第19話 いじめを無視することの罪

いじめは、被害者にとって極めて深刻な問題であるだけでなく、社会全体が向き合わなければならない課題でもある。しかし、いじめが発生したとき、私たちはどれほど真剣にそれに向き合っているだろうか。多くの場合、いじめが起きていることに気づきながら、それを無視し、見て見ぬふりをすることがある。こうした無視や無関心が、被害者の苦しみを深め、いじめを助長する結果につながっているのではないだろうか。ここでは、いじめを無視することの罪について考えてみたい。


いじめが起こる場面を目の当たりにしたとき、私たちの多くは「自分には関係のないことだ」「あまり深入りしない方がいい」と考えてしまいがちだ。これは、自分が巻き込まれることへの恐れや、対処法がわからないという無力感からくるものかもしれない。しかし、いじめを無視するという行為は、加害者に対して「あなたの行動は許される」というメッセージを与えることになり、いじめのエスカレートを招く可能性がある。無視は、見ている側が加害者を事実上支持していると捉えられることがあり、被害者にとってはさらに追い詰められる状況を生む。


また、いじめが起きていることに気づいていながらも、学校や職場、地域社会がその事実を「見なかったこと」にするケースも少なくない。これは、問題を大きくしたくないという意識や、組織全体のイメージを守りたいという思いからくるものだ。しかし、この無視こそが、いじめを根深いものにしてしまう。被害者は、「誰も自分を助けてくれない」「声を上げても無駄だ」と感じ、自分自身の存在価値すら否定されているような気持ちに陥ることがある。この無視の罪は、いじめを受けている人々を絶望の淵に追いやり、時には命を絶つ選択をさせてしまうほどの深刻なものだ。


いじめを無視することが持つもう一つの罪は、被害者だけでなく、周囲の人々や社会全体にも悪影響を与えることだ。いじめを見て見ぬふりをすることが常態化すると、人々は「困ったことが起きても助けは期待できない」と考えるようになり、他者への信頼感が失われていく。これが繰り返されることで、社会全体が冷たく無関心なものになり、いじめのような不正義が見過ごされやすい土壌が形成されてしまう。誰かが助けを求めたときに、それを無視することが当たり前の風景になってしまったら、私たちはどれだけの人を救えない社会にしてしまうのだろうか。


さらに、いじめを無視することは、無視する側にも悪影響を与える。いじめを目撃しながら何も行動を起こさないことが続くと、その人は次第に自分の行動や態度に対して無感覚になり、倫理的な判断力が鈍くなる可能性がある。「自分には関係ない」と割り切ることで、他者の苦しみや不正に対する感度が低下し、結果として他者に対する共感や思いやりが失われていく。これは、その人自身の心をも蝕み、社会の一員としての責任を果たせなくなる危険性を孕んでいる。


いじめを無視することの罪を防ぐためには、私たち一人ひとりがいじめに対する意識を高め、行動を起こす勇気を持つことが必要だ。いじめを目撃したとき、それがどんなに小さなことでも、まずは「それはおかしい」「やめるべきだ」という姿勢を示すことが大切だ。いじめは、たとえ言葉で止められなくても、いじめに対して反対の意志を示すことで、その場の空気を変えることができる。沈黙して見過ごすのではなく、被害者に対して「一人ではない」というメッセージを送ることが、いじめを止める第一歩になる。


また、学校や職場などの組織においては、いじめを無視しない文化を作ることが重要だ。いじめが発生した場合には、迅速かつ適切に対応し、被害者の保護を最優先に考える姿勢を示すことが求められる。学校では、教師やスタッフが常に生徒の様子に目を配り、いじめの兆候を見逃さないようにすることが大切だ。職場でも、いじめやハラスメントに対する明確なポリシーを設定し、相談窓口を充実させることで、被害者が安心して声を上げられる環境を整える必要がある。


いじめは、被害者と加害者だけの問題ではない。いじめを無視することで、私たちもまたその加害の一部に加担してしまっているのだ。だからこそ、いじめを目撃したら、それを無視せず、何かしらの行動を起こすことが重要だ。たとえその行動が小さなものであっても、被害者にとっては大きな支えとなり、いじめを止めるきっかけとなることがある。私たち一人ひとりが、いじめを無視しない社会を作るために、勇気を持って行動することが、被害者を救い、社会を変える第一歩だと信じている。

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