#038

それからミントは、丸太小屋の中にあったキッチンへと連れられてまずは食材を洗うように言われた。


「ミント、料理の経験はあるか?」


「はい。簡単なものなら作れます」


「じゃあ、ざく切りでいいから野菜を洗った後に切っておいてくれ。私はスープのほうの準備に入る」


可愛らしい羊のワッペンが入ったエプロンを渡され、目の前に積まれた野菜をドサッと置かれたミントは、そのあまりの食材の多さに驚愕している。


「あ、あの……」


「うん? なんだ? 自動調理機具のたぐいはここにはないぞ」


「い、いえ、いつの間にこれだけの量の食材を買ったのかと……。まさか何日もここに置いてあったものじゃないですよね……?」


アンは鍋に水をためて沸かしながら答えた。


どうやら先ほどの運転手の女性が気を利かせて購入しておいてくれたようだ。


「だから安心してくれ。まあ、うちで取れたものよりは新鮮じゃないけどな」


「まさか、畑まであるんですか?」


「あぁ、明日からは畑仕事も手伝ってもらうからな」


「畑仕事……ですか……」


顔を引きらせているミントを見て、ブレシングが肩を揺らして笑っている。


アンはそんな彼に気が付き、極寒の地にも負けないほどの冷たい視線を送った。


「何をしているブレシング? お前は早くお風呂を沸かせ。それと、発電機の電気も貯めておけよ。きっと切れかかっているからな」


「えぇッ!? ソーラーパネル買ってなかったのッ!? 僕が出て行くときに買うって言ってたのにッ!?」


「来年からみんな学校に通うんだ。そのことを考えて購入は見送った」


「そんなの国から免除してもらえないのッ!? というか僕も仕送りしているし、アンさんの給料ならそれくらい問題ないでしょッ!?」


「大事……節約は大事……。いいから早くお風呂の準備と発電機の電気を貯めろ。急がないと月明りで夕食を取ることになるぞ」


「わかったよ……。あぁ、まさか帰ってきて早々ペダルを漕ぐ羽目になるとは……」


「いいから急ぐ」


「は、はいッ!」


ブレシングは背筋をピンッと伸ばして丸太小屋を駆け出していく。


ミントは野菜を水で洗いながら、慌てて出て行った彼の背中を見つめていた。


「なんかイメージ違いますね……」


「君がどういうイメージをしていたかは知らないが。軍人も英雄も所詮はただの人間だ。食わなきゃ生きていけないし、一人でも生きてはいけない。そのためにやらなければならないことはいっぱいある」


スペースコロニー内で戦っていた女性と思えないほど、鍋に調味料を入れる姿が様になっているアン。


そんな彼女を見たミントは、これがかつての英雄の姿なのかと小首を傾げていた。

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