裏で・・・


一五六〇年 永禄三年



ちょうど後瀬山城で評定が行われている頃。

俺は参加すべきなのに欠席をして、わざわざ一日以上かかる寺に向かっていた。僅かな供回りを連れて、若狭を抜けて山城国に到着する。


寺には見慣れた護衛たちがおり、到着早々に中へと連れて行かれる。


長旅だったため着替えた後、奥の間に通される。中にはすでに俺を呼びつけた人物が清酒を飲みながら待っていた。


「やあやあ、やっと来たか。待ちくたびれていたぞ!」

「関白殿下・・・お久しぶりでございます」


一応は礼儀なので挨拶はする。だが、俺はお前が突然呼びつけたことは許さないぞ!どうせ俺の知らないところでまた父からの悪口が言われているだろうな!


「ホホホ、やはり呼んで正解だったな。その顔を見るに、大事な評定でもあったのではないか?」


わざとらしく扇子で口元を隠す。相変わらず上品であり、初めて会った時よりも少し若返っている気がする。


「もの凄く最悪な呼び出しですよ。お陰でまた、父から説教を食らうのです。関白殿下に会っていたことは話せるわけがありませんし、言い訳を言っても無駄です」

「そうだな、そうだ、ホホホ。まあ、隠せているんだ、いいではないか」

「そういう問題ではないですよ」


俺が苦しんでいるのを楽しんでいる前嗣。クソ、いつかやり返しをしたい。


「それで、どういったご要件で?緊急とお聞きしたのですが?」

「そうだな、まず麻呂は今年中に越後に行くことが決まった」

「・・・そうですか」


あまり俺は驚かない。何しろ、史実通りだ。

去年上洛してきた長尾景虎(後の上杉謙信)と盟約を結んだ近衛前嗣は、今年越後へと下向することは有名な話だ。朝廷と幕府は強く忠誠心のある人を求めており、それに当てはまるのが長尾景虎だ。


「それでだ、一年以上は向こうにいることになるから色々と仕事を終わらせたくてな」

「???呼ばれた理由が分からないのですが?」


首を傾げる俺に、話を始める。


「色々と話したいことがあってな。まず、鷹司の件について、現状を話そう」


鷹司の件とは、今現在断絶している五摂家の一つ、鷹司家の再興についてだ。

十年以上前に断絶した鷹司家の再興を巡って、近衛と二条で水面下で争いが行われている。この戦いの勝敗がこれからの朝廷の勢力図を大きく変えていく。


近衛家としては何としても分家に養子を送って我が物にしたいのだ。近衛前嗣はそれが一番の至上命題としており、全力を注いでいる。


「お前の献金があってこちらへ靡く奴らが多く現れた。特に土御門家を羨ましく思う名家や半家の奴らが麻呂の下に多く集まってきた。ただ、そいつらはあまり大きな影響力はないから、微々たる加勢だ」


辛辣なことを言う。まあ、あの藤原道長の子孫で、元を辿れば中臣鎌足なかとみのかまたりから続く歴史ある家の生まれ。気品と自尊心が無いと務まらないのかもしれない。


「それで、羽林家以上の大臣家と清華家の支持はどういった感じですか?」

「まず清華家だが、久我家と徳大寺家はもちろんこちらに付く。麻呂の義弟と叔父それぞれ当主につているからな。他の清華家は基本的に一条家の門流(その一派。五摂家にはそれぞれいる)が多いからその意向に従っている。三条家は現在当主が不在だから、どちらに付くか分かっていない。

それで大臣家だが、まず正親町三条家は我が家の門流になったからこちらを支持する。その分家の三条西家は当主がそもそも駿河に下向しており、中立の立場をとっている。ただ、こちらを支持する可能性は高い。もう一つの大臣家、中院家は久我家の分家。当然こちら側に付く」


三条家は当主が不在だから、前嗣はそこにも誰か送りたいと思っていそう。


「羽林家は半々といった感じだ。そこではあまり差はない」


門流の数を見ると近衛家は四十家を超えており、次いで一条家が三十家以上となっている。三番手に九条家で二十家ほど、四番手は鷹司家で、最後に二条家と言った感じ。


これを知って結構意外に感じた。

近衛家が多いのは分かるとして、一条家が本家の九条家よりも多いのには驚いた。門流は移動できるものらしいが、それでも一条家は多い。


まあ、門流が多いからと言って全てが決まるわけではない。

門流の少ない二条家だが、五摂家に分立してから今日までの歴代関白の中で約四分の一を占めているらしい。更に年数だけ見ると、三分の一だとか。


もちろん門流も大事だが、結局貴族に大事なのは縁戚関係や時の権力者との結びつきだ。

今現在、近衛家は足利家と、二条家や九条家は三好家と結びつきがある。


「それで、面白い話はここからなんだ」


ニヤニヤとした分かりやすい笑みを扇子で隠しながら、少しトーンを下げて続けた。


「もしかすると、一条家が我々に付くかもしれないんだ」

「え?!?!一条家が!!!」

「ホホホ、予想通り驚いたな」


嬉しそうに笑う前嗣。よっぽど驚かせたかったのだろう。


だが、そりゃあ驚くよ。だって五摂家の一つで九条家の分家が近衛家に付くかもしれないと言われたら耳を疑う。そんなことは、はたしてあるのだろうか?


「お前が考えていることは分かるぞ。どうして九条家の分家である一条家がこちらに付くのか?二条家と共に行動しているのではなかったのか?一条家の当主はまだ若いからこちらに靡くはずがない、と」


まあ概ね合っているので、俺は頷いた。


「簡単なことだ、一条家はそもそもそこまで九条家と関係は深くは無い。と、言うよりも五摂家自体がそれぞれ独立している」

「??????」

「確かに近衛派、九条派と一応は分かれている。だがそれぞれが摂政と関白の座を巡って動いており、あくまで利のために血縁関係を使っているだけ」

「一条家も、そこまで九条家や二条家を頼りにしていないということですか」

「そうだ、逆に現在は二条家に対して不信感を抱いている。あの献金の時、九条派は大きな恥をかいた。九条兼孝は二条晴良の息子だが、一条家当主の一条内基とは血縁関係が無い。晴良は一条家へ過干渉しているが、一条家の家臣や門流家達は嫌がっている」

「なるほど、そこに付け込んだということですか」

「麻呂の義弟である久我通堅と一条家当主の一条内基は年も近く仲がいいんだよ。そこから崩していった。家族も早くに亡くしていて知らない大人たちに囲まれている毎日だからか、通堅を深く信頼している。

ちなみに通堅が提案してきたぞ」


内基くん、まだ十三歳だというのになんて可愛そうだよ。純情な心に付け込まれて・・・宮廷の大人たちは鬼だな!


「それで、もし一条家が関白殿下に付くとなると・・・」

「ああ、我々の完全勝利だ。鷹司家に、麻呂の弟を送り込めれる」

「清華家の西園寺家と今出川家、大炊御門おおいのみかど家、花山院家は一条家の家礼(門流のこと)ですから当然一条家の意向で動くはずですね」

「そのことだが、花山院家は抜ける可能性があるぞ」

「???どういう意味ですか?」

「現当主は、九条家からの人間だ。だから、二条に付く可能性はある」


なるほど、色々と血縁関係は複雑だ。


「これで鷹司家の件は上手く行きそうだとは思いますが・・・どうしてそんな大事な時期に越後に下向されるのですか?」


俺は純粋な疑問をぶつけた。

もちろん史実通りではあるが、今現在は史実とは違った状況のはず。わざわざ越後に行く理由が分からない。


「簡単なことだ、より幅広い人脈を持つためだ。それと、麻呂がいなくても裏切り者が出ないかを見極める目的もある」


くつくつと口で笑う前嗣の目は笑っていない。


「すぐに帰ってくる」

「それなら安心です」

「ああ。!そうだ、お前には会わせたい人物が一人いるんだ」


不意にそう言って後方の襖の向こう側に呼びかける。


俺は訝しみながら入ってきた人物を見上げた。

ガタイのいい、頭を丸めた男。身長はそこまで高くはないものの、その威圧感は半端ではない。明らかに武士の身なりをしており、俺をじろりと厳つい顔で睨みつけながらどかっと座る。


最初は前嗣と親しい長尾景虎かと思った。だが頭を丸めているので、流石に違うはず。


「なあ、孫犬丸。例の六角家の話をしてくれないか?」


俺の疑問を無視するかのように、何故か話を促してくる。


「ちょ、ちょっと待ってください。このお方は誰なのですか?そもそも、どうしてあの件を話さなければならないのですか?重政にすらあまり話していないような話ですよ!それを見知らぬ人の前でいきなりしろと言われましても・・・」

「いいから話せ。大丈夫だ、そやつは信用のおける者だ。もしかすると、お前の助けになるかもしれない」


意味がわからない、全てが唐突すぎる。


「話し終えた時、そやつの名を教えてやろう。そしてお前を呼んだ本当の目的を話してやる」


有無を言わせないように言ってくる。


俺は観念して、仕方なく今回の丹後侵攻の裏での出来事を話し始めた。



あれは約三ヶ月ほど前、新年が始まって早々のことだったから・・・




―――


門流については資料を見つけられず、数についてはあくまで江戸時代のを参考にしています。


謎の人物は誰なのか?ぜひ推測してみてください!

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