ついにそのときが来た
朝起きると、口になにやら違和感があった。口のなかに入っている異物をぺっと吐き出す。
それは、おしゃぶりだった。
我が家にあるおしゃぶりは、アカメのためにぼくが買ったものしかない。アカメのいたずらか……? どうも違う気がする。
「へぶしょん!」
なぜかぼくは素っ裸だった。冷房をかけていたものだから、寒くて仕方ない。
状態の僕のお腹の上に、アカメはいつものように覆いかぶさって寝息をたてていた。
『昨晩の記憶がなくて、気づいたらフルチンでおしゃぶりをしゃぶったまま寝ていた? しかもアカメちゃんがその上に乗ってたと。これは通報案件だね』
改めて聴くとひどいな。それが、部長に状況を説明したぼくが抱いた感想だった。
『一応聴くんだけど、脱ぎ癖とか、そういう癖はないんだよね?』
「ないですけど」
『潜在的にだれかに裸をさらけ出したいとか、赤ちゃんプレイに憧れてるとか、ママが欲しいって願望を抱いていたり』「だからないですって!」
ぼくを意地でも異常性癖にしなきゃ気がすまないのか。
『吸血鬼、にはなってないんだよね?』
それはぼくも真っ先に疑ったことだった。
「鏡で確認しましたけど、牙も生えてないし、目も赤くなってませんでした」
『じゃあ、別のなにかになっちゃったのかも』
「別のなにかって……」
『詳しくはわからないけど、いわゆる夜の眷属ってやつ?』
自分が得体の知れないなにかになって、夜な夜ななにかをしているかもしれない。それは吸血鬼になるよりもずっと恐怖を感じる。だが同時に、自分が特別ななにかになれたのかと高揚もしていた。
「とりあえず、日が沈んだらそっちに行くね?」
その言葉通りに夜、部長はなにやら大きめの荷物を持って家に来た。
「どうしたんですか?その荷物」
「なにって、着替えだよ。わたし三日間こっちに泊まることにしたから」
「は?」
「それで、カメラで弘明くんが夜な夜ななにをしているのかビデオを撮ろうと思って」
「それは……」
「てめえ、相手に相談もなく泊まりに来るとか頭いかれてんのか」と罵倒しようとしたが、不覚にもビデオを撮るという部長の提案を良いアイデアだと思ってしまったぼくは言葉に詰まった。
「部長、夜起きてられるんですか?もしかしたら徹夜になるかもですけど」
ぼくは被写体だし、アカメに任せるのはさすがに少し不安だし、必然的にカメラマンは部長になる。しかし、ぼくがおかしくなっているのは夜だ。ぼくが寝てすぐかもしれないし、深夜かもしれない。
「夜の方が調子いいから、多分大丈夫だと思うよー?さすが吸血鬼の体って感じ。代わりに最近朝と昼がきつくてねー。昼夜逆転しつつあるんだ」
「寝てる間に変なことしないでくださいよ?」
「えー、それわたしのセリフじゃない?」
部長は不満げだが、ぼくが「こちらとしては一度襲われてるんですが?」と言えば、
「ああ、うん。ごめんなさい気をつけます」
シュンとうなだれた。
「親御さんの許可とか、ちゃんと取りました?」
「友達の家に泊めてもらってるって話をでっちあげたから大丈夫」
部長手でOKサインを作ってウインクした。
「……また家族に催眠かけたんですか?」
「してないよ人聞きの悪い!」
「本当に?」
「当たり前でしょ? 普通に友達に泊めてるってことにしてって頼んだだけですー」
嘘は言ってないようだった。
ぼくは驚いた。だって、友達の家に泊まるとういのが男の家だったら、さすがに彼女の両親はオッケーしないだろう。つまりだ。
「部長、同性の友達とかいたんですね」
それも泊まっていることにしてくれ、なんて頼めるような友達が。
「まるで異性の友達は多そう、とでも言いたげだね」
部長はむっとしたように眉を寄せた。
「違うんですか?」
「実は同性の友達の方が多いんだなーこれが」
部長は得意げに口角をつりあげ、胸をそらせた。
「へー何人くらいいるんですか」
「2人!」
部長はにーっと歯を出してビシッと勝利のVサインをかかげた。
「それならさすがに男子の方が多そうな気がしますけど」
「だって男子の友達は1人だもん」
「部活でよく喋っている男子も多いじゃないですか」
「あれは全員友達じゃないから」
部長はケタケタと笑いながら、男子たちを残酷に切り捨てた。わずかな可能性もないらしい哀れな男子諸君に黙祷。
「あんまり男子をおちょくってると今に痛い目に遭いますよ」
「吸血鬼のわたしに勝てる人間がいると思う?」
と部長は自慢げに力こぶを見せてくる。別に筋肉がついているわけではないので、二の腕はぷにぷにだった。
二十二時、そろそろ眠くなってきたので、ぼくは布団に入ることにした。だがその前に……
「アカメ、部長の監視頼んだぞ」
「あー!」
了解!と言うように、アカメは手の平を水平に額の前でピシっと揃えた、いわゆるラジャーというやつだ。この間見たアニメで覚え、今アカメの中でブームが来ているらしい。
「だからなにもしないってば!」
部長は頬をぷっくりとふくらませた。口でだけならなんとでも言えるのだ。ひ弱なぼくにとって、アカメだけが最後の砦だった。
ぼくは布団に入り目を閉じた。アカメの見るアニメの音声を聴いているうちに、ぼくの意識はプツンと途切れた。
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