第25話 フラウさんは止まらない。

フラウ視点


――私は、魂を燃やした勢いのまま、ヨーゼフさんの執務室へと突撃した。


ノック?

落ち着き?

そんなものは今の私には概念として存在していない。


「ヨーゼフさぁぁん!!予算を!!予算を下さい!!今すぐに!!」


勢いよく扉を開けると、執務机の上で書類を整理していたヨーゼフさんが、眉をひそめこちらを見る。


「……フラウ。落ち着きなさい。まずは扉を静かに開けるところから始めましょうか。」


厳しい声音。だが私は引かない。


「そんなことより!大至急!カーミラ様とサーシャ様のお揃いドレスの予算が必要なのです!!もっと予算があればラルフロッド様の服も作れます!!いや、でも、ラルフロッド様も小さな頃は女の子の服を着ていたそうですから、ドレスでも良いかも!」


ヨーゼフさんは一度目を閉じ、深く深く息を吐き――私を制し、書類の束を持ち上げながら言った。


「フラウさん、これが何か分かりますか?」


そう言って、書類の束を私に渡してくる。


「え? ドレス製作見積り書……?」


「ええ。これまであなたがすでに提出してきたものです。」


「……あれ? こんなにも出しましたっけ?」


「出しました。深夜、早朝、私の留守中でもあなたがカーミラ様のドレスを思いついたら今のように叫びながら。」


……あ、そういえば何回も出した気がする。

でも、今回のドレスについては、神の啓示を受けたのだから特別だ!


「では!見積りは破棄して良いですから今回のはぜひ承認して下さい!」


私は机の端に両手をつき、身を乗り出す。


ヨーゼフさんは淡々と言った。


「――却下です。」


「ええええええええええっ!?!?」


世界が揺れた。


「ど、どうしてですか!?カーミラ様とサーシャ様のお二人にはドレスが必要なんですよ!?尊さの暴力を世界に広めるために!」


「理由は三つあります。」


ヨーゼフさんは指を折っていく。


「一つ。貴女のこれまでのドレスの見積り金額は常軌を逸している。」


「常軌を逸して……?」


「最高品質の宝石を散りばめ、金糸は王室御用達の職人に発注と……フラウさん、これではアラベスク公爵家といえども、軽々しく作れる予算ではありません。」


「うっ……で、でも、あのお二人のためなら……!」


「二つ。納期が不可能。」


「不可能……?」


「本気を出せば二日でできます!……これは職人さんたちに刺されますよ。」


「……反省します。」


「そして三つ。」


ヨーゼフさんは書類を机に置き、少しだけ優しい声になる。


「カーミラ様は、ラルフロッド様との婚約関係がまだ正式に発表されてはいません。

大々的に3人のお揃いのドレスを作るのは、その後でも問題ないでしょう?もちろん、予算と納期は常識的なものに変更しますが。」


……っ!


確かに……確かにヨーゼフさんの言う通りだ。


だけど……!


「しかし……しかし……!この熱が!私の胸の熱が冷めてしまいます!!」


両手を握りしめて叫ぶ。


ヨーゼフさんは、ため息をつきながら静かに言った。


「熱が冷めるのであれば――その程度の覚悟だったということです。」


「ぐはっ……!」


胸に突き刺さる冷静な一言。


私は崩れ落ちるように床に座り込んだ。


「……わ、分かりました。では……予算は……」


「今は出せません。」


「ひぃっ……!」


涙目になる私。


だがヨーゼフさんは、ふっと苦笑して付け加えた。


「ですが。完全に却下ではありません。

計画を練り直して、必要最低限の素材で現実的な見積りと納期を出してくれば、検討はしましょう。アラベスク公爵もカーミラ様とラルフロッド様の仲睦まじいお姿を見るのは楽しみにしているでしょうから。」


「……!!」


希望の光……!


「そして今度は、早朝や深夜に神の啓示ですーッ!と言いながら提出しないで下さいね。」


「……はい。」


私はがっくり肩を落として立ち上がった。


背後でヨーゼフさんが静かに机の上の書類を整えながら言う。


「フラウさん。」


「はい……?」


「その熱……ほどほどにしてください。

あなたが暴走すると、全員が巻き込まれますから。」


……確かに、私は暴走しがちだ。


でも、それでも。


私は拳を握り締め、小さくつぶやく。


「……それでも、絶対に作ります。

お二人が並んだら……世界がもっと優しくなる気がするから……。」


そして執務室を出た瞬間。


「フラウさん!?顔真っ青ですよ!?」


廊下で待っていたミリアムが心配そうに近づいてきた。


私の返事は、ただ一言。


「――だめでした。」


「やっぱり……!」


崩れ落ちる私を、ミリアムが支えてくれる。


だけど……負けない。


次こそは、必ず予算を通してみせる。


なぜなら私は――


カーミラ様とサーシャ様のドレスに神の啓示を受けたのだから。

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