#032
いつの間にかノピアのホログラム映像は消えていた。
治療施設の待合室にいた他の者たちも、室内を出る者やその場で談笑を始めている。
そんな中で、メディスンの言葉にアンは戸惑いつつも無表情でその口を開く。
「私がお前の部隊に? しかし、そんなことを上層部の連中が許すとは思えないが……」
アンは現在、メディスンやエヌエーと同じく連合国軍に所属している。
だが彼女は大尉という階級を与えられていながら、その仕事は新米兵士の育成だ。
イーストウッドが率いるベクトルが連合国内で力を持ち始めたときに、アンはそのマシーナリーウイルスの力を恐れられため、退役軍人のような立場に置かれていた。
一応アンは官職と階級を保持し、公の場で軍服や勲章を着用する権利が認められている。
将校以上の場合のみ、このような処遇が行われることが多い。
だが、かつて世界を救った英雄とは思えぬ国の扱いだった。
実際に、アンは常に連合国軍に監視されている状態である。
それはメディスンやエヌエーも同じではあったが。
彼女の場合はそれ以上に厳しく管理されていた。
アンが子供たちと住んでいる屋敷には、担当の家事手伝いがおり、その者らは交代で彼女のことを見張っている。
仕事である新米兵の育成に関しても、アンの助手として毎回別の連合国の人間が傍にいる。
休暇を取るにしても、必ず連合国の目の届く場所に限られているのだ。
アンは特殊能力者として――。
世界で唯一のマシーナリーウイルスの適合者として、そのことをしょうがないことだと受け入れていた。
そんな立場にいる彼女が、同じく監視下にあるメディスンの部隊に入れるとは思えない。
だが、メディスンは言う。
「ベクトルが全滅したんだ。上層部もそんな悠長なことを考えている時間はないだろう。手続きのほうは私が済ませておく。地球に戻ったら連絡をくれ」
「わかった。なあ、メディスン……」
「なんだ?」
「お前が今日ここで会おうと言ったのは、もしかして私を誘うためだったのか?」
「どうかな……。ともかく、今は再び現れた帝国に対抗するために勢力を固めなければいかん。……もちろん、断ることもできる。よく考えておいてくれ」
メディスンはそう言うと、ミントに手を振って待合室から去って行った。
残されたアンの顔を見て、ミントは訊ねる。
「アンさん、どうするのですか?」
「……君には関係のないことだ。それよりも、治療施設まで付き合わせてしまって悪かったな。もういいよ。後のことは私がやるから」
無表情で返事をするアン。
ミントはそんな彼女に一礼をすると、メディスンに続いて待合室を出て行った。
残されたアンが一人俯いていると、ニコが彼女に鳴いてくる。
「電気仕掛けの仔羊か……。お前は、私の知ってるニコじゃないんだよな……」
そう言われ、小首を傾げる電気羊の頭を撫でるアン。
ニコはアンに撫でられながら、どうしてだが彼女が泣いているように見えた。
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