尾張では・・・ (万見重元)


一五六一年 九月 尾張国清州城



「上総介様―――」

「お前は信長で構わん。どうしてだかそう呼ばれるとしっくり来る」

「では、信長様。お久しぶりでございます」


少し汚れている服を着た僕を、気にすること無く話をしてくれる信長。色々と忙しくて服を替えていなかったから臭うかもしれない。


「神の使い―――いや、重元。どうだ、研究は進んでいるか?」

「はい、大分色々と作れました。こちらが椎茸と清酒になります」


僕は持ってきた物を前に出す。少し小さな椎茸と濁りの無い綺麗な色をした清酒を信長はまじまじと見つめる。


「なるほど、確かにこれらは売り物として問題無いな」

「ええ、椎茸はもう少し成長させるほうが良いかと思います」


僕の言葉にうんうんと頷く信長。


「へぇ〜〜それが兄様の言っていた物ですか?」


いきなり背後から少女が覗き込んでくる。いい匂いのする髪が顔に掛かって、思わず驚いて倒れる。見上げると、淡い色の小袖を着たお市さんが立っていた。


「どうだ、お市。重元が作ったものだ」

「凄いですね。まさかあの高級品を我家で作れるようになるなんて」


普段はあまり感情を出さないお市さんが少し顔を明るくするので、作った者としては嬉しい限りだ。


「重元、あの二人はちゃんと仕事を手伝っているか?」

「あの二人と言いますと、藤吉郎殿と又左衛門殿ですか?」


信長は頷く。


藤吉郎とは木下藤吉郎の事で、かの有名な豊臣秀吉の初期の名前。豊臣秀吉といえば、足軽の身分から信長の側近として草履を温めながら少しずつ頭角を現していき、有能な配下をどんどんと召し抱えていき、本能寺の後は明智光秀をいち早く討伐して織田家内での発言権を強め、最終的には戦国を終わらせて関白となり天下を取った立身出世者。太閤検地や朝鮮出兵、刀狩りが有名で、その他にも――――って、このまま解説していたら一日じゃ足りなくなるな。


もう一人、又左衛門―――通称又左は、前田利家という名前で有名だ。信長の配下の猛将として有名で、大河ドラマにも(中心は奥さんだが)なっている人物。加賀百万石の基礎を築いた偉大な人だ。


「二人共よく働いてくれます。特に又左衛門殿は力持ちで、僕が盗賊に襲われた時に助けてくれて、」

「まあ、又左はお前に感謝しているだろうからな」


去年の秋頃から椎茸や清酒作りを始めた僕だが、最初に直面した問題が人不足。僕一人では何もできないから信長に頼んで数人送ってもらった。その時から藤吉郎は僕の下で働いている。


そしてその時、僕はもう一人送ってくれるように頼んだ。それが前田利家。

当時問題を起こして出仕停止されて浪人中だった又左衛門を許してもらって、仲間に加えてもらった。


歴史としては少し変わるけど、そこまで大きな問題では無いと思ったから信長に頼み込んだ。働き手としてはもちろん、護衛としても有能で、地頭もよく非常に助かってっている。

僕が信長に頼んで許してもらったことを知ってからは、より一層献身的に手伝ってくれる。


「そういえば信長様。新しく始めたいものがあるのですが・・・」

「何だ?遠慮せずに言ってみろ」

「実は硝石を作ろうと思っているのです」

「???どうしてだ?」


僕はちらっと信長の横に座るお市さんを見た後、声を潜めて用途を教える。


「鉄砲に使う火薬を作るためです」

「!!!それはどういうことだ!?!?!」

「鉄砲の火薬を作るには硫黄と木炭、硝石が必要になります。この中で唯一国内で取れないのが硝石です。僕はその作り方を知っています」

「お前というやつは・・・」


信長はそう言いながらクツクツと笑う。信長ほど鉄砲の重要性を知っているものはいないだろう。頭の中で色々と軍事的なことを考えているはず。


硝石作りは戦国時代に来たのなら絶対にやらなければいけないこと。どうしてだか若狭武田家に(おそらく)いる転生者が作っている情報が無いが、それならそれでこちらが軍事面で一歩リードできる。

信長に天下を取らせるために、僕はどんな知識でも使う。


「この前提案してきた楽市楽座に関所の撤廃・・・・今回の硝石といい、まるで遠い未来から来たようだな。アハハハ」


大きく笑う信長だが・・・結構当たっていてドキッとする。


僕が信長に提案した楽市楽座や関所の撤廃は、少しずつだが計画が進められている。最初は家臣たちの説得に時間が掛かったらしいが、今では反対する者はほとんどいない。


「信長様のお役に立っているのなら何よりです」

「そうか、そう言ってくれると有り難いな。これからも色々と作ってくれ。あっ、もちろん硝石の件は了解した。金ならいくらでも出すから、早く作ってくれよ」

「はっ!」


硝石作りには色々な方法がある。古土法、培養法、海藻法・・・などなど。正直作り方は曖昧で、しかもどれが一番効率が良いか分からない。だから、試し試しで探っていくしか無い。


「そういえば知っているか?北近江の浅井家が滅んだらしいぞ」

「そうなんです――――!!!!!!!はい!?浅井家が!」


僕は思わず大きな声で驚いた。


「え、浅井家が滅亡したのですか?何処に滅ぼされたんですか!」

「若狭武田家だ。巷では京北武田家とも呼ばれているが」


・・・ほとんど確定と言っていいと思う。若狭武田家に転生者がいることは間違いない。


浅井家が滅びるのはまだまだ先のことで、滅ぼすのは信長だ。というよりも、浅井家が滅びたことで色々とこれからの織田家も狂ってしまっている。


現在清洲同盟を結んで東の三河の松平家が味方となり、背後の憂いが無くなった。織田家の次の目標は北の美濃斎藤家。美濃斎藤家を率いていた斎藤義龍は既に亡くなっており、現在の当主は無能として名高い斎藤龍興。


斎藤龍興自体は怖くない相手だが、その家臣たちは中々に手強く結束も高く、信長が美濃を取るのはまだ先のことになる。

その美濃を取ったぐらいの頃に織田家と浅井家は婚姻同盟を結ぶ。婚姻するのは、浅井家当主の浅井長政と織田信長の妹、今目の前にいるお市さんだ。


だがその歴史は無くなった。同盟を結ぶことで北の憂いを無くした織田家はより勢力を拡大していくが・・・果たして今後はどうなっていくか?


しかしどうして浅井家を滅ぼしたのだろうか?立地的にはあまり良い場所ではなく、移動がしづらく北と南を大国に囲まれることになる。

まさか、僕の存在を警戒してなのか?向こうを僕が知っているように、向こうも僕を知っているかもしれない。織田家と浅井家の同盟を警戒したなら、少しは納得できる。


「どうした、重元?いきなり黙ってしまって?」

「あ、いえ、少しいきなりなことで驚いてしまって・・・」

「そうだな、急なことで日ノ本中が驚いている。まあ、美濃侵攻に影響は出ないと思うが」

「信長様、その美濃侵攻に僕も参加させてもらえないでしょうか?」

「ほぉ〜〜〜、どうしてだ?戦働きもできないくせに」

「策とかだったら少しは練ることができます」

「具体的には?」


僕は一度深呼吸してから、墨俣一夜城の話をする。僕が話し始めると興味を持ったのかうんうんと頷いた後、にやりと笑う。


「その作戦が上手くいくかはさておき、そういう発想力は好きだ。いいだろう、来年の美濃侵攻にお前を連れて行ってやろう」

「ありがとうございます!」


僕としては何としても美濃侵攻に参加して、来年中には美濃を取れるように手助けをしたい。これ以上若狭武田家内の転生者に好き勝手されると、より歴史が変わってしまって僕が対応できなくなるかもしれない。


何よりも美濃には、今後織田家で活躍をする武将が多くいる。稲葉だったり竹中だったり堀だったり・・・今は美濃にいないけど、かの有名な明智光秀も美濃出身であり、人材の宝庫。


ここは何としても若狭武田家の転生者に引き抜かれては困る。


「そうだ、藤吉郎や又左も呼べば良い」

「ありがとうございます!」


僕は頭を深く下げた。


「お二人共頑張ってくださいね」


勇気をもらえるお市さんの言葉に僕は大きく頷いた。



―――

書き忘れていましたが、次の投稿は今月中にします。

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