大凶勇者帰還~現世で魔王討伐~

神楽耶 夏輝

序章 帰還

第1話 魔王討伐!

「これで止めだ!」


 ここは異世界。魔王城の頂上である。

 まるで闇を具現化したかのような漆黒しっこくよろいをまとった魔王クロノスは、空洞にも見えるかぶとの向こうから笑っているように見えた。

 俺は満身創痍まんしんそうい

 傷だらけの体で最後の力を振り絞り、身の丈ほどもある神影しんえいの剣を振りかぶる。

 およそ5メートルの上空から、ヤツの脳天目がけて振り下ろした。

 ズザザザザザザザーーーーーという砂が崩れるような音と共に、神影の剣がクロノスの兜に突き刺さり、闇が悲鳴を上げたかのように空間が軋んだ。

 その瞬間、魔王はちりとなって、宇宙に霧散した。

 と同時に、血を吹き出していた俺の体中の傷がゆっくりと癒えていく。

 痛みも徐々に和らいだ。


「案外、大した事なかったな」


 ここに来るまで、3年。

 道中で闘ったモンスターの方がよほど手ごわかった気がする。


 ――アリア、パリピ社長、凛。みんなの無念は、約束通り俺が果たしたぞ!


「こんなもんか」


 まるで砂の城を崩したような手応えしか得られなかった右手を見て、俺は一人ごちた。

 随分と強くなったんだなぁ。


「聖剣の勇者、矢羽やば伊吹いぶきよ――」


 背後から、俺の名を呼ぶ声に振り返ると、神々しい光に包まれた女神が立っていた。金髪碧眼に陶器のようなつるんとした肌。

 透け透けの今にも透けそうで透けない、スケベそうなノースリーブのワンピースに包まれて――。


 俺を、ここへ召喚したヤツだ。


「よくぞ魔王を倒してくれました。ありがとう。心から感謝します」

「あ、どうも。久しぶりですね。3年ぶり?」


「はい、お久しぶりですね。会いたかっ……あ、いえ」


 会いたかったって言おうとした?


「コホン、魔王は滅びました。この世界にも、ようやく平和と四季が訪れます」


 長い長い冬が終わるってわけだ。


「俺は、もう帰っていいんすよね? 帰してもらえるんすよね?」


「はい、約束通り元の世界に、えっと……地球の、日本……でしたよね?」


「え? そうだけど」


「にせんにじゅう……えっと」

 人差し指を立てて指揮者のようにくうをなぞる女神。

 にわかに心配になる。大丈夫か? この女神。


「2024年11月29日です」


「大丈夫大丈夫!! えっと……うん、えっと、そうそう、おうえ、オーケーオーケー」


「何なに? そうそう、とか、オーケーオーケーとか」


 2回続けて言う時は、大体怪しいんだよ。

 しかも、おうえって一回噛んだよね?


「いや、なんでもないない! 大丈夫大丈夫。では、早速。おっとその前に、何か質問はありますか?」


「ああ、んっと、元の世界に戻ったら、記憶ってどうなります? この世界の事、忘れちゃったりするんですか?」


「いいえ、記憶は残り続けます。わたくしの記憶も残り続けて、いつまでもあなた様の胸の中に居座るのです」

 と、両手を股の間に挟んで肩をすくめ、体を左右に揺らした。


「え? 居座る? まぁ、いいや。そっか。ならよかった。一緒に闘ってた仲間達とも会える可能性あるんですよね?」


 探索者のアリア。ドワーフの凛。僧侶のパリピ社長。個性豊かで頼もしい仲間達だったが、戦いの途中でモンスターにやられて死んでしまった。

 つまり元の世界に、一足先に戻ったというわけだ。


「その通りです。個人情報の観点から詳しい居住地などはお教えできませんが」


「まぁ、別にいいっすよ。元の世界に戻ればネットとかSNSとか便利な物があるので」

 きっと、すぐに会える。


「他にありませんか?」


「あと、それと、スキルってどうなります?」


 ここへ召喚された時、もらうはずだったスキルに俺は興奮した。


『そなたには、ウルティマを授けましょう。ウルティマは、敵の攻撃を無効化し、戦局を一瞬で覆す究極の破壊力を持つスキル』


『すげー、最強! そんなのあったら、魔王一撃じゃん』


 と喜んだのも束の間。


 実際に与えられたスキルは『歌うま』だった。

 ウルティマと歌うま。間違えるか? 普通。

 この女神がポンコツ過ぎるのか? それとも、俺の運の悪さが災いしてるのか?


 与えられたスキルが『歌うま』だった俺は、パリピ社長にバカにされ、それはそれは悔しい思いをしたのだ。 

『伊吹く~ん、歌うまでどうやって魔王倒すの? ねぇねぇ、教えて~、魔王とラップバトルでもするんですかぁ~? ねぇねぇ教えて教えて~~』

 と、銀髪をゆさゆさ振りながら、嬉しそうに煽ってきやがった。

 

 結局、戦闘では一回も使わずに終わったな。使いようがないからね。

 戦闘を繰り返すうちに、いろんなスキルを獲得し、強くなっていったわけだけど。


「は! スキルといえば! 魔王を倒した謝礼として、地球上で使う事ができるスキルを一つ授けます。どんなスキルがいいですか?」


「うーん、そうだな。今のスキルはどうなります? 俺の聖剣は時間断絶すら出来る程レベルアップしたんですけど」


「それは……運になりますね」


「運かー」

 運という言葉が、俺は嫌いだ。


「はい、個人差になります。そのまま残って使えるケースもあれば、喪失するケースも。環境に応じてはカンストするケースもありますし、逆に弱くなって残り続ける事もあります」


「俺は、どうなるんでしょうか?」


「さぁ?」


「さぁって……」


「そこはまぁ……運ゲーなので」


「運ゲーね。まぁ、いっか」


 歌うまとかいらねぇし。

 元の世界に戻ったら、もう戦闘なんてしなくていいし、何かあったとしてもこのバッキバッキに鍛えられた体があれば、さほど困らないだろうし、むしろ地球上では持て余すほどだろうしなぁ。


 俺はふと、召喚される直前の事を思い出していた。忌々しいあの出来事を。

 もう3年も経つのに、未だ鮮明に脳内に残り続けている。


 当時高2だった(今でも戻ればそうなるんだが)俺には恋人と呼べる女がいた。学校で一番可愛くて、人気者。名前は安藤浮羽ふわ

 同じクラスになり、席が隣同士になり、いつの間にか交わす会話も熱を帯びて――。


『伊吹が好き! 世界で一番伊吹が大好き』

『俺も浮羽が好き! 浮羽のためなら死ねる!』


 それなのに、あの日、俺は見てしまったんだ。


 同じクラスの北条篤弘と、彼女がラブホに入る所を。

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