第二十話 ……少し、タバコの匂いがした
色々あった金曜日が終わって。
今日は土曜日である。
今は陽が登る少し前。スマホを見ると、朝の四時を指している。
俺は学校の屋上で、タバコを吸っていた。
初めてこんな時間にここに来て一服しているが、中々だ。
四階建てのそこまで高くはない校舎であるが、パノラマで景色を見渡せるのは気分が良かった。
夜明け前の涼やかな静寂もまた、風情ってもんがある。
微糖の缶コーヒーに一口つけて、すかさず煙を吸い込む。
悪くねえな。
昨日の今日だ。まだ怪我は全然治っていない。
両指は消毒と包帯だけしてもらっている。色んな骨が砕けたり皮膚を突き破っていた左腕は、最低限処置をしてもらってからギプスをつけて終わり。後は放っておけば休み明けには治る。
痛みは続いているが、動かしづらい程度で日常生活なら今でも問題ない。
主治医はひたすら文句を言っていたが、早々に抜け出させてもらった。
後は一旦家に戻って替えの制服に着替え直してから、少しだけ休んでここに向かったのだ。
まだ本調子からほど遠い。
それでも今日この時間から、学校の屋上にいることは俺にとって重要な意味がある。
何もなければいい。ただそうだとしても今日一日はここにいるつもりだった。
テスト期間だし、来るとしても教師くらいだろう。いつもお疲れ様です。
とはいえ、俺の予想が正しければ————
————来た。
屋上に繋がる階段を上がる音。
思えば、あれからまだ二週間ちょっとか。
もっと時間が経った気になっていた。それくらい日々が濃密だったということだろう。
あの時も、俺は屋上でタバコを吸っていた。
階段を上がり終えたのか、足音が一瞬止まり。
屋上に繋がる扉を、開く音がした。
「…………え?」
間の抜けた声。
全く予想外のものを目にして、思考が止まったのか。
振り向いて見えた彼女の驚いた顔は、いつもよりずっと幼く見えた。
俺は柵に背中をもたれさせ。
扉の前で立ち尽くす天上さんと、十メートルほどの距離を置いて向かい合う。
「…………如月、くん?」
「おう、おはよう」
「……どうして」
「天上さんが来ると思ったからさ」
言って、缶コーヒーを飲み干し、そこに吸い殻を入れた。
天上さんはまだ驚きから抜け出せていないようだった。
そりゃあ、誰にも言ってないはずなのに先客がいたら驚くか。
事務所で着替えたのか、今日の天上さんは制服ではなかった。
身の着のままで飛び出してきたのか、紺一色の薄手のジャージ姿だ。
見覚えはある。事務所に常備してある着替えだ。
まぁ、そうだろうと思う。きっと瑠美さんもスズネさんも事務所に泊まっただろうから、彼女らに気づかれないようにするために着替える余裕もなかったはずだ。
では、どうしてそこまでしてここへ来たのか。
それは————
「死ぬつもりだろ」
「……ッ!!」
息を呑んだ反応は、明らかに図星とわかるもの。
やはり…………そうか。
天上さんは今日、ここで。
屋上から身を投げ出して死ぬつもりだったのだ。
「……………………、」
空が白み始めている。雲一つない快晴。
日が昇れば茹だるようになるだろう熱気は、今は鳴りを潜めている。
きっと、死ぬにはいい日なのかもしれなかった。
「……………………………………なんで、わかったの?」
長い、沈黙の後に。
天上さんは俺の言葉を婉曲に認める。
機械音声よりもずっと、感情のない声で。
「そうだな……」
言葉はまとまっていた。考える時間は山ほどあった。
だけどそれを口に出すのは、少し勇気が必要だった。
「……前に話しただろ。心葉を…………妹を、俺がこの手で殺したこと」
天上さんが控えめに頷いたのが見えた。
思い出すのは、自身の最も深いところに刻まれた、決して消えることのない罪。
震えそうになる手を押し殺して、俺は平坦な声で続ける。
「俺、へったくそでさぁ。手が震えまくって、うまく心臓にナイフ突き立てらんなくて。たぶん、すげえ痛かったと思うんだよ」
涙で何も見えなくて、心がぐちゃぐちゃになって身体から抜け落ちていくようで、あの時の記憶は情景としてはっきりしているわけではない。
だけど、一つだけ。
間違いなく、覚えていることがあって。
「…………でもな。心葉、笑ってたんだ。……何でだと思う?」
「……ようやく死ねると、思ったから?」
俺は首を横に振った。
的外れもいいところだった。
「『よかった、これでもうお兄ちゃんに迷惑かけなくていい』…………そう言ったんだよ」
「…………!」
「一度たりとも、迷惑だと思ったことなかったんだけどな」
空を見上げてみても、星が映るだけ。
このだだっ広い、無窮の果てまであるこの宇宙のどこにも、心葉はいない。
それでも死者を想うとき、つい空を見上げてしまうのは、ここではないどこかを探してしまうからなのだろう。
俺は、心葉のことを負担だと思ったことはなかった。
それでも心葉からすれば、きっとそうじゃなかったのだ。
どこかで積み重なって負担になって、溜め込んでしまっていた。
「天上さんも同じかもしれないと、そう思った」
一度は自死を選ぼうとした人だ。
人間、何事も二度目以降のハードルは低くなる。それでも時間をかけるほどに衝動は弱まっていくから、もし決行するとしたら今日だと確信していた。
誰も来なければいいと、俺の思い過ごしであればいいと、そう思っていた。
明日になるまでここで待ちぼうけして、月曜になったらこの日のことは秘密にして、また天上さんに勉強を教わる日々に戻れればいいと、そう思っていた。
「…………考え直すことは、できないか」
それは懇願だったのか、確認だったのか。
口にした俺でさえわからなかった。
「…………無理、だよ……!」
「……、」
「……だって、ぜんぶ、ぜんぶ、わたしのせいだ……! 如月くんが危ない目に遭ったのも、怪我したことも、如月くんの事務所の人に迷惑をかけたのも…………!!」
悲しみの感情が決壊したかように。
天上さんから悲痛な叫びが、あふれる。
俺はそれを、見ているしかできない。
胸に怪我はしていないはずなのに、ひどく痛い。胸の内側が軋み上げるように、痛い。
「……あの人らの目的は、わたし。わたしが死ねば、如月くんたちを狙う理由はなくなる……!」
「…………だから、天上さんが死ぬ……と?」
「……きっと、あの人らはこれからも如月くんたちを狙う。わたしのせいで危ない目に遭うだけでもいやなのに、もしそれで如月くんが死んじゃったら…………っ」
天上さんは髪を振り乱しながら、血を吐くように言った。
「……そんなの、耐えられない……っ!!」
「…………そっか」
本当に優しい人なんだな。
だから、こんなに自分を責めちゃうんだな。
俺が何を言っても説得するのは無理だ。
仮に今日を凌いだとしても、俺に危険が降りかかるたび、彼女はこうして死のうとしてしまうだろう。
「……わかった」
それが、よくわかった。
俯く天上さんに。
俺は。
「もう…………止めない」
道を譲った。
「……、」
既に意志は固いのか、足取りは迷うことなく。
俺のことも一顧だにせず、柵をひらりと飛び越えた。
天上さんを遮るものはない。
あと数メートル踏み出せば、地上へと真っ逆さまだろう。
その前に、俺は声を上げる。
「だけど…………」
天上さんが振り向く。
初めは妹と重ねていた。
殺すことでしか心葉を救えなかった自分のことがずっと許せなくて。
こんな俺に舞い降りた、最後の機会だと思った。
天上さんのことを知っていく内に、重ねていた妹の面影はすぐに消えて。
いつしか自分の贖罪とか関係なしに、天上さんを救いたいと思っていた。
天上さんを縛る鎖も重しも全て解き放って。
心の底から笑う君を見たいと思っていたんだ。
…………だけど。
どうやら、ダメだったらしい。
結局、天上さんは。
死ぬということに、俺では止められない意義を見出してしまった。
だから——————
「俺も、一緒に死ぬよ」
柵を飛び越えて、天上さんの隣に並んだ。
下を見ると、グラウンドがある。地面は硬そうだ。頭から落ちれば確実に死ぬだろう。
少しバランスを崩せば、地面への短いダイブが始まる。
そうと知っていても、欠片も恐怖なんて感じなかった。
むしろ、解放感があるくらいだった。
「…………どうして?」
隣に並んだ俺に、怒りすら伴う声音で天上さんは言う。
俺たちにこれ以上迷惑をかけないため、死ぬことを選んだ天上さんにとって。
きっと、俺の
だとしても。
俺は譲るつもりはない。
「天上さんが死ぬのなら、元々こうするつもりだった」
既に遺書も書いてある。
家を出る前に、テーブルの上に置いておいた。
前からずっと、用意していたものだった。
これが最後だろうし。
もう少しくらい、俺のことについて話してみよう。
飛び越えた柵に背中を預ける。日は、まだ昇らない。
「…………俺さ、もうとっくに壊れてるんだよね」
「……?」
「今だって、死ぬことに対して何とも思っちゃいない。むしろ、『ようやく終われる』って気分なんだ」
「……え?」
唖然とした声が、隣から聞こえた。
俺は続ける。
「いつからか忘れたけど、何を食べても全部苦いか味かしないかのどっちかになってさ。世界の色が白と黒とその中間だけになって、楽しいとか嬉しいとかが理解できなくなった」
医者からは、深刻なストレス障害だろうと言われた。
心底不思議に思ったのを覚えている。
ストレスなんて、感じていなかったからだ。
まるで心の中に腫瘍があるような言い方で、俺は全くもって、その腫瘍について無自覚だったのだ。
それすらも自分の心の一部として、完全に同化してしまっていたのだろう。
「俺にとって、生きることは惰性だった。どこかで死ねればいいとすら思ってたよ」
「……そん、な」
「失望したか?」
天上さんは首を横に振った。
驚きと納得が同居したような仕草だった。
「……普通は、自分の身体を自分で思いっきり傷つけるなんて、できない」
「
「……っ、」
「だから、俺は壊れてるんだ。痛覚はあるし、痛いものは痛いさ。だけどどうしても、だから何だ? って思っちまう。できないことの方が、俺には理解できない」
理屈ではわかるが、絶対に納得の境界線を越えることはない。
要はそういうことだ。
「…………だから、自分で首を掻っ切るくらい、俺にとってはとても簡単なことなんだ」
何度も、首に突き立てたナイフに、力を込める寸前までいった。
何度も、拳銃を自分のこめかみに突きつけ、引き金に指をかけた。
「でも、そうしなかった。怖かったからとかじゃない」
「…………無意味だった、から?」
俺は驚いた。
それはまさに、死を選ぼうとした俺が感じたことだったからだ。
「……合ってる。だから多分、俺は死ぬにしても意味のある死が欲しかったんだ。……いや、まだ命の使い道があると、信じたかったんだ」
「…………わかるよ」
天上さんは小さく頷いた。
俺も頷き返す。
「……そうだろうな」
「…………だったら、どうして止めるの? どうしてわたしが死ぬことの意味をなくそうとするの?」
「そんなの、簡単な理由さ」
俺は柵に預けていた背中を戻した。
少し低い、天上さんの吸い込まれそうな瞳を真っ直ぐ見つめる。
天上さんが柵の向こうにいた俺の手を取ってくれたあの日。
俺は誓ったのだ。
絶対に、天上さんから、笑顔も、光も、心も、取り戻すって。
「俺の命の使い道が、天上さんを笑顔にすることだからだ」
「……………………わたし、を?」
光を呑み込むような黒い瞳の奥で、瞳孔が大きく開かれた。
「そうだ。俺は今、そのために生きている。だから天上さんを笑顔にするまで絶対に死なないし、どんな障害があろうと絶対に何とかする」
「……、」
「…………だけど、天上さんが死ぬというのなら、俺の命の使い道もここまで。……これが理由だ」
この人を救いたいと思った。
自分の命を懸けてでも。
それだけだった。
目は逸らさない。
俺の瞳を通じて心を読み取られようと構わない。
嘘偽り誇張建前全てを削ぎ落として、最後に残ったものだけがあった。
決して消えない炎のように、一度火がついてからはずっとずっと心の奥底で燃え続けていた。
「…………ん……で、」
細い、桜色の唇が動く。
天上さんの顔が、くしゃりと歪む。
「…………なんで、そこまでしてくれるの……?」
なんで、か…………。
それを考えた時に、思い浮かんだのは。
短いながらも天上さんと一緒に過ごした時間。
一緒に流行りのものを食べに行った。
連絡先を交換した。
隣にいるのに、スマホで会話した。
夜に電話をした。
勉強を教えてもらった。
そして、この人を助けるために、異能の力を振るった。
どうして、助けたいと思ったんだっけ。
心に問いかけてみれば、答えはすぐそこにあった。
「君と一緒にいると、楽しいんだ」
「…………!」
「明日どんな話をしようか。何をしようか。天上さんは今何をしてるのだろう。……それを考えるだけで時間が過ぎる。明日が待ち遠しくなる。これはきっと『楽しい』って感情だ」
それだけじゃない。
「昼休みになれば、屋上で会える。離れていても、スマホで会話できる。俺の言葉に天上さんはまっすぐ返してくれる…………これは『嬉しい』って感情だろう」
乾いてひび割れた不毛の大地に、恵みの雫をぽとりと垂らすように。
表層だけで動いていた心が、湧き上がるそれらの感情を再び思い出したのだ。
俺は天上さんの両肩にゆっくり手を置く。
初めて自分から触れたこの人の身体は、とても小さく感じた。
嫌がられは、しなかった。少しだけ身を固くして、すぐに弛緩したことが両手から伝わってくる。
吸い込まれそうなほど近くにある天上さんの瞳が、俺を見つめている。
その暗闇の向こうに。
光に手を伸ばそうとして、そっと諦めて引っ込めるような。
そんな葛藤があるように感じたのは……俺の錯覚だろうか。
「俺、天上さんに救われてるんだ。もう、楽しいとか嬉しいとか二度と分かることはないと思ってたんだ。でも、天上さんが俺の心を取り戻してくれたんだ」
「…………そう、なんだ」
「うん、そう。……俺の命の使い道は、天上さんを笑顔にすることだと言ったけど」
小さく息を吸い込んだ。
今から言うのは、ただの俺のエゴだ。
天上さんと一緒にいることで取り戻した心が叫ぶ、一人の男の格好悪いワガママだ。
「俺はもっと、天上さんと一緒にいたい。色んなところに行きたい。また勉強教えてほしい。命の使い道がどうとかじゃなくて、天上さんにはいっぱい笑ってほしい。笑わせてあげたい。辛いことがあるなら何とかしてあげたい。天上さんを取り巻く事情全てをぶっ壊して何とかして、二人で自由になってどこまででも行きたい」
だから。
「本当は、一緒に死ぬんじゃなくて、一緒に生きたい」
「…………!!」
言いたいことは全て言った。俺はただ、天上さんと目を合わせ続ける。
天上さんの瞳が揺れる。
それから、少しの沈黙。
刹那が無限に引き延ばされたような感覚。
時間にすれば一分もなかっただろう。だけど俺にとっては永遠とも思える時間が経って。
「………………いい、の……?」
「……!」
地平線の向こうから、太陽が頭を出し。
俺たちを照らす。
「…………いっしょに、生きたいと思っても…………いいの?」
全ての罪が許されるような青空を背景に。
光に照らされた天上さんは————泣いていた。
「…………如月くんが、いっぱい痛い思いしちゃう」
「それで天上さんのことを助けられるなら、いくらでも構わないさ」
「…………わたし、いっぱい迷惑かけちゃうよ……?」
「迷惑なんかじゃない。むしろ天上さんの力になれるなら、嬉しい」
「……ぜったい、死なない……?」
「死なない。二人で生きよう」
「…………!!」
天上さんの身体が、近づく————
ぽす、と軽い音を立てて。
小さい身体が、俺の胸の中に収まる。
背中に手が回って、優しい力が込められる。
その後で、天上さんは顔を上げる。
至近距離で、涙で濡れる瞳と見つめ合う。
「……わたしも、如月くんと一緒に生きたい——!!」
ずっとずっと聞きたかった、一人の小さな女の子の心からの叫びに。
魂が揺さぶられた。
ありとあらゆる不幸を一身に被りながらも、誰かのために自らの死を選べる心優しい少女の。
ごくありふれた、ちっぽけな願いを肯定するためだけに、俺はここにいる。
「——ああ。一緒に、生きよう」
「…………うんっ……うん!」
その時。
天上さんが——笑った。
長い冬を越えて、雪解けの花が開くように。
この世で最も美しいものでも霞むような、そんなきれいな笑顔。
この人を幸せにしたい。
ただ、そう思った。
「……如月くん、笑ってる?」
そっか。
俺も今、笑ってるのか。
「天上さんこそ」
「…………そうだとしたら、如月くんのおかげだよ」
「俺だって、天上さんのおかげさ」
「…………、」
「…………、」
数秒、表情を戻して見つめ合って。
「……あはは」
「ははっ」
二人しておかしくなって、小さく声を上げて笑う。
こんなことで笑い合えるのが、嬉しくて楽しくて。
「……そっか」
天上さんは、俺の胸にこつんと頭を当てる。
「……わたし、笑えたんだ」
「まだまだ、これからもいっぱい笑えるさ」
「……如月くんの命の使い道、終わっちゃったよ?」
「そしたら、そうだな…………天上さんを笑顔にさせ続ける、でどうだ?」
「……うん。でも、わたしだけじゃなくて、二人でね?」
「……!」
二人で、一緒に笑う——そうだ、それがいい。
俺も一緒に笑って欲しいと。そう願ってくれた天上さんの言葉に。
込み上げる衝動があった。
両肩に置いた手を、天上さんの背中と後頭部に回す。
二人の身体に隙間がなくなるくらいに、抱き締めた。
そうしたいと思った。
「……ん」
天上さんもただ、身体を預けてくれた。
「…………、」
「…………、」
言葉はもう、いらなかった。
お互いの存在と、少し早い鼓動を感じているだけで、百万の言葉よりも心が通じる気がした。
昇る太陽が、俺たちを祝福するように照らす。
溢れる光の下で、ただ、抱き合っていた。
「……、」
「……あ」
どちらともなく身体が離れる。暑いはずなのに、天上さんの温度がなくなった途端に、ひどく寒いと思った。
名残惜しさを含む天上さんの声に、思わず顔を見てしまう。
「……少し、タバコの匂いがした」
耳を真っ赤にした天上さんが、そんなことを言う。
今までよりずっと、天上さんが可愛く見えた。
「ごめん、臭かったか。控えた方がいいよな」
「……ううん、嫌いじゃないからいいよ。控えなくてもいい。だって」
天上さんは俺の顔を覗き込んで、いたずらっぽく笑う。
「……如月くんはタバコが吸いたいもんね」
「…………おっしゃる通りで」
俺は頬を掻いた。
せめて、臭いを消すものくらいは今度買っておこう。
蝉の鳴き声が聞こえ始める。
太陽はもう、全身を出して夏の強い光で世界を照らしていた。
朝が始まったのだ。
「じゃあ、行くか」
柵を飛び越えて、内側から手を差し出した。
初めて会ったあの日のように。
だけど大きく違うのは……俺も、天上さんも笑っていることだ。
軽い跳躍で天上さんも柵を飛び越えて。
俺の手を、しっかりと握る。
「……うん!」
雲一つない朝晴れの空の下で。
俺と天上さんのまた新しい一日が、始まる————
————————————————————————————————————
これにて一章は完結となります。
今後の更新情報は近況ノートに記載しております。
面白かったら星、いいねなどいただけると、執筆の励みになるのでお願いします。
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