第2話 その名はアグリオス

■エグナシア島 海岸


「アリオス皇子殿下、ルシア王妃、下船を……」

 

 鎧を着た兵士が冷たい言葉を僕達に放つ。

 敬称はつけているものの、敬意というものは感じなかった。

 僕達に視線を合わせることない兵士に頭を下げた僕は母様と共に船を降りる。

 中央に大きな山があり、それを囲うように森が広がっている島だった。

 降り立った砂浜からすぐに潮風を浴びてボロボロになった掘っ立て小屋が見える。


「”病にあるルシア王妃を気遣い、自然豊かなこの地にて療養をすること。期間は無期限とする” 以上が皇帝陛下の命であります」


 書状を読み終えた兵士は書状を巻き上げて、母様に渡した。


「確かに拝命いたしました。陛下の愛に感謝いたしま……コホッ、コホッ……すみません」


 母様は弱弱しく礼をしようとするが、咳き込んでしまい礼ができない。

 その様子を冷たい目で見ていた兵士達は踵を返して船に戻っていった。

 船が島から離れ、見えなくなるまで僕と母様は頭を下げて見送る。


(無期限の療養なんて……追放じゃないか……醜聞を気にした父様の仕打ちにしても酷すぎる)


 こうした場合、辺境など陸続きの土地なのが一般的だと思うのだが、母様が病気であることを知った父様は治すことをせずに隔離代わりにと島流しを決めたのだ。

 冷酷で非道という言葉が似合うが、国民の前では優しく自愛に満ちた皇帝ということで通っている。

 

「コホッコホッ」

「母様、小屋でお休みしましょう。ここに立っていては体に障ります」

「ええ、そうね……ごめんなさい、アリオス。私が貴方に魔力があるように産んであげれなかったから……」

 

 できもしないことで謝罪する母様の姿を見るのは僕には辛すぎた。

 魔力がないのは僕が異世界転生者であることも理由としてあるのかもしれないのに……。

 つらそうにする母様を支えながら、僕はボロボロの小屋へいき、清潔という言葉を投げ捨てたようなベッドへ母様を寝かせる。


(この環境をまずどうにかしなくちゃ……)


 僕は思い立ち、食事も含めて探しに行くことを決めた。


「母様、食べるもの探してきますね」

「遠くに行ってはダメよ? コホッコホッ」


 咳き込む母様をそのままにしておくのは心が痛むが、今はそれよりも優先するべきことがある。

 僕は小屋を離れ森の中へ足を踏み入れるのだった。


◇ ◇ ◇


 無人島と言われていた通り、手入れのされていない森は5歳の子供の体では歩きづらい。

 服も貴族がきるキラキラした服なので、なおさらだ。


「異世界転生したのに、チートじゃないなんて間違っていないかなぁ……」


 僕は周囲に誰もいないことをいいことにぼやく。

 生まれて5年……腹は一緒だが、魔力の才能あふれる兄にいじめられてきた思い出しかない。

 兄より年上で、僕の姉替わりともいえる隣国のお姫様たるクラリスとのひと時だけが癒しだった。

 森の中を宛もなく歩いていると、弦や苔に覆われた四角い建物が見つかる。


「遺跡だ……こういうのがあるってことは、この島はもともと人が住んでいたのかな?」

 

 僕は建物の周りをぐるりと回ってみるが入口らしいものはなかった。

 突如、バキバキバキと木々の倒れる音が響く。

 そして、ドシンドシンと足音共に毛むくじゃらの象……いわゆるマンモスが姿を見せた。


「マ、マンモスぅ!?」


 マンモスなんか相手にしていられないと僕は急いで来た道を引き返そうとしたが、足を止める。


(ここで僕が逃げたらマンモスは僕を追って来て母様がいる小屋を襲うかもしれない。この遺跡に入れないのかな?)


 僕は遺跡の表面を手で触っていくが、ざらざらした触感しかなかった。

 ここから小さい体で全力疾走したところで、マンモスとの距離は離れない。

 

「早く中に入る方法を見つけないと……」


 ズシンズシンと音が近づき、振り返れば巨大な象が僕を見下ろしていた。

 こんなマンモスに踏まれたら、ひとたまりもないだろう。


(どうしたらいんだろう……こんなところで僕の二度目の人生は終わってしまうの?)


 魔法が使えたらもっと何とかできただろうけども、魔力のない僕にはその手も使えない。

 閉じたエレベーターの自動ドアのような場所のタッチパネルがあるだろうところを触っていると声が聞こえてきた。


〔生体認証完了。マスターの生存維持のため防衛システム起動します〕


 謎の声が聞こえて来たかと思うと、ズドドドドと地面を震わせながら何かが上がってくるような音が聞こえてきた。

 だが、それよりも目の前にはマンモスの足が近づいてきている。

 

「ギガァ!」


 踏みつぶされるかと思ったとき、自動ドアが開き、巨人が姿を見せる。

 そして、巨人はマンモスへとタックルした。

 ズシィィィンとマンモスの巨体が木々を倒しながら地面に転がっていく。


「何? 何なの?」


 僕の視線の先には金属ボディの15mな巨人が立っている。


「え、ロボット!」


 呆然と眺めているとズシンズシンと地面を揺らしながら、巨人が僕の方に近づいてきた。

 マンモスよりも大きいはずなのに、不思議と怖さを感じない。

 前世でよく見ていたアニメとかの影響だろうか、目の前の光景に感動していた。


「すごい! 自立型ロボットだよ! ジズリみたいだ」


 僕が興奮した様子で巨人に近づいていくと、巨人は片膝をついて、乗れとばかりに手のひらを地面に置く。


「本当にアニメの世界だなぁ……」


 僕は巨人の手のひらに乗ると巨人は立ち上がり、僕を頭の上のくぼみに乗せた。

 巨人の頭から見える景色は学校の屋上からみる街並みの様に思える。


「すごい、こうしてみると島は広いんだなぁ……よし、君じゃあ寂しいから……神話の巨人から名前をとって……君の名前はアグリオスだ! アグリオス、あっちの浜辺の方に母様がいるから、そこのマンモスを連れて一緒に行こう」

「ギガァ!」


 アグリオスの言葉はわからなかったが、僕の言うことに従ってくれていることが分かる。

 

(それにしてもさっきの声はなんだったんだろう……この島はただの無人島じゃない?)


 謎の出来事は多かったけれども、今は心配する母様を安心させる方が先だった。

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