紅茶に捧げた情熱:午後の紅茶と彼女の物語

湊 町(みなと まち)

第1話 その一杯にかける想い

オフィスの窓辺にひっそりと佇む「午後の紅茶」。曇ったラベルの向こうに見える淡い紅茶の色が、石川由美の心にふっと懐かしい記憶を呼び起こす。学生時代、紅茶専門店でバイトをしていたあの頃の気持ち。それは、甘酸っぱい青春の香りと同じくらい、彼女にとって特別なものだった。


「そうだ。あの紅茶のすべてを伝えたい!」

今日こそ、彼女は決意していた。


会議室の扉を勢いよく開けた由美。資料を両手に持ち、周囲の視線が自分に集まるのを感じた瞬間、心臓がドクンと跳ねる。「午後の紅茶を研究書籍として作りたいんです!」そう叫んだ瞬間、時が止まったかのように静寂が訪れた。


上司の高田誠が眉間にしわを寄せたまま、じっと由美を見つめる。まるで冷えた紅茶のように鋭い視線。由美は思わずゴクリと唾を飲み込む。しかし、彼女の瞳の中にある輝きは消えなかった。


「利益に繋がらないことに、時間を割く余裕はない。」

高田の言葉が、部屋中に冷たい響きを残す。由美の提案を一蹴するようなその言葉は、マーケティング部の掟のようだった。無言でうつむく同僚たちの目は、由美に向けられることはなく、ただパソコンの画面を見つめているだけだった。


だが、由美は負けない。彼女の心にあるのは、ただ一杯の紅茶が持つ力への信頼と愛情。「午後の紅茶」は、ただの飲み物ではない。そこには、開発者の想い、消費者の喜び、そして多くの物語が詰まっている。「それを伝えたい」と彼女の心は叫んでいた。


「私は…」由美は小さな声で言葉を紡ぐ。「私は、午後の紅茶がもたらす幸せを、もっとたくさんの人に知ってもらいたいんです。利益に直結しなくても、この紅茶が持つ物語は価値があると信じています!」


その瞬間、部屋の空気が一瞬揺れたように感じた。高田は一瞬だけ視線をそらし、ため息をつく。「石川、情熱だけじゃ現実は変わらない。だが、その情熱を無駄にするなよ。」彼の声には、わずかに柔らかなトーンが混じっていた。


会議が終わり、誰もが立ち去る中、由美は窓際に歩み寄った。手を伸ばし、「午後の紅茶」のボトルを手に取る。冷たいボトルの感触が、彼女の心の奥に新たな炎を灯す。「私はあきらめない。絶対に、この紅茶の物語を世に伝えるんだから!」


彼女は、心の中で密かに笑った。だって、彼女の戦いはまだ始まったばかり。紅茶の物語は、今ここから動き出すのだ。彼女の情熱とともに――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る