第22話 いじめを認めたくない社会の心理

いじめは、被害者だけでなく、社会全体に深刻な影響を与える問題だ。しかし、その一方で、いじめの存在を認めたくないという心理が社会全体に広がっていることも事実だ。学校や職場、地域社会において、いじめの問題が表面化すると、それを隠蔽したり、軽視したりする傾向が見られることがある。なぜ、私たちはいじめを「ないこと」にしようとするのだろうか。この心理の背景には、さまざまな要因が潜んでいる。


まず、いじめを認めたくない心理の一因として、「イメージを守りたい」という意識が挙げられる。学校や職場において、いじめが発生したことが明るみに出ると、組織全体の評判が悪くなるのではないかという懸念が生まれる。特に、教育機関や企業は、社会的な信頼を失うことを恐れ、いじめ問題を公にすることを避けようとすることがある。学校では、いじめが発覚すると保護者やメディアの注目を浴び、校内の風紀や教育体制が批判されることを恐れて、いじめの事実を隠そうとすることがある。


例えば、ある中学校では、いじめが発生していたにもかかわらず、教師たちはそれを「ただの友達同士の喧嘩」として片付け、校内でいじめが存在しないかのように振る舞った。この対応により、被害者は孤立し、さらに深い苦しみに追い込まれてしまった。学校がいじめを認めたくなかった背景には、「いじめのない学校」という表向きのイメージを守りたいという心理が働いていた。このような状況が続くと、被害者が声を上げることはますます難しくなり、いじめはさらに悪化してしまう。


次に、「責任の回避」という心理もいじめを認めたくない理由の一つだ。いじめが発生すると、その責任の所在が問われることになる。学校であれば教師や管理職、職場であれば上司や人事部門が、いじめを防ぐことができなかったことに対して責任を問われることになる。そのため、関係者は自分が責任を負いたくないという思いから、いじめの存在を認めず、問題を矮小化したり、被害者の声を無視したりすることがある。


実際、ある企業では、パワーハラスメントやいじめが頻繁に発生していたにもかかわらず、上層部は「それは個人の問題で、組織としては関与しない」という態度を取り続けた。その結果、被害者たちは行き場を失い、次々に職場を去ることになった。上層部の「責任回避」の姿勢は、いじめをさらに助長し、組織全体の労働環境を悪化させることになった。


さらに、「いじめを認めることが恐怖や不安を生む」という心理も存在する。いじめが身近な場所で発生していることを認めることは、その社会やコミュニティが「安全でない」という現実を突きつけられることになる。多くの人々は、自分の生活環境が平和で安全なものであってほしいと願っているため、いじめの存在を認めることでその安心感が揺らぐことを恐れる。いじめが発生していることを認識すること自体が、自分たちの生活が脅かされることにつながると感じ、いじめの事実から目を背けてしまう。


こうした心理は、被害者だけでなく、加害者やその周囲にも影響を及ぼす。いじめが認められずに放置されると、加害者は自分の行動が問題であることに気づかないまま、いじめ行為を続けることになる。また、周囲の人々も「いじめが存在しない」という空気の中で、いじめを目撃しても見て見ぬふりをするようになってしまう。これがいじめの温床となり、被害者が救われることなく、いじめの連鎖が続くことになる。


いじめを認めたくない社会の心理を克服するためには、まず、いじめが発生した際にそれを正面から受け止め、真剣に対処する文化を育むことが重要だ。学校や職場、地域社会がいじめ問題に直面したときに、それを隠したり、軽視したりするのではなく、適切な対応を取ることが求められる。いじめを認めることは、その場の問題を解決するだけでなく、いじめを許さない社会の価値観を示すことでもある。


また、いじめの問題に向き合うことが、「責任追及」ではなく、「共に問題を解決すること」だという意識を持つことも重要だ。いじめが発生したときに、誰かが責任を取るという考え方ではなく、組織やコミュニティ全体でその問題に取り組む姿勢を持つことで、いじめに対する恐怖や責任回避の心理を和らげることができる。学校や職場が、いじめ問題に真摯に向き合い、再発防止に努める姿勢を示すことが、被害者の救済と加害者の更生に繋がる。


いじめを認めたくないという心理は、誰にでもあるものだ。しかし、その心理に負けてしまうことは、いじめの被害者を見捨てることになる。私たち一人ひとりが、いじめの事実を認め、そこから目を背けずに行動することが、いじめのない社会を築くための第一歩だ。どんなに辛い現実であっても、それに向き合うことが被害者を救い、社会を変えていく力になると信じている。

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