柿本教授の手記1
喰ひに関して その一
七月一五日。ゼミ生五人を連れて自然公園に入る。西沢さんは大学に来た時と同じ青いツナギを着て、バーベキューの用意をしていた。ゼミ生が全員女子なので、少しムッとした顔をした。お遊び気分で来られたと思ったのだろう。実際女の子達は浮ついている。私の伝え方がまずかったか。
昼食の前に軽く園内を見回った。広大な敷地内に、林や池や、小山がある。施設や橋はやたら大きく豪華だが、入園客に金を落とさせる工夫がほとんどない。バカな田舎議員が作った採算の合わない地域のお荷物施設。そんな風情だ。山奥なのでアクセスも悪い。駅から二時間かかる。
公園の周りは害獣よけの電気柵でぐるりと囲まれているが、車の出入り口など、柵の途切れた場所がいくつかある。園内で一匹の鹿に遭遇。これでは来園客の安全が確保できない。
シーズンなのでキャンプ客がちらほらテントを張っている。だがこの猛暑で、みんなグロッキーな顔つきだ。
西沢さんが分厚いステーキを焼いて出してくれた。ゼミ生達が歓声を上げる。いわく、奈良県は牛肉が美味いらしい。神戸牛には負けないと豪語する。赤身の肉だったので霜降りと違い、胸がもたれずバクバク食える。本当に美味い肉だ。しかし西沢さんの機嫌は良くない。
彼の身元は確認した。父が地元の議員をしている東大卒。なのに上の二人の兄が優秀すぎるせいで、冷飯を食らっている。妻と娘がいる三八才。そこそこ馬鹿をしなさそうで、そこそこ馬鹿をしそうなプロフィールだ。
食後、西沢さんに『喰ひ』の食い残しを見せてもらう。今朝もまた見つかったらしい。四肢をもがれて頭を割られた、ハクビシンだ。なるほど、確かに目玉と視神経が無くなっている。
女の子達が顔色を変えないので、西沢さんの表情がゆるんだ。うちの教え子は、動物の死骸は見慣れている。
しかし、それでもこの食い残しは、やはり異常だ。
こんな風に残酷な食い方をする動物は、やはり猿の類だと思う。私は猿は嫌いだ。悪辣で下品な人間そのものに見えるからだ。
今日は皆の疲労を回復させるため、以降は自由時間とした。やたら金のかかったアスレチックで遊ぶ女の子達を置いて、私は資料館の仮眠室で酒を食らって寝た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます