ぼくと吸血鬼、ときどき部長

ジェロニモ

ぼくもめでたく共犯者


 高校入学初日、オカルト研究部とかいうアニメでしか見たことのないその部活の名前にテンションが上がり、活動内容もろくに調べずに入部届を出したおろかな新入生がこのぼく、物部弘明(ものべひろあき)である。


 しかし肝心のオカルト部の活動内容は地元の伝承を調べる等のフィールドワークや伝承と歴史や文化との関係性等のディスカッションに文集作成。そのなんとも地道でまっとうな内容にぼくは落胆した。オカルト部からすればひどい言いがかりである。


 おまけに二年の美人で胸の大きい部長目当てで男子生徒が一定数所属しているせいで、部室も窮屈で居づらい。そういう事情もあって、僕はオカルト研究部からは徐々にフェードアウトして、夏休みに入った今ではすっかり幽霊部員と成り果てていた。


 今は部活よりも勉学よりももっぱらバイト一色だ。そのおかげで、高校生のくせして無理してアパートひとり暮らしを始めたせいで苦しかった懐事情が少しはマシになった。


 そうして部活のことなどすっかり頭から消えていた夏休み、我が家の玄関には、オカルト部の部長である桃園恋華(ももぞのれんか)がいた。


「ねえ弘明くん。後生だからこの子を匿ってくれないかな?」


 なんの前ぶりもなく突然訪ねてきた彼女の隣には、小学生高学年くらいの女の子がいた。ブロンドの長い髪に、不健康そうな白い肌。外人さんだろうか。


「ちょっと状況が見えてこないんですけど」

「わたしってなにか出てこないかな~って夜に街を散歩するのが日課なんだ」

「はあ、そうですか」


 さすがオカルト研究部の部長というだけあって、随分と独特な趣味をしていた。


「それでね、この子家のそばの公園で拾ったんだけど、吸血鬼だと思うの! でもわたしの家は家族がいるから匿えないでしょ? その点弘明くんはひとり暮らしだからいけると思って」


 拾った、吸血鬼、匿えない。理解不能な言葉の連続に、ぼくの頭の中はクエスチョンマークでひしめいた。


 この人はいったいなんの話をしているのだろう。


「あ、もしかして信じてないんだ? 見てよ、この牙!」


 部長は少女の口を指で広げた。


 たしかに少女の口に生えている二本のそれは、犬歯というよりも牙と呼ぶのがふさわしい鋭利さと大きさだった。

 口を広げられた少女は特に抵抗する様子もなく、されるがままだ。ただ「あー」と無気力な声を漏らしていた。


「そしてこの赤い瞳」


 確かに目が赤い。それも、燃え上がるような赤。


「そしてこの青白い肌。ほら、吸血鬼でしょ?」

「ほらと言われましても」


 部長はそれらの特徴で少女が吸血鬼だと完全に信じたようだが、ぼくとしては赤い目はカラコン、牙は整形や生まれつき、肌はひきこもりを疑う。


「人間だろうと吸血鬼だろうと、迷子を拾ったなら警察に連れて行ったほうがいいと思いますけどね」

「もう弘明くんのバカ! 警察に連れて行ったりしたら保護されちゃうに決まってるでしょ?」


 常識的な提案をしたのにまるで僕が悪いとでも言うかのごとく怒鳴られた。


「保護ならいいじゃないですか」

「……こ、公表したらこんなカワイイ少女が卑劣な実験体として体中いじくり回されてしまうに決まってるでしょ? そんなの可愛そうだよ!」


もっともらしく言い直して、部長は少女を抱きしめた。ご丁寧に「うっうっ」と泣き真似まで披露する。


「ようするに、この吸血鬼らしき子を誰かに盗られたくないと」


 そういうことだろう。


「犬や猫とは話が違うんですよ」


ちゃんと世話ができるかどうかって問題じゃなく、下手したら誘拐事件だ。


「そもそもなんで僕に頼むんですか。他にもひとり暮らしの知り合いくらいいるでしょう」


 正直、部長とぼくは全然親しくない。まあ、中学も違うしぼくが入部してすぐに幽霊部員になったから当たり前ではあるけど。というかいくら思い返しても、この人に住所を教えた覚えがなかった。


「いやー、高校生でひとり暮らしなんて小説の中ならともかく現実じゃなかなか居ないよ? それに君、わたしに興味無さそうだから、他の部員と違って秘密の共有をしても変な勘違いしないかなーって思って」

「変な勘違いですか」


 その言い草に、必死に彼女の好感度稼ぎに勤しんでいるオカルト部の男子部員諸君が少し哀れに思えてきた。


 彼女は自分の顔の良さと男子からの好意を自覚している節がある。それでいて男子の明らかな好意にすっとぼけているのだからなんともタチが悪い。噂によると女子生徒の間ではかなり嫌われているらしかった。


「じゃあ頼んだね。なにかあったらグループチャットで連絡して!」


 こちらの了承を待つこともなく、彼女は逃げるように去っていった。ガチャンと乱雑に玄関のドアが閉じられ、あとにはぽつんと、どこかうつろな赤い瞳でぼくを見上げる少女だけが残された。


 この、こんなに可愛い自分のお願いが断られるはずがないという傲慢さも彼女の特徴である。


 彼女のお願いなんて無視して今すぐ交番にこの子を連れていけば、話はすぐに終わる。でもぼくはそうしなかった。


 正体不明の少女を家に匿う。そんな非日常を思わせる状況に、ぼくはワクワクしてしまったから。

 こうしてぼくはめでたく誘拐の共犯者になった。

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