最終決戦

呼吸するだけで金が欲しい

最終決戦その1

 魔力の暴走、はたまた禁断の魔法の結果なのか。この世界に来て色々学んできたつもりだが、俺にはわからない。ただ目の前に居る、いや居るというよりは「ある」オブジェは、先ほどまで俺と同じ二足歩行だった魔族の王である魔王のなれの果てだ。

 世界樹にただれるようにはりつき、周囲の大気から魔素を吸い続け、体の孔からは蒸気を噴き出している。目というか、顔すらどこにあるかわからない。近付くものなら、体の複数箇所から伸びている触手に物理攻撃をされるか、触手の孔から硫酸のような液体をかけられる。

 近づかなければ近づかないで、太ったおっさんの腹部のような箇所には魔法陣が浮かび上がっているため、巨大な魔法でも打つ気なのだろう。その魔法は俺に対してというよりも世界を滅ぼす魔法なのかもしれない。

 なんというか笑えてきた。

 圧倒的魔力と暴力でこの世界に住む生物を苦しめてきた魔王が、俺に負けないために世界樹にすがりつき、自身の意思や肉体すらも形どれないレベルになっている哀れさにもだが俺の姿にもだ。

 どうしてこんな世界を滅ぼそうとする魔王の目の前に、上下灰色のスウェット、要はパジャマ姿で、アディ⚪︎スのサンダルを履いている男が立っているのか。しかも右手には、俺の姿に似合わない豪華なデザインの剣が握られている。

 思い返せば、あの日から始まった。

 俺はどこにでもいる大学生だった。別に東大でもない。本当にどこにでもいる大学生だ。

 一人暮らしで、キャンパスの近くのボロアパートの1階に住んでいた。狭いワンルームだが、1階だから庭があった。庭なんてあっても一人暮らしの人間が手入れなんて出来るわけなく、洗濯を干すだけで、雑草だらけになっていた。

 前期の英語の期末テストの日だ。2限スタートだったから、ゆっくりと朝起きて、洗濯機を回している間に窓を空けた。同じキャンパスの学生でも人によっては夏休みの開始時期は違うからか、隣の部屋のお姉さんのスーツケースを引きながら出ていった姿が見えた。タバコに火をつけていると、雑草だらけの敷地内に光る何かが目に止まった。気になったから一歩、庭に飛び降りる。アディ⚪︎スのサンダルは黒色のため、朝日とはいえ夏の日差しで熱くなっていた。

 俺は光る何かに近づく。取っ手が少し大きい気もしたが、スコップが刺さっているのかと思い、片手で引っこ抜こうとする。だが簡単には抜けない。両手を使って抜こうとするも屈んだ状態だと力が入らず抜けない。結局、腰に力を入れて踏ん張る形で引き抜こうとし、20秒くらい力を込めた直後だった。尻もちつきそうになりながら、抜けたものがゲームやアニメなどで見る剣だと気づき、同時にどこかに体が落ちていく感覚になった。

 地面が崩れたのだろう。俺のアパートはどうなったんだろう。俺は異世界にいるんだから、アパートも異世界に落ちてきたんだろうか。ってか英語の期末テストの単位は別の意味で落ちたかな。

 後期始まってる可能性もあるよな。履修登録できてないし留年かな。さすがに親も俺のこと心配してるかな。

 こっちに来てからの旅路の中で、この世界の勇者として選ばれた人に何人にも会った。魔王を倒すために組まれた俺の世界でいう軍人みたいな対魔王勢力にも。でもみんな戦いの中で命を落としていった。

 そしてこんな寝起き装備の俺が、今、最後の戦いに挑もうとしている。

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