吸血鬼流宗教勧誘撃退方法


 宗教勧誘をする人たちというのは悪気はないんだろうなと思う。ただ自分が素晴らしいと思うものを他者にも布教しようとしてるだけだ。


 だから、毎月のように我が家に宗教勧誘が来て聖書についてや幸せについて、小一時間話されてしまうのはしっかりと断ることができないぼくが悪いのだろう。


 夕方、借りてきたエクスペクトでパトローナムする感じのファンタジー映画をアカメと観ているとインターホンが鳴り響いた。


 ぼくの家を訪ねるのは部長か宗教勧誘か大家さんぐらいなものだ。そのうち、部長はピンポンを鳴らさず、カツオを野球に誘う中島のごとくぼくの名前を大声で呼ぶし、大家さんは耐久テストでもしてるのかってくらいインターホンを連打してくるので、訪問者を見分けるのは簡単だった。


「あー?」

「ちょっと出てくるから、観てていいぞ」


 アカメにそう言って、ぼくは今日こそキッパリと断るんだと意気込んで玄関へと向かい、そして玄関のドアを開いたまま気づけば二十分が経過していた。


「それでですね、幸せというのはですね」

「はい」


 耳を素通りする話と、断ることのできない自分にうんざりしながら相槌をうつ。


「うーう!」


 背後から、アカメの声が聴こえてきた。振り返ってみると、アカメは日の光りがあたらないように、通路の奥から顔だけこちらに覗かせていた。眉をつりあげていることから、お怒りらしい。


 気の所為だろうか。なんだかその目は、いつもよりも怪しく赤い光を放っている気がした。


「あら、妹さんですか? 可愛いです……」

 

 宗教勧誘の言葉が、そこで途切れた。


 気になって振り返ると、宗教勧誘のふたりは虚ろな目をして立っていた。ふたりはのっそりとした足取りで回れ右してアパートを遠ざかって、そのまま車に乗って帰っていく。


 それは、明らかに異常な行動だった。


 アカメは呆然と立ち尽くすぼくの腕を引っ張って、ソファーの前まで連れてきた。アカメはソファーにボスンと座って、早く席につけ! というようにソファーの空いた側をパシンパシンと手で叩く。言われた通りにすると、彼女はフシューっと鼻から荒々しく息を吐いて、映画の再生ボタンを押した。


 映画は、ぼくが離席したときと同じ場所から再生された。「観てて良い」と言ったのに、ぼくが席を立ったのを見て、アカメは映画の再生を停止してくれていたらしい。

さっきのことはよくわからない。けど、とりあえず今は一緒に映画を楽しむことにした。


 映画を観終わって、ぼくは改めてアカメを見る。宗教勧誘は、アカメに声をかけている途中でおかしくなった。ということは、アカメがなにかしたのだろうか。


 こういう時だけは頼りになる部長に通話をかけて、今しがたの状況を説明した。


『それ、催眠かも』

「催眠……ですか?」


 催眠って、エロい本のシチュエーションでよくある、あの催眠か?


 言われてみれば、あの宗教勧誘の虚ろ目は、どんなことを命令しても従ってしまうんじゃと思ってしまうほど、自分の意思というものが感じられなかったが。


『なにか予兆とかなかった? 例えばアカメちゃんが変なポーズをしだしたとか、呪文を唱えだしたとか、牙で相手を噛んだとか』


 最後は普通に事件だろ……。


「特に、そういうことはなにも……」


なにもなかった。そう言おうとして、ぼくはふと思い出した。


「そういえば、アカメの瞳が赤く光ってるような、そんな気がしました。光の反射じゃなくて、瞳そのものが発光しているような……いや、錯覚かもしれないですけど」

「なるほどー。吸血鬼の催眠は目でかけるのか。魔眼だねー。かっこいいねー。それよりダメでしょ弘明くん。そんなかっこいいものを宗教撃退なんかに使わせちゃ。それくらい自分で断らなきゃ」

「はい……」


あまりの正論に耳が痛かった。確かに部長は、そういう時きっぱりと断れそうだ。


「あー?」


隣に座っていたアカメが手を伸ばして、落ち込んでいた俺の頭を撫でた。


ありがとなと思いながら、でも年端も行かぬ少女に慰められる自分ってなんなんだろうと思考の沼にハマり、ぼくはまた落ち込む。


『それにしても催眠かー。今度試してみようか。弘明くんに』

「そこはまず自分で試してくださいよ」

『えー、だって私が催眠をかけられてる間、弘明くんになにされるかわかったもんじゃないでしょ?』

「それはこっちのセリフだよ」

『弘明くんのケチー』

「今頬をふくらませてかわいこぶってるのかもしれないですけど、通話越しじゃ意味ないですよ」

『あーそうだった。つい癖で』


 かわいこぶっているという自覚はあるらしい。自覚というか、狙ってやっているのだから本当に恐ろしい女だと思う。


 それにしても魔眼か……。いいなあと思いながら、ぼくはアカメの赤い瞳を覗き込んだ。

そのキラキラとした赤い瞳には、うんざりするほど見慣れた、実に平々凡々な男が反射していた。

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