2-4 ベルフェ

 騎士団からに支給された制服に、窮屈そうに収まっている突き出た腹をさすりながらベルフェは路地に現れた。

 彼はエンディをねめつけて・・・・・言った。

 

「遺体が発見されたと聞いて来てみれば、何故君が現場にいる?」

「それは……他の騎士がいなかったので現場の指揮を──」

「ほう、それが君に与えた仕事かね。やはり高貴なユースティア家のお嬢様に机仕事デスクワークは地味過ぎましたかな?」

 

 たっぷりと嫌味をはらんだ台詞にエンディは辟易しながらも答える。

 

「ですが……最初に到着した騎士は現場の指揮を執ると騎士規則に──」

「そんなことはどうでもいい。そもそも、何故こんなところをほっつき歩いている? それにこの一般人・・・は君が現場に入れたのかね」

 

 論点をずらしたベルフェは一般人と呼んだ男──レイをにらみつけた。

 

「はい」

 

 答えたエンディはレイの事を説明しようと彼の方を見る。当の本人は厄介そうな雰囲気を感じ取り、関わり合いにならぬよう一歩下がると目線を明後日の方へと向けている。


「彼は被害者の知り合いという事で……えぇと……」


 異世界から来た人間で、そして被害者に殺されかけたのです──そんなことは到底言えなかった。

 嘘や隠し事が苦手なエンディはその顔に狼狽を表し、答えに窮する。

 その態度に不信感を露わにするベルフェの追求が再開しようとしたところ、エンディが聞き込みに行かせた従騎士の一人がやってきて敬礼した。

 彼はすぐに目の前にいるベルフェが殺人課の課長だと胸の階級章で理解すると、敬礼を解き口を開いた。

 

「周辺の住民に聞き込みをしたところ、被害者はこのあたりの路上で客を取っていたそうです」

 

 その報告を聞いたベルフェの顔が侮蔑の色を帯び、口撃・・の対象が被害者であるメルキオルに変わった。

 

「ふん、今回も売女ばいたが被害者か。いくら売女でもここまで死なれると正式に捜査・・・・・しなけりゃならんな」

 

 憎々しげに吐かれた台詞にエンディは驚いて聞く。


「正式に捜査、とは?」


 彼女の質問にベルフェは呆れたように言った。

 

「いいかね、売春婦が殺されるなんて日常茶飯事だ。客や元締め、同業者──そんなもの・・・・・いちいち捜査していたらキリがない」


 ベルフェの口ぶりだと娼婦が殺される事件など捜査するに値しない、と言っているも同然だった。


「で、ですがこの事件を担当している騎士はいるのでしょう」

「いるに決まっているだろう。ただ他の事件のついで・・・に調べてもらっているだけだ」


 殺人課の騎士は基本的に課長の指示で動くものだ。

 事件が起き、誰が担当するのかは課長の裁量で決まる。いわば殺人課の仕事は課長が決めている様なものなのだ。

 そんなベルフェの職務放棄ともとれる台詞、それにエンディは眉にしわを寄せて彼を咎める。


「人が死んでいるのです。ついで・・・で済ませていい問題ではないのでは?」


 既に面倒な状況なのに、上司に逆らうなどさらに状況を悪くするだけだ。その事はエンディもしっかりと理解していた。

 しかし黙ってはいられなかった。


「君みたいな新人には分からんだろうがね。そもそも娼婦は最底辺の奴らだ。それにさっき言ったように常に死んでいる・・・・・・・。殺人課も人出が足りない状況で、最底辺の奴らに人員を割くなんて到底できないのだよ」


 諭すような彼の言葉にエンディはまたも反抗する。


「お言葉ですが、娼婦だからといって捜査しない理由にはなりません」


 職業や身分如何いかんに関わらず、人はみな法の下で平等なのだ。エンディはそう聞かされてきたし、そうあるように生きていた。そんな彼女からすればベルフェの言葉は耐えがたいものだった。

 対して彼は心底馬鹿にしたように彼女を見つめると言った。


「それは君がこいつら娼婦を人間だと思っているからだ。だが違う。こいつらは鼠だ。人間じゃない」


 侮蔑を込めた台詞を彼は憎々しげに続けた。


駆除逮捕しても次から次へと湧いて景観を汚す。しまいには人間に病気を移す──いわば害獣だよ。そんな奴らが死んだところで誰が悲しむ?」


 そう言い放ったベルフェは拍車のついたブーツの先で死体の頭を小突く。

 固い革と凍った皮膚がぶつかった瞬間、エンディの頭に一気に血が上った。

 あの時・・・と同じように理性では無く感情で行動していた。

 「やめろッ!」と叫んだエンディはベルフェの肩を強く押す。


 エンディは己の上司がなぜこうも被害者に負の感情を向けるのかは分からなかった。

 そこにどんな事情が有ろうとも、死体の頭を足蹴りにするなど到底許される行為ではない。

 しかしエンディの取った行動は悪手だった。不敬な態度は実力で諫めるのではなく、正しい手段でさらに上の人間に伝えるべきなのだ。

 この法の機能する社会において暴力というものは基本的に立場を弱くする。その行為がたとえ正しかった・・・・・としても。

 その事をベルフェの方はよく知っていた。

 突き飛ばされてしりもちをついた彼は怒りを顔に出したものの、行動には表さなかった。

 尻をはたきつつ立ち上がった彼はエンディを睨むといった。


「上官に向かって暴力とは……これが法の執行者たる騎士がとるべき行動かね?」

「も、申し訳ありません。ですが被害者の遺体を――」


 そんなエンディの弁明を遮るように、ベルフェはぴしゃりと言い放った。


「君は停職処分だ」


 その言葉にエンディの顔から血の気が引く。

 課のトップは属する騎士の処遇を決める権限がある。もっともそれは一ヶ月の停職までで、それ以上の処分を下すとなると査問会に提起する必要はあるが。

 

「命令無視、暴力行為。これは騎士規則に照らして職務を遂行するにあたり不適格だと判断する。よってエンディ・ユースティア、君は今日より一月ひとつきの停職処分だ」


 今回下されたのは課長級が下せる最も重い処分である。しかしエンディは反論できなかった。

 死者への冒涜を避けるためとはいえ、感情で動いて暴力を振るうなど騎士のやる事ではない。

 『騎士なるもの常に冷静たれ』そんな騎士規則の序章に記されている文を思い出した彼女は自分の行動の愚かさを思い知った。


 自責や後悔といったの感情を露わにしてエンディは俯く。

 そしてそれを見下ろすベルフェは下卑た笑みを浮かべて思った。このお嬢様には散々コケ・・にされた。その鬱憤がこれから晴らすことが出来るのだ、と。


「騎士団に戻って改めて停職処分の書面を交付する。私の部屋まで来るんだ」



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