内容を説明し始める。「こちらは、元スタッフたちの証言です。彼らは、番組内の多くの場面が事前に仕込まれたものであり、視聴者を騙すための演出が行われていたと語っています。特に、闘病中の子供たちに対するインタビューが台本で構成されていた事実は、明らかに倫理を逸脱しています。」その言葉に、幹部たちの表情は次第に厳しさを増し、何人かは目を伏せた。


会議室の中で、ひそひそと交わされる幹部たちの会話。彼らは、これ以上のスキャンダルが公になることのリスクを知っていた。小野寺は小林に近づき、低い声で言った。「このまま黙っていれば、お前の将来も守られる。今さら全てを暴いたところで、何が変わる?世間はすぐに忘れるものだ。」その言葉に、小林の心には怒りと悲しみが渦巻いた。これが、現実だった。真実を覆い隠し、メディアの影で偽善を続ける者たちの冷酷な現実。


しかし、小林は決意を固めた。自分がこの現実に屈すれば、偽りの聖域が守られ続け、真実は永遠に闇の中に葬られる。「私は、これ以上この偽りの舞台に加担することはできません。善意を利用し、人々を欺くことを正当化することは、決して許されないんです!」彼の声が会議室に響き渡り、重苦しい沈黙が訪れる。小野寺の顔には怒りの色が浮かび、幹部たちは一斉にざわめき始めた。


その時、会議室のドアが開き、一人の男が現れた。かつての番組プロデューサー・高橋だ。彼は重い表情を浮かべ、小林の前に立つ。「小林君、私も真実を話す時が来たと思う。」高橋は震える声で、自らが関わってきた番組制作の過度な演出について告白し始めた。過去に放送された感動的なシーンの多くが、事前に計画されたものであり、視聴者の感情を操作するために徹底的な演出が行われていたことを、涙ながらに語った。


「我々は、視聴者の涙を金に変えていた……それが、チャリティー番組の実態だったんです。」その告白は、会議室の中に重く響き、幹部たちの沈黙は罪の重さを物語っていた。小野寺は口を開くことができず、会議室の中には、崩れゆく偽りの聖域の音が響き渡っていた。

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