BL法のはびこった世界

@mochi_kona

第1話



「お願いします!」


「俺の——『番』に、なってください!」






 目の前で男が土下座している。スウェットの背中が見える、キャンパス内を通りすがる人々の視線は一度こちらを向き、それからああなんだ……と日常の方へ向く。土下座する男の肩を叩いて起こした。

「……お前の事情もわかるが、俺にも事情があってな。悪いな」

「そんなこと言わずによ!!!!!俺お前とだったらギリギリ組める気がするんだよ!!!!!」

「圧で押し切ろうとするな」

「だってお前番の報奨金知ってるか?100万だぜ100万。番組んだら100万手に入るんだぜ?あと補填効くし。な?な?50万ずつで山分けしねえ〜〜〜〜?」

「……」

 肩を組まれる。

「別にちょっとサインするだけだって!デメリットねえから!皆やってるし!な?な!?」

「……」

 番は何歳からでも組める。——男同士であれば。

 番を組むには名前を書いて市役所に提出すればいい。それだけである。

 そして提出すると受付のお姉さんはそれではと笑顔でその場で金一封を渡してくれる。人によるが大抵100万くらいはある。使い道は自由。あと奨学金がチャラになったり借金が消えたり場合によるとなんか家が貰える場合すらあるらしく……まあなんか色々貰えるのだ。

 デメリットとすれば名前と立場が恥ずかしいこと。それがボーイズラブ法の第2条……現在この国家に適用されているアホみたいな法律である。

 アホみたいな法律だが中学生でも高校生でも大学生でも100万をわりとお気軽に手に入れられるというメリットもあり……中学生にやらせる奴はそうそういないが、大学生にもなると、進んで番を組みたがる奴も多い。(加えて解消した際のデメリットもそこまでない)

 ほぼパートナー制度のような、メンター制度のような、そういう風に見ている奴も多く。友人と組んで100万を手に入れる!という奴は少なくない。少なくない、が。

「…俺にも事情がある。100万は他のやつと山分けしてくれ。悪いな」

「なんでだよ〜〜〜一緒に焼肉行こうぜ〜〜〜銀座とかの〜〜〜〜〜」

「バイトしろ」

「なんでダメなんだよ〜〜〜〜〜」

 こいつ押せばいけると思ってないだろうか。溜息を吐いて……吐かず。吐くとヤられる。息を吸ったまま男を蹴飛ばす。

 思い浮かべるのはカワイイ女の子である。ツインテールの少女。ポニーテールの美少女。ロングワンピのお嬢さんにミニスカ美脚のお姉さん。

 目の前の男を見ろ。だいぶ汗臭い。

「俺は!!!!!!!!!!女の子が!!!!!!!!!!!!好きなんだよ!!!!!!!!!!!!」

 ——それは、現代だと。

 だいぶ異常性癖、にカウントされるのだが。








「俺は女の子が好きなんだよ……」

「大変だな」

「俺は男にモテたかねえ……」

「まあしばらくは、続くだろうな」

 これは友人のA。アホほどイケメンで、アホほどイケメンなので同様に男にモテている。線の細い美少年からマジのガチムチまで幅広くモテている。回数は少ないと、本人は言っているが。

「覚えていない。覚えたくもない」

 そんなふうに本当にうんざりした顔で言うので。俺は安心して目の前で茶が飲めるわけである。ちなみに酒は飲まない。本当に、飲まない。

 飲まないのが安全の唯一であると、俺は高校生の頃に既に察した。(酒を飲んだわけではない。しかし別に未成年であろうと居酒屋には行けるのだ)

「春だからな……」

「なんで春だとナンパが増えるんだよ」

「暖かいから……」

「わかってねえだろ」

「わかっていない」

 でも自然現象としてナンパは増える。とAは言った。それはそおだ。なんか春になると浮き足立った人々がナンパを仕掛け、ピンク色に合わせてセクハラを仕掛ける……まあそこまではいかずとも……春とはムチャクチャな季節である。春とは全てのものが入り乱れている季節である。

 テラス席から外を見ると男男カップルが入り乱れている。だいぶ目を逸らしたくなる。いや自分が常識はずれなのはわかっているのだが……

「かといって」

「ん?」

「どうするのだ」

 もうすぐはたちだろう、と友人が言う。そうなのだ。20を越えるとだいぶ番を組んでいるのは当然になる。そして、番を組むのは、義務であり。組まなければならないのだ。

 別に組むのは30でも40でも構わないと言われればそれはそうなのだが。組まねばならないのだ。だから大体友人同士で、20くらいで組む。別れても特に何もないので。

 法律として、組まねばならないのだ。いつかは。

 腕を組んで悩みながら、目の前の男をじっと見る。

「……」

「……なんだ」

「…」

 じっとしているとAが椅子ごと身を引く。テーブルの縁をガッと掴んで椅子を下げて腕の長さ分離れる。妙な距離を開けて腕を組んでこちらを見ている。

「嫌だぞ」

「……お前20だよな?」

「……そうだが」

 多少友人が戻ってきた。

「組んでないだろ。どうしてんだ」

「……いつかは」

 顔を背けた。

 じっと見ている。さらに顔を背けている。

「…いつかは……」

「一生やんねえやつだろそれ」

「や……いややらな…い…いや……」

「お前美少年の期限は20代だぞ。美少年とイケメンが許されるのは20代までだぞ。わかってんのか」

「いつかは……!!!」

「やりたくねえんだな」

「やりたくない……!!!!!!!!!!」

「ばかばかばかあんまデカい声で言うな。外だぞ」

 男二人で座っていても気にも止められないが通りすがりの女の子を可愛いと言っていれば奇異の目で見られるなんなら通報沙汰である。そういうもんである。

 男2人で座っていると逆の目線が来ることがあるが……まあそれはそれとして……

「……周りだけ、騙せねえかな」

「…というと」

「ナンパ対策してえだろ?」

 お前は特に、と言うが、友人はそこまでという顔をする。アレッ。ナンパ受けてるのって俺だけか?

 まあでも、と、一応話は聞いてくれる。助かるな〜〜

「面倒くせえんだもう。その時間を別のことに使いてえんだ。資格勉強とか」

「ふむ」

「そこでだ。番じゃなくたって横歩いてていいだろ?」

「……ふむ」

「声ちっちゃくするぞ。別に番じゃなくたって横歩いてていいよな?でも男二人がとりあえず並んで歩いてたら、周りはとりあえずそうだって思うよな?『そう』だって」

「……嫌だ……!」

「我儘言わねえ」

「……歩きたくない」

「勘弁してくれ。俺だって歩きたくねえ」

「想像できるか。それを」

 友人は数秒黙る。自分も黙ってみる。暫しちょっとだけ考えてみる。

 窓の外を歩く奴に想像でお面を被せてみる。

「嫌だ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「机を叩くな……いや叩いていない……!?寸前で止めている……!?」

「考えたけど嫌だ〜〜〜〜〜〜〜〜スマン全部お流れだ そんなこと二度としたくないいや一度もしたくない 俺はカワイイ女の子だけ連れて歩きたい」

「我儘すぎる」

「なんだよイケメンだって適当に下心見せていいんだぞ。話聞いてやろうか?男の子に下心がねえわきゃねえだろ」

「……」

「いやねえ場合もあるか……そりゃ悪かったな…」

「あります!!!」

「よし」

「……嘘か!?!?!?」

「嘘じゃねえ。『会話術』って言え」

 



 


「それはそれとしてとりあえず相合傘して帰らねえ?」

「何故だ」

「目立つんだよ」

 雨が降っている際は男は相合傘をしないと目立つ。ナンパ男選手権して帰った。

 Aは視線を気にしすぎだと言う。そうかなあ。気にしすぎだろうか。


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