第36話 迷い
梅山城の役人たちは,城を放棄したあと,付近の村々に避難していた。その意味では,完全に放棄したわけではない。
文官でトップの地位についた榮楽宰相は,梅山城下町に一番近い村で避難後,部下たちに命じて,この混乱した状況の収拾に努めていた。
各村々の村長の協力を得て,避難民への食料調達,水の確保,仮設トイレの設営などのインフラ整備,煩雑な仕事の割り振りがなんとか終了して,それなりに避難民の生活が廻るようになった。
凛がいなくなって,空になった梅山城で,実務的に一番偉いのは榮楽宰相だ。
憫佳は,菊峰城の使節団である浩三や浩二たちをヒカルの爆裂符で爆死させた後,ヒカルに会いに剣流宗に行ったが,彼はいなかった。意気消沈して,憫佳は宰相のいる村で間借りして,凛や小芳を待つことにした。
憫佳は,凛の秘書的な仕事をしていたので,憫佳は,梅山城の城主代理的な立場といえる。そのため,お金のかかることになると,榮楽宰相は,一応,憫佳に報告してから,お金を使用することにしている。
お金といっても,紙切れに金額と宰相のサイン,および梅山城主の金印を押すだけの小切手のような紙を発行するだけだ。受け取り人は,それを両替所に持っていき換金する。
両替所は,城下町の中にあり,古代から伝わる陣法による結界で守られていて,避難する必要性はまったくない。同じく城下町で避難する必要性のない場所がある。娼館街だ。そこは,外敵も利用するので襲われることは希だ。
憫佳が小芳たちを待つこと2週間ちょっと。やっと,小芳たちが,梅山城下町周辺の村々に戻って来た。憫佳が,城下町近くの村にいると分かって,小芳たちもその村に向かった。
憫佳は小芳と久しぶりに会った。眼から涙が流れてきた。憫佳は小芳を抱いた。だが,小芳の背後にヒカルがいることもわかった。
憫佳はすぐにヒカルに抱きつこうとした。
ダーン!
しかし,憫佳は彩華に攻撃されて地に倒れた。でも,こんなことでへこたれる憫佳ではない。憫佳は,こんなこともあろうかと,密かに,彩華対策をしていた。加速技を実現させるためには,強靱な肉体が必要だ。特に脚の筋肉強化が大事だ。それをこの2週間あまり,強化してきて,加速技を2倍から3倍にまで加速できるようにした。
その成果を今,示すとき!
憫佳は彩華に襲いかかった。だが,彩華はすでに5倍速を実現できている。勝負の行方は明らかだった。再び憫佳が地に倒れた。
憫佳「くやしいーー!3倍速でもダメなの?」
彩華「残念ね。頑張れば5倍速はできると思う。でも,ヒトの身では,せいぜいそこまでが限界よ。他の技を磨くことね」
憫佳と彩華のバトルが収まったので,宰相の部屋で,トップ会議を開くことにした。そのメンバーは,小芳,ヒカル,琴弥,彩華,憫佳,榮楽宰相,そして,彼の娘である珠莉だ。
小芳「宰相,一番大事なことを言います。わたしは,城主の立場降ります。次期城主は,ヒカルさんになります」
榮楽宰相はヒカルを見た。まだ12歳くらいのガキだ。
宰相「それはいいのですが,ヒカルさんに関する情報を教えてください」
その言葉を受けて,ヒカルは,自分から率先して口を開いた。
ヒカル「わたしは,元城主の第4夫人の息子です」
宰相は,第4夫人のことは覚えていた。
宰相「え? 第2夫人の女中で,元城主のお手つきになった,あの第4夫人ですか?」
ヒカル「はい,そうです。まだ,第4夫人が城を離れてから1年にも成りませんが,わたしが生まれました。わたしは,ある呪術を受けてしまって,急激に成長が速くなってしまいました。ここにいる琴弥は,わたしの乳母でした」
彩華「うそーー!!」
憫佳「ええーー! ヒカルさんは1歳にも満たないのですか? それで子どもが産ませられるの??」
この話を受けて,彩華と憫佳はびっくりした。
ヒカル「ボクもよくわかりませんが,まだ精子をきちんと造ることはできないと思います。だから,,,妊娠させる可能性は,,,ないと思います」
ガーーン!
彩華も,憫佳も,さらに琴弥さえも,自分たちがすでに妊娠していると信じきっていた,,,だが,その可能性がないとは,,,
ここで,10歳の珠莉が口を挟んだ。
珠莉「あの,,,妊娠の話はどうでもいいので,話を前に進めてくださいませんか?」
ヒカルは珠莉を見て微笑んだ。
ヒカル「そうですね。珠莉お嬢さんの言う通りです。ともかく,わたしは,なんらかの方法で,急激に成長させられました。わたしは,まだ1歳にも満たない子どもです。ですが,外見上,12歳ということにしています。
わたしの気法術のレベルは,たぶん,仙人クラスです。符篆術や気篆術を得意としています。それと,よくご存じの大妖怪・水香さんとは,しばらく一緒に旅をしました」
宰相「なるほど,,,水香さんは,仙人に殺されたのはご存じですか?」
ヒカル「はい,知っています。でも,それが仙人の眼を欺く手段だったことも知っています」
宰相「え? それって?」
ここで,小芳が,その辺の経緯を詳しく説明した。
宰相「そうだったのですか・・・,水香さんは生きているのですか。ヒカルさんは,城主になって,水香さんがこの梅山城に戻るのを待つのですね? よくわかりました」
宰相は,少し,間をおいてから言葉を続けた。
宰相「実は,菊峰城下町にいるわれわれのスパイから情報が入りました。もう2週間も前のことですが,菊峰城主の長男,浩一様が梅山城に向けて出立しました。その構成員は,女性6名だけです。ただし,いずれもかなりの強者で,多分,S級レベルだそうです。浩一様は,陣法が得意で,自分で製造できるほどの知識を持っています。たぶん,陣盤などの荷物を彼女たちに持たせていると思います。
時間的に,もう梅山城に着いてもいい頃なのですが,まだ現れていません。途中で事故でも遭ったのでしょうか?」
ヒカルは溜息をついた。
ヒカル「ということは,わたしが城主になって,最初の仕事は,その浩一と戦うということでしょうか?」
宰相「はい,そうなると思います」
ヒカル「梅山城の軍人たちは,どこに消えたのですか?」
宰相「菊峰城との交戦状態に入ってから,勝機無しと判断してどこかに逃げました。まあ,給金を払わなくていいので,それはそれでいいのですが」
ヒカル「すいませんが,少なくとも100人くらいの軍人を集めてもらえませんか? わたしは,符篆術が得意なので,符篆紙を軍人たちに持たせて戦せたいのです。彼らが戦死する可能性は低いと思います」
ここで憫佳が口を出した。
憫佳「それは,わたしが保障します。わたし,ヒカルさんの爆裂符を氷結の矢に挟んで敵を撃退しました。すっごい威力でした。あれほどの威力なら,仙人レベルでも確実に爆死させれます!」
宰相「なんと,,,仙人レベルでも爆死させれるのですか,,,」
宰相は,別の方面で心配した。
宰相「童話の話ですけど,仙人レベルを超える能力者が現れると,神様が怒って,その人物を誅殺に来るという話があります。この話,どうやら,童話だけの話ではなくて,実際に起こりうる話のようです」
この話を受けて,神人である小芳は,言葉を付け足した。
小芳「その話,本当のようです。他からの情報ですが,大妖怪・水香さんが桜川城で大暴れした時,神人が現れて,水香さんと神人が戦ったそうです。その戦いは凄まじいものだったと聞いています。結局,神人は,この凡界では実力を十分に発揮できずに逃げたようです」
小芳は,ヒカルに向かって言った。
小芳「ヒカルさん,あなたの符篆術は,すでに仙人レベルを超えて神人レベルに達しています。つまり,この凡界にあって,あなたのパワーはあまりに異常です。常識的に普通の人間があんなパワーを発揮することはあり得ません。
あの先日の火柱の威力,,,あれで,神人は,あなたの存在を感知した可能性があります。ヒカルさん,あなたを討伐するために,新しく神人が派遣されるでしょう。
浩一様たちの対策を考えるのも大事ですが,それ以上に,神人対策も考えてください。たぶん,女性の神人が派遣されると思います。ヒカルさん,女性に気をつけてください」
小芳は,天帝なら,女性のみで構成された自分の親衛隊を動かすだろうと思ったからだ。
ヒカル「やけに神人のこと,詳しいのですね。いったい,どこからどんな情報を?」
小芳「道すがら,いろいろと情報が入るのですよ。それと,わたしは,,,水香さんを探しに行く予定でしたが,,,でも,ヒカルの傍にいるほうがいいかもしれません」
小芳は,神人がヒカル討伐で派遣されるなら,ヒカルの傍にいるほうがいいと判断した。派遣された神人に会える可能性が高いからだ。たとえ,その神人が小芳の敵になるにしても,,,
その後,細かな打ち合わせをした。
その結果,ヒカルは,新しい梅山城の城主となった。小芳は副城主となり,憫佳は小芳の秘書の立場となった。彩華と琴弥は,一度,剣流宗に戻って,早乙女宗主に状況を報告することにした。
また,新しく軍隊100名,料理や掃除などを担当する女中たち100名を募集することになり,ヒカルたちは梅山城に住むことにした。ただし,梅山城が戦禍に巻き込まれる可能性があるため,宰相たちは,このまま村で仮住まいをすることになった。
ともかくも,この日から,梅山城は,再度,夜でも灯りがつくようになった。
・・・ ・・・
数日後,,,
大門の城壁を監視している隊員からすぐに城主秘書の憫佳に報告があがった。
監視員「憫佳様! 敵です! 敵が来ました! 女性6名,男性1名,間違いありません! 菊峰城からの連中です!」
憫佳「やっと来たわね。予定通り,大門のドアは開放しなさい」
監視員「了解しました!」
憫佳はすぐに念話で小芳に連絡した。憫佳の念話の範囲は1kmにも及ぶ。
憫佳『小芳様! 敵です! 浩一様一行が来ました! すぐに大門に来てください!』
小芳『やっと来たのね。いったい,どれだけ時間がかかっているのよ,もう!』
小芳は,ヒカルに報告した。
小芳「ヒカルさん,浩一様一行がやっと来られました。どうしますか? 迎えますか? それとも戦闘を仕掛けますか?」
ヒカル「計画通りに,まずは迎えましょう。 わたしも大門で迎えます。戦うかどうか,それからにしましょう」
小芳「フフフ,余裕ですね。さすがは神人レベル! でも,気をつけてくだい。すでに神界から討伐隊が来ているかもしれませんよ。大規模な術を展開したら,ヒカルさんの居場所がすぐにバレてしまいますよ」
ヒカル「小芳さん,あなた,もしかして,,,神人ですか?」
この言葉に,小芳はギクッとした。
小芳「え?何をそんな突拍子もないことを?」
ヒカル「・・・,まあ,いいです」
ヒカルは,小芳が神人だと疑った。そうでないと,的確なアドバイスなどできるはずもない。そもそも神人という単語自体,この凡界で知る者はほとんどいない。
小芳とヒカルは,大門に移動した。
大門から100メートルほど離れたところに,浩一たちが来た。菊峰城の親衛隊の死体は,そのまま放置されていた。すでに野鳥や獣などに喰われて骨だけになっていた。
浩一たちがその人骨を見ても,いったい誰の人骨なのか分かるはずもない。
浩一たちは,大門のところに,男女2名の人物が出現したのをみて,浩一たちは足を止めた。
浩一「玞蘭,洋蘭,お前たち,あの門に行って挨拶に行ってこい」
玞蘭「えーー? だって,敵は,強大な呪符を使うんですよ? 怖いですよーぅ!」
洋蘭「わたしもイヤですー! 殺されてしまいますー!」
浩一は,どうしようない連中だと思った。変な気篆術ばかり練習して,肝心な時に何の役にも立たない。
浩一は,立華を見た。だが,立華にはお願いできそうもない。でも,立華は浩一の望みを理解した。
立華「浩一さん,わたしでよかったら,あの門に行きましょうか?」
浩一「え? そっ,そうか? では,お願いできますか?」
立華「フフフ,いいわよ。わたしに任せてちょうだい」
立華は,ひとり,大門に向かった。あの大門には,なんと,自分のお腹を痛めて産んだヒカルがいるのだから!
立華は,大門の傍に来た。
ヒカルは,向かって来る女性が自分の母親だとわかった。
ヒカル「え? 立華? 仙界に行ったのではないのですか?」
ヒカルは,『お母さん』とか,『母上』とかという言葉の使用は避けた。
立華「フフフ,ヒカル,元気そうね。符篆術では,強力な威力を発揮しているって噂が立っているわよ。わたし,あんたの母親だって内緒にしているから,気をつけてね」
その言葉を聞いて,ヒカルの隣にいる小芳がビックリした。
小芳「ええーー?! 『立華』さんって,ヒカルさんのお母様だったの?!」
小芳は,ヒカルが神人の血を引いているのは間違いないと思っている。しかも,父親は,自分の母違いの弟,禍乱に間違いないと睨んでいた。だって,ヒカルの臭いは,禍乱のそれとそっくりなのだから。
そして,今,ヒカルの母親と名乗る人物が出現した。その女性,小芳は,立華を一目見て彼女の素性を理解した。
立華という女性は妖蛇族だと。しかも,相当のレベルだ。少なくとも天女レベル。もしかしかたら,神人に迫るほどのパワーがあるかもしれない。小芳が戦っても,立華には勝てそうもない。
小芳「立華さん,どうしてそんな大事な情報,わたしの前で話したのですか?」
立華「どうしてかな? ヒカルの臭いも,あなたの臭いも,どこか似ているのよ。もしかして,血縁関係があるのではないですか?」
小芳は,ニヤッとした。
小芳「ヒカルの母親様,もしかして,あなた,神人の禍乱に犯されたのではないですか?」
今度は,立華がニヤッとした。
立華「あなた,禍乱とはどういう関係ですか? 禍乱の妹?姉? それとも母親?」
小芳「わたし,禍乱の姉です。だから,ヒカルは,わたしの甥にあたります」
立華「そうでしたか。わたしたち,どうやら親族に当たるのですね」
そんな話から始まって,親戚同士の不思議な情報交換が行われた。
しばらしくして,立ち話も何なので,小芳は,立華や背後にいる浩一たちを梅山城の貴賓室に招き入れた。
ー 貴賓室 ー
貴賓室で,浩一たちは,ヒカルたちと会議を持った。お互い自己紹介をした後,浩一から話しを始めた。
浩一「菊峰城から,わたしの2人の弟が使節団として,こちらを訪問しました。ですが,どこかで行き違いがあったようで,こちらと交戦状態になって,ヒカルさんが制作された呪符によって爆死したようです。
正直言いますと,わたしは,弟たちの復讐をしたい。その復讐すべき相手は,誰なのかと考えていました。ヒカルさんなのか,小芳さんなのか,,,」
このような会議で,ヒカルは城主という立場でありながら,自分の意見をいうことはない。
小芳「そうですか,,,弟様が爆死されたのですか,,,」
小芳はヒカルの顔をみた。事の発端は,ヒカルが描いた呪符に起因しているようだ。その呪符のせいで,菊峰城の隊員がどれだけ殺されてしまったのだろう?
小芳「では,浩一様としては,どのような方法で復讐したいと思いますか?」
浩一「すでに知っているかもしれませんが,わたしは陣法が得意です。
正直いいますと,わたしが構築する陣法の中で,ヒカルさんか,もしくは小芳さんに,陣盤人形と戦ってもらいたいです。それが望みです」
小芳「え?それって,陣法の中で,わたしやヒカルが死ねってことですか?」
浩一「正直言いまして,それが望みです」
小芳「フフフ,正直なことですね。でも,その陣法の中で,死ななかったら,どうなるのですか? 代わりに,浩一さんが死んでくれるのですか?」
浩一「・・・,それって,わたしがその約束をしたら,その通りにしてくれるってことですか?」
小芳「それだったらいいわよ。最初にヒカルが陣法の中で戦っていただきます。死のうが活きようが,その後は,わたしが陣法に入りましょう」
これには,玞蘭たちがビックリした。
玞蘭「浩一様! そんな約束をされては困ります! わたしたち,城主様に殺されてしまいます!」
浩一は,まだ17歳だ。童貞だし,これから長生きして,次期城主となり,菊峰城を盛り上げていくという大事な使命がある。そんなことを考えると,こんなところで死ぬわけにはいかない。
だが,すでに浩二と浩三が殺された。まだ,16歳と15歳だ。それを考えるとき,かつ,多くの護衛隊員が殺されたことを考えた時,上に立つ者として,避けることなどできるはずものない。
浩一「これは,けじめの問題です。相手に命をかけてもらうのです。自分の命をかけないでどうするのですか!」
玞蘭「・・・」
玞蘭は,浩一の代わりに自分の命をと言おうと思ったが,無駄だとすぐに思い直した。この場で,自分の命などなんの価値もない。
8
浩一が死を覚悟したのいいのだが,ヒカルは,まったく死を覚悟していていない。
ヒカル「小芳さん,ボク,まだ死にたくありません」
この言葉に,小芳はニコニコと微笑んだ。
小芳「ヒカル,わたし,いったい誰だと思うの? 大事な甥を死地に追いやるなんてするわけないでしょう?」
ヒカル「え? それって,ボク,試合に出なくてもいいの?」
小芳「あんた,ほんと,バカね! 試合してもヒカルは必ず勝てるってことよ」
ヒカル「え? どうしてわかるの?」
小芳「わたしを信じなさい。信じるものは救われるってね」
ヒカル「・・・」
ヒカルは,いったい,どうやって信じたらいいのだろう? 勝てると言われても,,,,いったい,何の根拠があってそんなこと言えるの? 未来を予知するようなとんでもない能力でもあるというのだろうか?
その後,ルールなど,細かな打ち合わせを行った。試合は,2日後の午前10時からとした。明日は,陣法の設置に当てる日となる。
・・・
2日後の試合について,話が進んでしまったが,菊峰城の使節団が梅山城を訪問する目的は,新しい城主を信任するかどうかということだ。この点に関しては,もう意味が無い状況だった。
というのも,菊峰城は,今後,一切,気含石を梅山城に売らないと決めていた。
小芳「つまり,菊峰城は,どうあっても気含石をわたしたちに売らないのですね?」
浩一「はい,父上がそう言っていました」
小芳「わかりました。それはそれで結構です。では,正直に話しましょう。もしかしたら,すでに知っているかもしれまんが,大妖怪・水香様は活きています」
浩一「・・・,やはりそうでしたか,,,それで?」
小芳「いえ,それだけです。もし,水香様が戻られたら,菊峰城が気含石を売ってくれないと説明するだけです。水香様はどう反応するでしょうか? たぶん,桜川城の二の舞でしょうね」
浩一「・・・,その時は,その時で考えます。今は,2日後の試合に集中したいと思います」
小芳は,浩一を脅したつもりだったが,あまり効果はなかった。それに,大妖怪・水香が活きていると言っても,あまり驚かなかった。すでに,承知の事実のようだった。
・・・ ・・・
翌日,浩一たちは,中央広場で陣法の設置作業を開始した。この陣法の有効範囲は,中心の陣眼から半径10メートルの範囲に設定している。6角形の頂点部分に枝陣盤を設置していく。
中央広場の地面は,土ではなく石畳が敷き詰めれている。岩石を初級爆裂符で砕いて小さめの穴を造り,そこに,枝陣盤を配置して,その核部分に気含石10個を配置していく。陣眼部分には,幹陣盤を設置する。気含石50個をそこに詰めていく。
玞蘭「浩一様,枝陣盤6ヶ所と幹陣盤の配置を行いました。土で埋め戻す前に最終確認をお願いします」
浩一「よし,では,一緒に確認しよう」
浩一と玞蘭は,枝陣盤と幹陣盤の配置状況を確認していった。
浩一「よし問題ないようだ。では,埋め戻す前に,起動実験を行う」
浩一は,幹陣盤の起動スイッチを発動させた。
スイッチを入れてもすぐには効果は発揮されない。完全に起動するまで10分程度の時間がかかってしまう。
10分が経過した。
浩一「玞蘭,結界の効果を確認しなさい」
玞蘭「了解です」
玞蘭は,初級爆裂符を取り出して,それを投げ出して,3メートル先の地面に叩きつけた。だが,,,何も反応しなかった。次に,中級爆裂符を投げつけた。それも発動しなかった。最後に,上級爆裂符を投げつけた。それも同様に発動しなかった。
玞蘭は,気篆術を試すことにした。今では,空中に30秒で描くことができる。もっとも,その威力は初級爆裂符よりも威力が弱いのだが。
彼女が描いた気篆術による爆裂符を3メートル先の地面に投げつけた。だが,それが地面にぶつかっても,何も起こらなかった。
玞蘭「浩一様,わたしの手持ちの呪符,さらに気篆術でも効果を発揮できません。陣法は有効に発動していると判断します」
浩一「よし,試運転は終了だ。土に埋め戻していい。各自,今夜は徹夜で陣法を守りなさい」
玞蘭「了解です」
浩一は,幹陣眼のスイッチを切って試運転を終了した。玞蘭たちは,各陣盤に土を埋め戻して,さらに,その円周部分にロープを配置することで陣法の境界線を明確にした。これで,陣法の作業が完了したことになる。
作業開始から7時間ほどかかってしまった。
玞蘭たちは悲痛だった。この戦い,浩一,ヒカル,小芳のうち,少なくとも誰かが死ぬことになる。
玞蘭「浩一様,すべての設置が完了しました。ですが,今なら,まだ間に合います。こんな無謀な試合を中止することだってできます」
浩一「何度も言うが,これは,けじめの問題だ。もう後には引けない」
玞蘭「・・・,もう決心は変わらないのですね?」
浩一「ああ,そうだ。もう死ぬ覚悟はできている」
その日,浩一たちは,陣法の内側でテントを3帳張って,翌日の朝まで,陣法の監視を行った。
立華はヒカルの母親だ。でも,これまで,浩一と一緒に旅をしてきたので,多少なりとも浩一に情が沸いた。
立華は,浩一のテントの中にお邪魔した。
立華「浩一さん,よく自分の命を勝負に掛けましたね。大したものです」
浩一「成り行き上,仕方なかったです。そうでもしないと,陣法内で勝負はしてくれなかったでしょう」
立華「勝算はどの程度ありますか?」
浩一「まったく読めません。あの陣法は,気の爆的な発動を阻止することができます。爆裂符や爆炎符などは封じ込めます。でも,気の物体化などは阻止しません」
立華「つまり,ヒカルの爆裂符を封じ込めることができ,気による火炎弾攻撃も阻止可能なのですね?」
浩一「そうです。それ以外に,氷結の矢なども,発射時に爆発的な気の発動がありますので,発射させることはできなくなります」
立華「なるほど,,,」
浩一「試合の時に発動させる陣盤人形は,権十郎さんの『残魂』が蓄積されています。その剣技が技量がどの程度かで,明日の試合は決まると思います」
立華「そうですか。これでは,ヒカルや小芳さんも安穏としてられませんね。でも,,,」
立華は,権十郎の技量を体感している。確かに鋭い。でも,ヒカルが符篆術を極めているとしたら,防御系の強力な符篆術は使えるはず。そうなると,果たして,その防御結界まで打ち砕くことができるのか?
立華「浩一さん,今日は疲れたでしょう。今日はしっかりと寝てください。寝不足だと,冷静な判断ができなくなりますよ」
立華は,自分の背負っている小さなリュックサックから,赤色の丹薬の瓶を取りだして,そこから丹薬1個を取りだした。
立華「これ,副作用のない催眠丹です。すぐに寝付けれます」
浩一「そうですね。今日は,もうあれこれ考えるのは止めにします」
浩一は,立華からその丹薬を受けとって呑んだ。それから間もなくして,浩一は静かに目を閉じて体を横にした。
立華は,浩一かヒカルのどちらかを救う手立てを講じようと思った。
ヒカルは,いずれ神界からの討伐隊によって,誅殺されるかもしれない。それを考えると,ヒカルに対して,何もしないほうがいいと判断した。明日,ヒカルが死ぬなら,それを運命をして受け入れよう。
立華は,浩一をマジマジと見た。浩一は気を扱えない。この国にあっては,落ちこぼれとしかいいようがない男だ。それに,仮に浩一が死んだとしても,まだ幼いものの菊峰城には浩四や浩五もいる。世継ぎ問題という点では,大きな痛手ということにはならない。ならば,,,ほっとくか?
立華が迷っているとき,小芳から,念話連絡があった。明日の試合で,ヒカルと小芳が勝った場合,浩一の処遇について相談したいと言う内容だ。
渡りに船で,立華はヒカルや小芳と相談することにした。もっとも,ヒカルは何も意見などないので,立華と小芳の話合いで決まることになる。
・・・ ・・・
一方,菊峰城の浩一は,
=====
新章ーー
天帝親衛隊長は,毘鬼姫(びきひめ)と呼ばれている。前任の天帝の娘に当たる。毘鬼姫は,以前は『巫女』の役目をしていた。つまり,未来を占う役目だ。前任の天帝が引退してからは,今の天帝が自分の娘を巫女にして,毘鬼姫を親衛隊長に配属替えした経緯がある。
毘鬼姫は,禍乱の『仙人殺し』の役目を引き継ぐことになった。また,親衛隊員の中から,優秀な2名を『忌み子殺し』の任につけた。カエデとモミジの2名だ。
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